2017年3月30日 (木)

コメント欄を閉じて2年も経つのか・・・

ちょうど答えるのが面倒なコメントが相次いだのと、忙しくてコメントに答えている暇が無かったのもあって、返事を書かない無粋さより、閉じることを選んだ結果だったのだけど、どうだろうか? こんなブログにコメントしたい奴居るかな?
基本的に備忘録のようなものなので、気が向いたら読んでもらう程度としてもらって、意見が違うと思うなら無視していただく、異論があるならご自分のブログなどに書いて貰う、そんなところで良いだろうか?
この程度のブログなら、何時ネット上から消えてしまっても、構わないだろう?
自分も後どの位生きていられるか解らないし、何時まで続くかなあ・・・

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2017年3月28日 (火)

森友問題なんかどうでも良くないか?

そんな事より、北朝鮮の核ミサイル問題の方が余程問題だと思う。日本の政治家は、金正恩は核ミサイルを本気で撃つほど馬鹿じゃないと思っているんだろうか?
 
 確かに日本にあるアメリカ軍施設に1発撃ち込んだら、10倍は反撃されそうではある。でも、アメリカ軍は反撃のために核戦力を使うだろうか? 広島長崎以来、米軍は核戦力を封印している。特にアメリカ軍の施設でなければ、反撃すらしないかも知れない。多分、日本は自前で守らなければならない可能性が高いと思える。
 
彼の金正恩は、兄殺しを命じ、核開発をエスカレートさせている。撃ったら最後と思ってるかも知れないが、体制崩壊の時に北朝鮮軍に自制の聞く軍人が残ってるだろうか? 自爆攻撃はジハードでも無い限り、未来に希望が持てなくなった時に起こす。北朝鮮は凄く心配だと思う。 でも、国会は森友問題で空転している。これを見ていると日本の国会議員って馬鹿なんじゃない?と思える。それとも余程平和ボケして、日本が攻撃を受けるような事は絶対に起こらないと信じているんだろうか? そして、もし起こった時は福島のメルトダウンのように「想定外」と言うんだろうか?

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2017年3月22日 (水)

チンピラのような奴に絡まれやすいのは何でかな?

電車で好きなピアノ曲を聞きながら、斜め進行方向に居た女の子を「ファッションセンス、印象的な目、髪型、トータルで行かす♪」と思って、偶に目線が行ってしまっていたのは認めるけど、何かいきなり見たことも無いお兄さん(30歳くらいかな?) がイチャモン付けて来た 。
”お前、俺の事知ってる訳?”
普通電車に乗ってたら進行方向を見るのは普通だから、その景色の中に居たんだろうか?
”ううん、知らないよ。誰?”
と答えたら、
”何か文句あんのか?”
と言うので、
”ってか、何の話?”
って、答えたら、
”ちょっと顏貸せ”
って、お兄さんは勝手に降りて行ってしまった。
自分の降りる駅では無いところで降りる訳ね~だろ?てっか、その前に何でイチャモン付けて来たのかさっぱり解らん。
余程、気に入らない事でもあったんかね?それならそれで、そいつに文句付けてね。それに何で僕に文句を付ける?
つい数か月前にも、電車に乗り込もうとしたら、入口に陣取り合戦のように張り付いているオッサンが急に向きを変えたのでぶつかって、反動で入口に仁王立ちしているオニイチャン(20歳くらいかな?)にもぶつかった。そのオニイチャン、人の胸倉掴んで、
”てめえ今業とぶつかったろう”
と言う。
”うん?今オッサンが急に動いたからな”
と答えたら、
”オッサンなんか関係ね~だろ!業とに決まってんだろ!”
と言う。
”ったく、朝から止めろよ”
って、胸倉掴まれたまま、少し胸で押し込んでみたら、急に引っ込んでくれた。その後も2週間位同じ電車だったけど、オニイチャン、こっちは見てるけど寄ってこなくなった。
何だろうね?
別に目つきが悪い訳でも無いし、眼付けてる訳でも無いし、馬鹿にしてみている訳でも無い。チンピラちっくな連中もちゃんと給料を貰える仕事をしてるなら、それはそれで立派なもんだ。人を押しのけて座った挙句に携帯ゲームなんかする連中は軽蔑するけど、彼らを軽蔑する理由は無いからさ。だけど何でつかかって来るんだろうか?同じ匂いでもするのかな?それとも、つかかっても大丈夫な弱っちい奴に見えるんかな?まあ、それはそれでも全くOKだけど、こっちは、そんな見ず知らずの奴にコンクリートの上で殴り掛かられたら、お互い大怪我しそうだし、仕事を首になりそうだな、とかを心配してるんだけどなあ・・・

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2017年3月21日 (火)

ある意味ちゃんと管理されてるんだね

今日は「NHKが45人分に個人情報が入った端末を紛失」とか載ってたけど、情報セキュリテイがしっかりしてるから無くした情報が正確に解るとも言えるよね。いい加減な所では何を失くしたかも解らない。整理されていない机ではどの書類が無くなっても無くなったことにすら気が付かない。無くなったものが正解に解ると言う事は、ちゃんと物が整理されていると言う事で、ある意味ちゃんと管理が行き届いていると言えます。
最近の情報流出の記事を読んで、多くの人は”なってない”とか思うんだろうか?僕は、”へ~ちゃんと管理されてるんだなあ!”って思った。そして”内の会社は大丈夫か?”

