何年かぶりに「朝まで生テレビ」を見ました。
橋下さんが出ていたから?
いいえ、違います。たまたまです。でも、橋下さんが出てなかったら、見続けなかったでしょうね。
対論を出すため?に出てきている人達は、みんなそれぞれ橋下批判を本に出しているような人ばかりだったようですが、本屋に置かれるような本を書いている人達の対論がこの程度の調査範囲、視点、理論で本を出してこのテレビに出てきてしまうの?とびっくりしました。
視点が狭すぎるとか、極論だったり、単に言葉の端だけ摘んでいるとか、そんなんで本なんか出しちゃうの?
それって、橋下批判を題名にぶち上げないと売り物にならないと言う出版社の意図に押し切られているだけ?本当はそんな積りの本じゃなかった?
それとも、題名だけで売らないと売れないような中身の無い内容だった?
あるいは、自分の意見を伝えるためには、売れなくちゃ読んでも貰えない、だからその為の題名?
本当は、唯のお金儲け?
それともそういう人を選んで来たテレビ局の意図?
田原総一郎さんもテレビ局側の人だよね。
見た感想は、対論ではなく、批判だけ、じゃあ何をすればいいの?と言う意見を持つ人が居ない。
まあ、日本の政治は国政も地方行政もずっとそうだったので、”具体案を出してきちっと決めて行こう”、と言う橋下さん的政治手法に期待する人が多いために、大阪で支持を集め、日本中が注目している、だから大阪市長と言う一市長がテレビに出てくるのだろう。まあ、橋下さんは弁護士でテレビタレントのような事をしていて、テレビに出しやすいなんてのもあるのだろうけどね?
だから、番組として成り立つと目算され、テレビの引っ張りだこになる。
橋下さんは、それも織り込み済みで出てきているだろう?
少数意見を無視するとか、少数を切り捨てるのかとか、民主主義は日本人が決めたルールではなく進駐軍に押し付けられた政治形態だとか、議論を尽くしていないとか、まあ、色々な意見があるのだろう?と思いますが、民主主義は現在の日本の政治形態であり、多数意見で意思を決定する政治形態であることは異論がきっと無いだろうな?と思います。
言い方を変えると、多数意見を優先する政治形態ですよね?
多数意見の決定は、選挙であり、選挙で選ばれた議員達が議会で民衆の意見を代弁して議論し、最終的に多数意見で決める。
そう認識しています。
でも、現状を見ていると、選挙率は半数にも届かない状態で議員を選んでいる、議員はマニュフェストを守らない=民衆の意見を議会で代弁しない、議会が結論を出せない。
ここ数十年の日本の多数意見と呼ばれるようなものは、テレビが視聴率を上げられそうなネタに対しての一部のキャスタやコメンテータの意見ですよね?該当アンケートなんてどんな風にバイアスを掛けて放送しても、視聴者にばれるような事もない。
最後の時に”個人的な思想を提示してくださいよ!”と言っている出演者が居たけど、あんたは民間自由人だから何でも口に出せるだろうけど、市長は公人だから市長の看板を背負っていてる時に何でも言うわけには行かない、それって聞く方がどうかしている。市長が市の事を決めるための思想を述べることを出来ても、国政を決めるための思想を市長が言うことは出来ない。
その問いに答えなかったところを見て、手札を全部晒してしまうようなこともせず、ちゃんと判って受け答えをしている、そう思った。「政治は答えの出ない事柄に答えを出していくことが仕事」と言う僕なりの見解に近そうに思える。地方行政から変えて行こうとする人=足元から地道に変えていこうとする人が、市と違い大きな国政に関わるような私見をぶち上げても紛糾するだけ。
聞きたい人は、将来は国政を期待しているのだろうけど、先走りすぎだろう?市町村レベルから変えなきゃ駄目だから大阪市長なんだろう?国まで辿り着くには何年かかるやら?法律も変えなきゃなんだぜ、何年掛かるか解ったもんじゃない。
橋下さん自体、何処まで出来るか、正直自信が無いだろうし、任期切れになった時にまた自分が選ばれる確証もない、性急過ぎるという向きもあるが4年しかないと考えれば、牛歩のようなことをしていては4年じゃ何も実行できない。市政以外にもやりたいことは他にも沢山ある。そう考えているだろうか?
大きすぎるから決まらない、だから小さいところから決められる組織作りをしよう、堅実的じゃないか?話題をとるなら大きいところでぶち上げたほうが良い、その方が有名になれるし、稼げる。でも、それじゃ何も実行されない。無責任極まりない。
今の日本を一言で語るなら、それは多分、「無責任の蔓延」だと思うので、僕は橋下さんに期待している。
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