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2017年3月20日 (月)

はた迷惑な部外上司

地銀のトレーダーなんて失敗するんだろうな?口は出すけど何も出来ないし、責任も取らない上司みたいな部外者が沢山居て、攻めても守っても後からぐちゃぐちゃ言う。
ここ数年だと思うけど、3月に何故か日経平均が伸びない事が多い。投資環境が悪い訳でも無く、NYが上げた翌日で朝方上げても直ぐに売りに押される。どうも地銀のトレーダーが決算対策売りをしているらしいなんて噂も流れて来ている。
リーマンショック以降、銀行は超低金利で徹底的に甘やかされている訳だけど、そんな中で地銀のトレーダーが株式投資で損をして結局銀行経営は苦しいなんて言われたら、預金している一般人は馬鹿馬鹿しいにも程がある。地銀で仕事をしているトレーダーのスキルは高いのか低いのかさっぱり解らないけど、その上司に当たるような経営陣は銀行家で投資家ではないだろう。
どんな企業でも取締役会なんて次期社長を目指すような人達の集まりだから、会社のためでは無く、自分のために社長になろうとする。アイリス大山の社長に見せたら笑うだろうが、そんな連中が足の引っ張り合いにトレーダーの成績に口を出すのであれば、トレーダーは失敗するだろう。そう言う風に口を出す人たちは往々にして、上手く行ったのは自分がアドバイスしたから、失敗したのはお前のやり方が下手だったからだと言う。
結果だけ見て、駄目なら首か配置換え、の方が余程良い。
知らない癖に役職が上だからと言って偉そうに口を出してくる部外上司程はた迷惑な連中は居ない。

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2017年3月 4日 (土)

神はあなたの心の中に居る

このアイデア自体が、多神教の日本人である僕の戯言のようなものです。一神教の否定だとか、多神教の布教のようなものではありません。
 
日本人は昔から理屈の解らない事項を神秘的と称する事が多い。長寿や不変に対しても畏敬の念を抱き、そこに神が宿るような観念も持つ場合が多い。神化なんて言葉がそもそも、神は存在するものでは無く、新たに成るものであることを間接的に証明しているだろう。神式の諡名(おくりな)も故人を神霊として祀るためのものなのだろうから、人も神になる。
 
大方の人は、長寿や偉業に対して称賛するだろう?日本人は、畏敬の念と言う形でちょっと拡張しているだけなんじゃないだろうか?畏敬の象徴が神であり、自然の摂理、大樹、数百年に渡ってそこにある岩、山、湖、河川、人、何でも畏敬の対象となるものは神化する。神化したからと言ってそこに神が居る訳ではない。だからと言う訳では無いが、当たり前のように神は何もしてくれない。尊い行いをした人を助けたりしないし、悪い行いをした人に罰をあてるような事もない。自分でするしかない。唯、そこに信じるものがあれば、そこに向かって行ける。縋るものが神であり、それはどこかに居るのでは無く、あなたの心の中に居る。

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2017年2月24日 (金)

国策として技術流出への備えが必要だよね

東芝が重電と軽電の派閥争いの果てに会計不祥事を起こして潰れそうになっている。今回新たに出て来たアメリカの原発メーカの巨額損失は今後どこまで増えるのか想像も付かない。買収を発表した時にも”今更そんなもの買う?”と思った。重電派閥の勇み足だったんだじゃかろうか?
今回、半導体部門を売りに出そうとしている。東芝メデイカルを売った時にも、”黒字の部門を売ってしまうなんて立て直す気があるんだろうか?”と思った。この時は幸いキャノンが買ったから良かったけど、半導体部門を買う日本企業があるだろうか?
今後の日本の技術の根幹を握るような重要な半導体技術がたたき売りのような状態で海外に取られてしまっては、日本も東芝と同じ道を辿る。もう東芝の一部上場廃止は時間の問題だろう?バフェットさんも愛想を尽かして売り逃げしたらしいと聞く。
シャープの時にも思ったが、馬鹿な経営者が先の見えない巨額投資の挙句に会社を潰すような事態を避けなければ、日本の国際社会での一部上場廃止も現実味が増して行くだろう。

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2017年2月14日 (火)

sati

「マインドフルネス(mindfulness)という言葉は、原始仏教の経典にあるパーリ語の「サティ(sati)」という言葉の英訳です。そしてサティとは2500年前にブッダが説いた「八正道」という理論の中の「正念」のことです。 マインドフルネスの語源である「正念」は、「正しく気づくこと」という意味です。
「八正道」は一言でいうと「人生の苦を滅して心安らかに生きる方法」です。ブッダは「自らの欲・怒り・執着に気づいて手放していくこと」が人生の苦を滅する、そして「慈しみの心を育てること」によって心安らかに生きることができると説きました。」
精神科医(精神保健指定医)・産業医・作家 奥田弘美さんが、「クラッシャー上司」にならない 心を育てる瞑想法と言う記事の中で、こういう風に解説していました。この解説に異議を唱えるとかではありません。satiと言う言葉を20代前半に聞いたことがあったな、と感慨深く思い出しました。
自分が生きて行くためには、そんなに沢山の物は要らないな、でも、自分を自分として認識するために必要な物は凄く沢山あるな、当時の僕はそんな感情でこの言葉を聞いていたように覚えています。このsatiと言う言葉は、語感が良くておぼえています。ちょうど「取りつく島が無い感じ」の反省をしていた頃ですね。
日本にはお寺の檀家だったり、仏式で葬儀をする人が8割以上と、およそ仏教国のような感じですが、そんな人たちも神社に初詣で柏手を打ち、七五三でお祓いをし、車には安全祈願のお守りを下げる。でも、「八正道」を知ってる人はどの位要るだろうか?1割に満たないんじゃないだろうか?習慣としての仏式はあるが、教えとしても仏教は無い、言い過ぎかな?僕は二十歳の頃に自分で調べるまで知りませんでした。
日本人が同じく正念を理解し、実践していたら、どんな国になるんだろうな?一言で言えば、大らかな人たちが住む国になれるだろうか?まあ、思いっきり仏教国のインド等の国でもカースト制が残ったままで贈収賄がちっとも無くならないのだから、幾ら日本人が生真面目だと言っても無理だろう?当時、人に求めるも苦故、自分だけでも慈悲の気持ちを持てば良いのだと思っていました。今はどうだろうか?怒りや執着心はほぼほぼ忘れているけど、欲は自分のためと言うより、子供たちのために捨てきれていない。子煩悩なんて言われ方をするような事だろうか?この期に及んで煩悩か、捨てきれないなあ・・・

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2017年2月 7日 (火)

日本人の民度が高いって?

Microsoft Edgeを立ち上げるとDefaultがMSNなのもあって、Searchina(SerachとChainaを引っかけてる?)の記事が良く目に入ります。その見出しに”日本人の民度の高さに中国人が驚く”と言った記事が良く出てきます。
飽くまで比較論なのだろうとは思いますが、日本人としては”日本人の民度は決して高くない”、”むしろ下がって来ている”と感じます。概ねの日本人は親切で礼儀正しいけれども、偶に目にする迷惑で無礼な連中は、偶にでは無く、卒中目にするようになりました。昔はオッサンとオニイチャンだけだったけど、最近はオバサンとネエチャンも相当悪い。それから高校生、中学生、最近は小学生も、親を映しているのかも知れないけど、酷いよね。
”モラルの欠如”と言う方が正しい気もしますが、躾の問題のような気もします。核家族になって2世代目が親では、”駄目なものは駄目”と叱る年寄りの影響は残っていないでしょう。”駄目なもの”とは”社会に生きる人としてやってはいけないこと”です。競争心からモラルを無くした親が育てた子供にモラルがある筈もの無いと言われれば、確かにそうなんですが、社会の連帯感が薄まれば、近所の人も親戚も友達も誰も注意をしなくなる、それが問題ですかね。個人主義の間違った解釈とも言えますが、”人に危害を加えなければ何をしても自由”の危害の概念を取り違えているか、知らないか、自分に降りかからなければ他人がどうなってもどうでも良いと思っているか、そんな感じに見えます。いつ何時自分に降りかかるかも知れないと言う発想は無いんだろうか?と思えます。個人主義が悪い方向に向かっているように思えます。
さて、日本人である僕にはそう見える日本の世の中ですが、中国人には驚愕に値する民度らしい。と言う事は、中国と言う国は、社会主義国家の筈ですが、日本よりも個人主義が間違った形で発展している国なのかも知れませんね?

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2017年1月28日 (土)

何だか世界が騒がしい

去年まではイスラム教とキリスト教の戦いのようだったが、今年は、シリア紛争、ロシアのクリミア併合、ウクライナ紛争、EUの難民受け入れ、イギリスのEU離脱、中国の南沙諸島進出、トランプ大統領の就任、他にもあるけど、今年は富める国が自国の富を守るために保護主義を復活させる一年になりそうだ。
グローバル化が進んだことにより物や情報だけでなく人も自由に移動できるようになった事、自由主義による経済活動が貧富の差を生みやすい事、簡単には手に入らない高度な技術による情報通信が巨額の富を生むようになって情報通信基盤を持たない国では富を得るのが難しくなった事など、富を求めて人が国を移動するのが一番手っ取り早く豊かになる方法となったのであれば、移民問題が発生するのは当たり前だろう。陸続きの国境を持たない日本にあっても、それほど遠くない将来にポピュリズムに乗った政治家が勝手な事を言いだしそうな予感はある。

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2017年1月17日 (火)

ガラ携の便利さを超えられない

今時かい!?って突っ込みを入れられそうな話題だが、ようやくガラ携からスマホに乗り換えた。それも必要に迫られてでは無く、元旦早々ウイルス性胃腸炎になり38°台の熱、下痢で脱水になり近所の救急病院で点滴を打ち、成人式の連休のスキーツアーはキャンセルし、10日間倒れていた腹いせに買ったのだ。
それでも、店に行った時は解約する積りでMNP手続きに行ったのだが、余りの面倒くささに、その場で在庫を確認してiPhone7を凡そ衝動買いしてしまった。お蔭でSuicaの機種変更手続きをする前に回線を切ってしまって、Suicaのサポートサイトで機種変更手続きをする羽目になった。しかも、iPhone7でView Cardの登録をしただけだと思っていたけど、View Suica Cardだったせいか、機種変更できなくなるおまけまで付いてきた。なってこったい!
使っていたガラ携が自宅PCと同期出来たり、PCサイトも行けるし、アプリも同時に7つは開けてマルチで切り替えが出来るような機種だったせいもあり、お財布が使えて、カメラはExlim、銀行振り込みや株取引も可能、ナビも乗換案内も特急の指定券も買えると全く不自由が無かった。唯一テザリングが出来ずにSurfaceをFlet's Spotに頼っていた事くらいだろうか?
スマホにして1週間くらい経つけど、iCloudでPCと同期を取り、Evernoteとスキャナーを買って、ePrintを組んで、新しくSuicaも取り込んだけど、これってほぼガラ携で出来ていた事だよね。Evernoteは別にSurfaceで読めていたし、他の事もスマホでやる必要も感じない。ちっともガラ携の便利さを超えてない。デカくて、重くて、高いだけだぜ。何だかな・・・

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2016年12月26日 (月)

覚悟の問題なのかもね

最近、仕事に対する向き合い方に違和感を覚えることが増えた。
僕の前の職場がとても堅い職場だったと言うのもあって、そこではいい加減な仕事ぶりの奴が少なかった。いい加減な奴が一定数居ることは居たんだけれども、いい加減の度合いも今の職場でのそれとは結構ギャップがある。何をするにも真摯に向き合わない。何か特別これには力が入ると言うようなものも無さそうである。求められていないものに力を入れる必要を感じていないのかも知れないけど、その場その場で熱中して仕事をしない。でも、それじゃちっとも成長しない。
ある職業に就いて長い時間その職に留まるにしても、同じ内容の仕事しかしていなければ30年、40年同じ給料でも文句を言えないだろうなと思うけれども、給料は上がって行って欲しいらしい。給料を上げて欲しいなら仕事の内容も同じゃ駄目だよね。
例えばアメリカのようにスキルアップのために転職を繰り返し、それを好んで容認するような社会であれば、その仕事をスキルアップの道具位に考えても良いのかも知れないけど、日本だからね、そんな事が許されて、しかも成功している人達なんてほんの一握りの人達だけだ。それに、そもそも今の仕事でスキルアップされていない。
特に免許制の仕事であれば、これから定年までこの仕事をして行く、続けるには常に努力が必要で努力を続けなければ仕事を続けられない、そんな意気込みが全く見えないよね。
受験戦争の弊害なのかも知れないけど、何か一つ目的を達成すると終わった感でもあるんだろうか?自分には通過点として認識した事はあったけど、ゴールだと思った事は一度も無かったし、多分これからも無いだろう。

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2016年12月19日 (月)

幸せのデザイン

ちょっと前に古館君と言う番組の最後で
「人は幸せになりたいと思って生きているが、
人は幸せになれるようにデザインされていない。」
と言う言葉を引用をしていて、諦めも必要と締めていた。
きついかもなあ、これは。でも、これは相当正しいように思う。
古館君は”諦めも必要”と締めていたけど、諦められるようなら人は幸せになれるとも、そもそも諦めるとか言う感情が無ければ幸せになれるとも言えるけれども、幸せなんて概念自体が人の幻想だとも思う。
ここで引用されている言葉は、人間の欲望は際限が無く、満足感が幸福感を齎すものであるならば、それは永遠に得られるものでは無い。そんな話だよね。だから、諦めも必要。
でも、 みんなは幸せにどんなイメージを抱いて、どのようにデザインすれば自分は幸せになれると想像しているだろうか?
以前のマイホームのようなステレオタイプの幸せ像は、もう時代遅れかな?
希望が叶った時に幸福感を感じるだろうか?希望が叶ったその後は?また新たな希望を持つのかな?それでは際限が無い。でも、きっと絶望しない限り、希望を持ち続けて行く限り、幸せを感じながら生きて行けるのかも知れない。
デザインとしては、小さな幸福感の積み重ね、ってところでしょうか?
人生をやり直す事は出来ないし、岐路に立ってのどちらが正しい選択かも永遠に解らない。だから、全網羅的な幸福感は有り得ないと諦めて、小さな幸福感を積み重ねて、人生の終わりに”ちょっとだけ幸福感の方が多かったかな♪”と思えれば、幸福な人生だったと言えば良いんじゃないだろうか?

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2016年12月14日 (水)

何だ何時もの姑息な戦法か

プーチン氏「経済協力、領土に先行」 日本の制裁に不快感
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS13H4E_T11C16A2EA2000/?dg=1
何て記事がNIKKEI.NETに載っていた。
ロシアが過去から現在まで領土問題で馬鹿な事をしたのは、シベリアをアメリカに売った事だろう?
ロシアが領土をちらつかせて日本にすり寄ってくるときは、余程経済状況が悪いのだろう?制裁はボデイブローのようにじわじわ効いてきているのだろう。
第2次世界大戦の日本敗戦時のロシアは、誰が見ても火事場泥棒だったし、その後のシベリア抑留による人権侵害も歴史の表舞台に出て来ないのが不思議なくらいだ。
この記事を読んで、”ああ、やっぱり、また、何か強請りに来ただけだったのだな。”と思った。
中国のお蔭でエネルギー政策に狂いが生じる可能性は出て来たが、ロシアにお金をあげる位なら、再生可能エネルギー開発に資金を投じた方が余程良いし、未来的だ。
プーチン氏との会談も中止すれば?

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2016年12月12日 (月)

生気無くもたもたと歩く

特に朝の通勤時にそう言う姿を目にする機会が増えた。
偶々? 家で何か不幸なことがあれば、短期間そう言う場合もあるだろうね。
昨日呑み過ぎた? それは景気が良い事を示すから良いだろうね。
会社に行くのが嫌? これは相当問題だ。
生気無くもたもたと歩く人達の特徴は、身なりがくたびれた感じな事だろうか?
個人的な感想としては、凄く痩せているか、太って腹が出てしまっているように見えることが多く、歩幅が小さいのも特徴だろう。これらの特徴は、短期的な何かの問題では無い事を表しているように思えてならない。
景気の良い時には目立たなかった傾向だから、今はやはり景気が悪いんだろうか?
近年Work Life Balanceなんて事が言われて、仕事以外の生活に活力を見出させようとさせられているかも知れないけれども、週に40時間以上も仕事をする訳だから、それが辛いものなら仕事以外の生活にも影響しない訳が無いだろう?景気が悪い会社ほど社員にパワハラチックな対応をしやすい傾向が正しいのであれば、給料も安く仕事も辛いような状況なら、肩も落ち、歩幅も小さくなろう?業種の地殻変動の犠牲者たちなのかも知れないけど、やっぱり庶民全般の景気は悪いんだろうね。見方を変えれば、総生産は増えても分配が偏って貧富の差が激しくなっているのかも知れない。1億総中流なんて言われていた時代が懐かしい気もする。何となくしかイメージが湧かないけど、今より貧しかったと思うけど、みんな元気だったようにも思う。多分、希望が見えないんだろうなあ・・・

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2016年12月 8日 (木)

持ちつ持たれつ

消費者保護の法律が出来てから、お金を払っているからと言って横柄な態度を取る人が増えた。大体、大したお金を払っていない奴に限って横柄な事が多い。
ものを作ってくれる人が居るから、我々はものが買える。サービスを提供してくる人が居るから、サービスを受けられる。その対価として、料金を払う。質と料金が見合わなければ、買わなければ良いし、サービスを受けなければ良い。
何であれ安いに越したことは無いが、何時も買う物や連続して受けるサービス等は、それが継続して売られている事や継続して提供されるサービスでないと困る。
売る方やサービスする方にも、それぞれに生活があり、家族も居るだろう。だから、続けるためには無闇にダンピングは出来ない。どんなものにも適正価格はある。常に努力した結果の適正価格に対して文句を言うのは間違いだ。世のクレーマー達ももうちょっと勉強して、何でも間でも安く買えれば勝ちとか、憂さ晴らしになったとか言う単純なアイデアでクレームをつけるのではなく、適正価格を認識してそれから外れているならクレームをつけると良い。

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2016年12月 1日 (木)

みっともない

 電車の入口脇は寄りかかって両手を使う事が出来ると考えているのか、そこを死守しようと必死の人達が居る。ある時、60代前後の人がその場所を死守していた。そこに最後に40代前後の人が後ろを見ようともせずに後ろの人を押しのけてその場所を奪った。電車は凄く混んでいた訳では無いので、空いてるスペースに乗り込めば良いだけだったのだが、40代前後の彼は後ろの人を押しのけた。やられた方は当然怒るよね。文句を言っているように口が動いたが、40代前後の彼は、さらに大きく後ろに動いて、60代前後の人をど突いたのでその人は後ろによろめいて転びそうになった。そして喧嘩になった。この間、40代前後の彼は一切後ろを見ない。まあ、どっちが悪いと言えば40代前後の彼の方が悪いけど、どっちもみっともないね。
 西武線の池袋で夜の通勤時間帯の急行は整列乗車が基本だけど、3列12人位並んでいたら大体座れることは無いよね。そのおじさんは、列の脇に次の急行を待つ列を作るが如く並ぶ。そしてドアが開いた途端に人を押しのけながら割り込んで行って強引に座ってしまう。みんながつるし上げればやらなくなるのだろうが、そんな事する日本人は居ないからか、彼は多分何時もそうする。(本当に何時もかは解らないけど、過去に2回そのおじさんを見た時は2回ともやったので、多分何時もやるんだろう?)子供が居る前でやったら、間違いなくつるし上げるけど、いい大人がみっともね~な。
 職場の近くにある押しボタン式の横断歩道は、車がまばらに来る。僕は自分が渡るだけなら押しボタンを押さないし、態々信号を変えずに車が来ないタイミングで渡る。でも、子供が居る時には普通なら渡れるタイミングでも信号が変わるのを待っている。ある時、子供連れのお母さんが押しボタンを押して待っていた。そこにせかせかとオジサンが来て、既に押されているボタンを何度も押している。挙句に車が来ないのを見ると信号は赤なのに渡って行ってしまった。いや、子供が見てるだろう。子供の前でみっともない。

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2016年11月16日 (水)

一人では生きていけない

在り来たりのキャッチコピーのような言葉だけど、それはつまり万人が共感できるような言葉と言う意味なんだろう?人生の折り返しを過ぎて尚、フレッシュな感覚でこう思う。
自分の能力は色々な意味で有限だよね。思う事全てを自分ひとりで出来る訳では無い。思う事すら過去に自分が手に入れた知識を超えて思う事は出来ない。周りに居る色々な人たちの力やアイデアを貰って生きている。
違いは自覚があるか無いかだけ。
感謝して、他に自分が出来る事で応えれば良いんだ。

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2016年11月 9日 (水)

「ネットストーカー」被害急増 SNS普及で中高生標的に

以前から言われてきたことだけど、個人の社会への発信行為の安易さが、成熟していない人間に危ない道具を渡す事になる、そんな杞憂が現実化した、と言う事だろうか?単なる未成熟社の狂気だけでは無くて、どうもストーカーに見せかけた少女買春のような事も見え隠れする。
最近Facebookで誰が自分のプロフィールを見たのか解るようになったらしい。mixiの足跡みたいなものだろうが、どれだけ見ず知らずの人が自分のプロフィールを見ているのか自覚できるだろうか?自分のFacebookの設定は、友達以外にはプロフィールを見せないし、現実にあった事のある人以外は友達承認をしない。Facebookの精神とは合わないと思うけど、オジサンの僕ですらその位用心する。女子高生ならもっと用心して良い。

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2016年11月 3日 (木)

最近は天使像も変わったのかな?

天使と言うと背中に羽のある女性で意味深な事を言いながら神の使いとして正しい事だけをする清廉潔白な女性と言うステレオタイプのようなイメージを想像するだろうか。
今時の小説やアニメ、映画で描かれる天使は、後になって主人公にとって天使だったのではないだろうか?と思われるような唯の人であり、ちゃんと生まれ育って、一時主人公に絡んで去ってゆく。見た目も唯の女性、暴力上等、悪態は付くわ、超我儘だわ、無茶苦茶な女の子だけど、結果として主人公を救うように描かれたりする。
単にステレオタイプのイメージが詰らないからなのかも知れないけど、我々がおとぎ話では無く、より現実に近い形での、より身近な存在の天使像を求めている証拠なのかも知れないなと思う。まあ、これだけ科学技術が発達して、どう見てもあり得ない話に誰も感動も期待もしなくなったと言う事なんだろうけど、今時の天使像が変わってしまったのかな?

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2016年10月19日 (水)

歩行者が一番横暴?

地方に行くとそうでも無いのかも知れないけど、首都圏の歩行者は相当ひどい。
一番迷惑しているのは、救急車だろうか?
横断歩道を渡る歩行者は、救急車が来ても救急車の前をスマホを見ながら平気で横切る。交差点を救急車が曲がって来て車は止まって待つのに、歩行者優先とばかりに救急車に道を譲らずに平然と渡る。
歩道と車道の区別が無いような道路では、道の真ん中をスマホを見ながらヘッドホンを付けてもたもた歩く。トラックにクラクションを鳴らされても、振り向きもしない。トラックの運転手は”轢き殺したい!”って思うだろうか?
個人の権利意識の向上は特に悪い事だとは思わないけれども、公共の概念がそれとセットで無くなっていると迷惑なだけだ。厭世的な気分の時にこの件について語ると、個人の権利と公共の判断も付かない馬鹿みたいな表現になるけど、そうじゃない時でも彼らの頭の悪さにはうんざりする。
何だろうね?
多分何かの結果を見ているんだと思うけど、それは教育かなあ。中国の一人っ子政策が我儘な大人を作ったように、少子化や核家族化が家の中で王様のような子供を作り、外見だけ大人になったのかも知れない。
どの国の人達も概ね高学歴の人達は教養もあり礼儀正しい傾向があるけど、礼儀正しさって教養が齎すもののように思える。教養の必要性を知っている家の子供でないと高学歴に成れるような収入がないと言う事実も関係しているのだろう。
日本人は総じて高学歴だが、礼儀がなっていないのなら、それは教育の問題だろう。
自宅でちやほやされた子供が礼儀知らずなのは相関がありそうに思える。
子は親の鏡。今時の子供に教養が足りないのは、今時の親に教養が無いのだろう。当然、孫にも教養は期待しづらい。これらを断ち切るには、学校教育に頼るしかないのだが、日本の学校は受験対策だけしていては教養は身に付かない。
う~ん、当分救急車は歩行者を待って、助かる人も助けられないままやって行くしかないんだろうね。Time is Brains なんて言うんだけどなあ・・・

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2016年10月14日 (金)

フィルターバブルの世界にいる

 

[FT]ウィキペディアは「ポスト真実」時代に有効
と言う記事の中に「ところが今、旧来メディアが細分化され、ソーシャルネットワークが普及することで、我々が皆、自分自身の「フィルターバブル(検索結果などあらかじめ情報を取捨選択=フィルタリング=されていることに気付かず、都合のいい情報だけ与えられ操作されている状態のこと)」の中に住んでいるといわれる。テクノロジーによって真実が大量消費されてしまい、人は気に入らない事実を無視し、自分たちが望む、個々人に合わせられた物語にひたることができる「ポスト真実(真実以後)」の世界に暮らしているというのだ。」と言う文章があった。
以前、「無意識をコントロールする」と言う題で、「自分の脳の無意識をコントロールしたいなら、意識的に正しい情報を選択して得る事を行うべきだろう。」と書いた。フィルターバブルの凄く良くないところは、それが受動的だと言う事だ。思考は自由であるべきだ。だから思考に至る情報は自らが能動的に集めなくてはいけない。誰かにコントロールされて良い訳では無い。
日本に住んでいると「洗脳」とか言う言葉に「自分とは無関係」と言う概念を持つかも知れないけど、ニュースサイト一つ取っても、そのサイトのニュースを選ぶ人間のフィルターの中でしか情報収集できていないと言う事なんだ。そのことだけで「洗脳」に繋がるとは考えづらいかも知れないけど、意識はニューロンの発火を後追いしているのだから、どのニューロンが発火するかは無意識だよね。ニューロンは普段得ている情報を元に発火するのだから、それはニュースサイトのフィルターの影響を受けている。もう既に我々は洗脳されているんだ。良いのかい?それで。

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2016年10月13日 (木)

世代が代わり人が変わってもやる事は同じか・・・

「はや3次補正待望論 政府・与党、緩むタガ 2次成立、経済対策4.5兆円
2016/10/12 0:38
情報元 日本経済新聞 電子版
事業規模28.1兆円の経済対策の裏付けとなる2016年度第2次補正予算が11日、参院で成立した。4.5兆円の国費を追加支出し、4年ぶりに国債を2.7兆円追加発行した。政府は17年度予算編成で社会保障費の伸びを年5000億円に抑制する目標を掲げるが、衆院解散の思惑から与党内には早くも3次補正の待望論が浮上。財政のタガは緩んでいる。
日経新聞にこんな見出しが載っていました。
しかも、補正予算は「一億総活躍社会の実現の加速」や「21世紀型のインフラ整備」などが柱って、相変わらずだなあ・・・と思う。
昔、ばら撒き選挙なんて言葉があって、選挙に勝つために、どうせ人の金で幾ら借金しても自分の懐は痛まない政治家が国債を発行しまくっていた時代があった。現在の800兆円とか900兆円とか言われる国の借金は、元を辿ればそこだろうか?と思う。
ある程度の所得のある人にお金をばら撒いても貯蓄に回るだけだが、低所得者にお金を配ると直ぐに使うからお金が社会に回る。そんな人を馬鹿にしたような理屈があって、お金を配る先に選ばれた業種の人達は、政治家から”貰ったお金は直ぐに使う馬鹿な集団”と思われているのかも知れない。まあ、介護系の待遇は”この給料で誰がこんな仕事をするんだ?”と思える位酷かったから、それは良い政策だろう。でも、介護系の待遇を悪くしているのは金儲けしている経営者の問題で、そこにメスを入れられなければ、彼らにお金をばら撒いて終わるだろう?それでも、政治家は何かをしたことになって、どんなに愚策でお金の無駄遣いになっても責任を問われることも無い。なんて気楽な話だか。
政策を決めるのは政治家の労働義務だと思うんだけど、普通の企業だと会社に損害を与えた職員を唯では済まさない。政治家の場合、国が会社で、税金を大量に無駄にする行為は会社に損害を与える行為だと思うけど、彼らは唯で済む。変だよね?基礎が変な事になっているところに上物を載せて行くからどんどん変な事が増えて行く。日本だけでは無いようだけど、愚策をして税金を大量に無駄にしたのなら、政治家の国に対する背任行為のようなものだろう?基礎として「背任は処罰対象」とすれば、政治家も少しは政策に責任を持つだろうか?まあ、無駄遣いを証明するのは難しいだろうけどね。
過去の政治家が起こした事件は、その金額が途方もないのに大して罰せられることも無かった。衆院解散の思惑から3次補正を言い出すような与党議員は、自分が当選するためなら国の借金なんか気にもしないのかも知れない。今回3次補正を言い出すような与党議員は、 そんな事でもしないと次は当選でき無いような人達なのかも知れないけど、過去に事件を起こした政治家たちとは世代も人も違う。でも、同じことをする。多分、仕組みの問題なんだろう?

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2016年10月 6日 (木)

何を伝えられるだろうか?何を残せるだろうか?

そもそも自分が偉そうに伝えられるような、残せるようなものを持っているのか疑問があるけれども、想いを伝えたいような特別な誰か、残して上げたいような愛すべき誰かが居るだろうか?

子供たちは、見た目、考え方、行動力、運動能力、音楽性、好奇心、創造性、やり遂げる力、そして鈍感だけど優しい、そんなの本当に僕が持ってるか?と思えるような所が凄く似ているらしい。それが僕が彼ら残せた数少ないものなんだろうか?正しいのなら、それは相当照れる。

物心ついた頃から一人で勝手に何かしていた僕の視界には、自分から望んで見ていたいような人が映らなかったせいもあって、想いを伝えたいような誰かを見つけることは出来なかった。まあ、若干僕の想いなんて余計なお世話だろうと思っていたこともあって尚更だった。だから青春時代に有り勝ちな憧れとかと言った強い想いのようなものを持った事は無かった。それはきっと僕の人生にとって不幸な事実だった。でも、青春時代に誰かに出会えていれば持てたのかも知れない。

逆に僕自身は何人かの恩師と呼べるような人達に忘れられない言葉、忘れられない経験を貰っている。だから、今度は僕の番なんだろう?新たに自分で作り出した言葉じゃなくても、せめて自分が貰った言葉は伝えなくちゃならないと思う。義務かな?せめて自分が貰った分くらいは、不幸にも僕に関わってしまった人達に残してあげなければならないだろう。けど、僕に出来るかな?

実際にそんなことを残りの人生の中で出来るかどうかは解らないけれども、相変わらず好き勝手に行動している自分に大方愛想の尽きているだろう嫁さんにだけは、沢山ごめん、でも、今までありがとう、と伝えなくちゃね。

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2016年9月29日 (木)

もう単純労働をするような人を育ててはいけない

多分国策としての教育の問題だろうか?

今後10年~20年位の間に工場での単純作業のような仕事は、少なくても日本では無くなるだろう。青春を謳歌するのも良いが、学生の時にきちっと教育を受けなかった、もしくは、受けようとしなかった連中が工場での単純労働に就き易いのは傾向として正しいだろう。でもそうした人達にはきっと仕事が無くなってしまう。このまま人口減少が続くのであれば知識レベルの低い人達も高度な知識が必要な仕事に就かざるを得ない。当然全体のレベルが下がって競争力は下がってしまうだろう。でもその状態も長くは続かないだろう。

多くの人は就業すると35年から40年くらいは働く。ここから先就業状況は大きく変わって行くだろう。嘗てのアメリカがそうであったように日本へも優秀な人材が雇用を求めて世界各地から集まってくる。企業は競争力を維持するために優秀な人材を集めなくてはならない。人手不足だからと言って日本人の出来ない人材を採用する理由は無い。日本人だからと言って優秀でなければ就ける仕事が無くなる事は容易に想像できる。日本人の失業者の増加は、社会システムの崩壊を意味すると思われるので、政府は失業対策に何をすれば良いだろうか?

現在アメリカでは大統領選挙の真っ最中だが、アメリカの内向きに傾倒した考え方が支持される理由は、労働者に新しい時代に必要な技能や知識を身につけさせられなかった政府の失敗との論説もある。中産階級の所得水準を上げ、失業者を減らす方法は、経済政策では無くて、教育対策なのではないか?でも、それは時間が掛かる。10年後に就業する若者たちが就職難にさせないためには、もう始めないと間に合わない。若者は若者で、アベノミクスの影響で運よく就職できても10年後に職があるとは限らない。努力しなければ真っ先に肩を叩かれる。

スマホゲームに熱中しているような状況じゃないぜ。

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2016年9月 7日 (水)

核心的利益は平和

三浦瑠璃さんが、テレビの戦争に関する討論で纏めの言葉に使っていた。このKey Wordは素晴らしいと思った。

色々な国が核心的利益と称して他国に介入、もしくは、宣戦する訳だが、軍事行為、および、軍事力増強に無闇にお金を使わなければ、例えば日本のように敗戦の無一文から奇跡と称される経済発展をすることも可能なようだ。

日本ではアメリカの軍事的傘に入りGDP比1%枠を守ってきている。米国3.3%、中国1.9%、韓国2.6%に対して日本は0.99%らしい。まあ、それでも世界的には8番目の予算を使った十分大きな軍隊を持っている。例えばアメリカの5960億ドルを1/3に減らして、4000億ドルを他の事に使ったら世の中の貧困は無くなるんじゃないか?なんて事も思う。

自国の領土と国民を守るのは核心的利益だけど、守るための軍事力は攻める可能性のある国の軍事力や紛争に拠って失われる他の核心的利益のサイズによって決まる。経済的なグローバリズムと軍縮が同時に起これば、紛争による利益は殆ど無くなる。だから世界的な経済協力は重要で、独りよがりのならず者国家を作らないようにするのは、世界的な核心的利益になる。

最近話題の二つの共産国が領土拡大や軍事力増強に走るのは、もうその考え方自体が前時代的なんだと思う。それは大国の野心であったり、小国の凶険だったりするのだろう。だが、それに苦しむのは国民であり、国家としての義務を全うしない。独裁国家だからそれでも良いのかも知れないけど、民主的でない事だけは確かだよね。

逆説的だけど、平和を目指せば軍事力は減り、国家財政は潤う、交流により経済は発展し、国と国民が裕福になる。オバマさんが世界の警察官を止めて軍事費を減らせば、オバマケアとか言う国民皆保険のような事も実現可能性が増すだろう?オバマケアはアメリカ国民を幸福に出来る可能性が高い。オバマさん流の国家の核心的利益追求とも言えるだろう?まあ、あの国は一元的な利益が解り辛い国家なので実現は難しんだろうけどね。

討論番組故に三浦瑠璃さんがどう考えての言葉だったのか解らないけれども、「核心的利益は平和」と言うKey Wordは正しいと思う。

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2016年8月30日 (火)

コントロールするスキー

このスクールの昔からの特徴は、どんな斜面でもスピードをコントロールしながら自在に滑ることだろうか。
楽なポジションを取り、強いエッジングはしない。エッジグリップの低いところでの急激な操作はグリップを失う原因になるから、緩やかに操作をする。それはタイヤと路面との関係とも同じだよね。グリップを失わないようにコントロールする。ただスキーなので、グリップと言うよりスライドのコントロールと言った方が正しいよね。
ポジションコントロール
スキーの理論まで考えてスキーをするようになった頃に乗っていた板は、2mオーバーのスラローマやスーパージャイアントスラロームの板だったので、トップから入れてテールに抜くような操作のためにガチガチに硬いブーツと乗る位置を変えても体が遅れないための筋力が必要だったし、トーションがあまり高く無くて板全体をグリップさせないとエッジが逃げてしまうから尚更ブーツのシェルが硬かった。けれども最近は、トーションが高く、1.6m程度の板でサイドカーブはきつく、エッジは逃げないし、 ロッカーなるものが入っていてさらに小さく曲がり、乗る場所もあまり変える必要が無くなった。板の前後で構造も異なり、左右でもキャンバーとロッカーを別けるような板もある。この板、3日間乗ってみたが楽しかった。だから、ターンの間に大きく乗るポジションを変える必要が無く、土踏まずよりやや踵寄りの、ちょうど体の重心が乗る辺りに自然にポジショニングしていればコントロールが可能になった。流石に延々滑っているとお尻の筋肉が厳しくなるが、以前のように太ももの筋肉、背筋、腹筋をあまり使わなくなった。
グリップコントロール
これまでグリップコントロールと言うと、エッジが逃げないように出来るだけ広く雪面を捕えるようなコントロールだけを考えていたが、コントロールするスキーの中では逆にエッジをどの程度逃がしてやるかをコントロールする。”強いエッジングをしてしまうと、そこでコントロールが終わってしまう。”と説明する人が居て、それは”強いエッジングでもコントロールはするよね。”って意味で間違いじゃないの?と思うが、言いたいことは解る。楽なポジションのまま緩くエッジングしていると、足のクッションが固定されないから、雪面のギャップにたいして物凄く余裕が出来る。逆に強いエッジングをする時には脚のクッションはかなり固定されてしまうために雪面のギャップに体ごと跳ねられてしまう。
スピードコントロール
レースでなければゲート間で出来るだけ加速するように滑ることは無いだろう。また、全体のスピードが上がれば上がるほど、減速にも、ターンにも、加速にも大きな脚力を使う。大きな脚力を使っていると脚の柔軟性はどうしても低くなる。スピードコントロールに大きな脚力を使わなければ、自分の脚力や技量の範囲でスピードをコントロールしていられる。強いエッジングをして一気に加速し過ぎてしまって、自分の脚力や技量を超えてしまうような事も無い。
コントロールするスキー
緩く長くエッジングしているため、コントロールの幅が広がり、強くエッジングしないために大きな脚力も必要ない。大きな脚力を使っていないためにクッション性は高くなり、ギャップでポジションが崩されることも無い。そのため、後傾になって板が突っ走ってしまうような事にもならない。
因みにこのスクール、教える方も教わる方もかなりのハイスピードをコントロールしていて、若干ゲレンデ暴走族的に滑っている。でも、ちゃんと個人の技量の範囲にコントロールされているので、危なくない。

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2016年8月 4日 (木)

自由にやらせる事と上司の裁量権について

・自由にやらせて貰った経験の無い者にアイデアは出せない。

・ポリシーだけ伝えて、自由を与えても自主規制で動けない。

・自主規制が雰囲気を悪くする悪循環になる。

なんて言うデフレスパイラルのような状態になっている職場を何とかしろと言われ、

・今後、自由と言っても全くヒントも無くやらせても満足の行く結果を望めそうに無いので、ポリシーだけ伝えて失敗させてください。

・失敗したことについては責めません。

・何処がダメで失敗したのか伝えて、追加のアドバイスをして下さい。

・どんなアドバイスをしたのか報告をお願いします。

・ただし、ここでは僕は口を出しません。どうしても何をアドバイスして良いのか解らない時は相談して下さい。

・ここまでは係長の方々の裁量権とします。

・それでも失敗した場合、今度は口を出します。

・この場合、係長の方々にはもう裁量権を認めませんので、余計な口を挟んだり、蔭で文句を言ったりしないで下さい。

・この方法は正攻法です。

・ただし、実行するのは主に皆さんですので、上手くいくかどうかは皆さん次第です。

なんて事を係長達に伝えても、彼ら自身がそんな事をやった事がないから最初から上手く行かないのは解っているけれども、係長達自身が言われていることを理解できていないのか、そんな方法では改善できないと思っているのか、面倒だからやりたくないだけなのか、アルコールで侵されている脳が思考停止してるのか、実際には理由は解らないけれども、裏で悪く言いやらなくて済むように足を引っ張りに来る。

自分は退職までもう数年だから、後の事なんか知ったこっちゃないのか、若い人達に良い職場環境を残して上げたいとか思わないのか、自分がやらないのを棚に上げて若い人達を叱る。

なんだかなあ・・・。

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2016年7月29日 (金)

僕は人であり人でない

訳解んないね?

人は悪魔のように無慈悲にもなれるし、神のように慈悲深くもなれる。

神とて八百万も居て、色々居る。

神は人の願いが創りしもの故、願いが様々であるように神も様々だ。

欲望と本能のままに生きるような人も居れば、神のように無欲で清楚に生きる人も居る。

日本人だけでも1億人以上居て、色々居る。神が八百万居ても不思議では無い。

人は脳が創りしもの故、育ち方が様々であるように脳も様々な想いを抱く。

神は何をしてもそれは是であるが、人は是もすれば非もする。

人は是非両面を持ち、是も非も同時に行うような脆弱さも持つ。

古来、彼岸のあやかしが憑りつくと悪さを行うと信じられていたようだが、悪行の闇は人自身が持つ。

人は、ちょっとだけ神の真似が出来る動物のようなものなのだろう?

僕が生きる時代は、彼岸に理想を求める必要を感じないほど豊かであるが、此岸の闇に吞まれる人も居る。

当然僕自分の中にも闇は存在する。ただ、多分天性のお気楽な性格と面倒くさい正義感、もう一つほぼ雑学と呼べるような幅広い知識が闇を封じ込めているだけだ。

現在の僕は逆鱗が何処に在るのか解らない人らしいが、闇を全開にして無慈悲になったら救いの無い残忍さを発揮できるような人に成れる自信もある。

多分人なら誰でもそうなのだ。

人でなしと言われるような行為をしない事で人を名乗る資格を得るならば、現在の僕は辛うじて人を名乗っていられるような明るいところに居るだけなんだろう。

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2016年7月19日 (火)

エストニアにICT

全ての学校にコンピュータ設備がある
国民の98%が所得に関する納税を電子的に行う
投票の30%がインターネット経由
国民総生産(GNP)の2%に相当する効率化(国防予算に匹敵 )
国民全てが本人認証キーの入った顔写真付きのIDカードを持ち、全ての公共サービスで利用
認証キーには銀行口座、電気、電話の契約がひも付いており、支払いは自動引き落とし
車の運転もIDカードで可能
スピード違反をすると警察官はカードからサーバーに本人情報を照会、銀行口座から反則金を引き落し

イケてるICT会社ではなく、政府であるということは衝撃的だった。

フィンランド財務省特別顧問のオリペッカ・リッサネン氏にエストニアの強みを尋ねたところ、彼は「彼らはリスクテイカー(勝負師)だ。フィンランドならテストを繰り返して110%安全と確認してから使う」と答えたそうだ。普通そうだろう?

同じ質問にエストニア政府最高情報責任者(CIO)のターヴィ・コトカ氏はこう返したらしい。
「我々は取りうる施策のリスクとベネフィット(利益)を適切に評価し、日々判断して実行しているだけだ。」

挑戦する意識改革には恐れ入るけど、日本の行政の意識レベルでやろうとすると同じことでもハイリスクになるだろうね。

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