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2007年6月

2007年6月29日 (金)

Pilot Power 2CT のリコール

今日、仕入れた割とホットな話であるが、Pilot Power 2CTのFront Tyreにリコールが出たそうである。無償交換になるらしい。

リコール情報は、”ヨーロッパで250km/h以上で長時間走るとトレッドがグニャグニャになる”とか言うおよそ日本ではありえないネタである。日本の道路では、”250km/h以上で長時間”なんて出せる道すらない。早朝の東北道でも普通しないよね?免許が無くなる心配をしなくちゃならないもの。

でも、日本でも交換してくれるそうだ。有り難いと言えばあり難いのだろうか?トレッド表面の柔らかさ(路面に浮いている小石に無頓着なところ、以前履いてたメッツラーは凄く神経質だった)がお気に入りのミシュランタイヤだが、フォローも良いのなら少々お高いのは大目に見ようか?

正規代理店から順に行くだろうから、今現在装着している人は連絡してみると良いかも知れない。

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2007年6月25日 (月)

知ったかぶりの勧め

特に誰のことと言うわけではないのだが、知ったかぶりを常用する奴が居る。
底が割れなければそれなりに説得力があるのだが、底が割れているのが見え見えだと恥ずかしいだろうな?と思うし、軽蔑の対象になる。

知識を振り回すのは、プレゼンテーションではそれなりに役に立つ。それはその人の実績に繋がることもあろうし、それが給料に反映する場合もあろう。唯、色々なことに精通するのは残念ながら容易なことではない。それこそ夜も寝ない努力とそれなりの才能が必要だ。普通の人は大体そんな努力は出来ないので、知ったかぶりが必要なる。

知ったかぶるには、場所と相手を選ばなければいけない。”そんなことまで知っているんだ!”と思わせることが出来ればOKである。これには、普段からの信用も必要だ。普段から正しいことを詳しく話していれば、実は詳しくないことを言ってしまっても信用される。

”そんなことを知っている筈が無い!”と思われてしまってはいけない。もしくは、”口から出任せだろう?”と思われてもいけない。質問に対しても言い淀んではいけない。自信を持って流暢に答えなければ、相手を信用させられない。もしくは質問も出ないほど、高度なことを言わなければならない。要するに感心させられれば良いのだ。

間違えちゃいけないのは、決して嘘をついてはいけない事。知ったかぶりと嘘は別である。知ったかぶりは、詳しくは知らないのにあたかも詳しく知っているかのように喋ることだ。嘘をつくことではない。

さて、知ったかぶってしまった以上、その後そのことを”本当は知らない”とは言えないものだ。仕方が無いから詳しく調べなければいけなくなる。誰でも恥をかくのや軽蔑されるのは嫌だろう?これは、詳しく調べるための努力の原動力になる。それこそ寝ないでも調べておかなければならなくなる。そうして実際に精通すれば良いのだ。

こんな努力をしたくないのであれば、”知らないことは知らない”と言えばいい。でも、これもなかなか言いづらい。でも、一度や二度、知ったかぶって大恥をかけば”知らないことは知らない”と言えるようになる。

どちらに転がっても世の中には良いことなのだ。
だから、もう一度言います。

”知ったかぶりをしなさい”と。

補足:で、”お前はどうなの?”と聞かれそうな気もする。

僕は”知らない”と言うことを全然恥ずかしいと思わない。むしろ、多少知っていても何か知らない話が聞けるかもしれないからと考えて”知らない”と答える。

たまに”そんなことも知らないの?”と聞かれるが、”うん、まあ、知らないものは知らないんだよ、教えて”と答える。

”そんなことも知らないの?”と言うような人は、それなりに大人として問題があるのだが、聞いて見るとちゃんと答えられないか、僕の方が詳しかったりする。だからと言って、突っ込んじゃいけない。

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2007年6月23日 (土)

海がめのスープ

水夫が、港のレストランに入りました。
メニューを見ると「海がめのスープ」があります。
水夫は、それを頼みました。
スープが来ます。
ひとくち口に含むと、水夫は席を立ち、レストランを出てゆきました。
翌日自殺した水夫の死体が発見されました。
さて、何が会ったのでしょう。
水夫はなぜ自殺してしまったのでしょう。

水夫は、過去の航海で、難破して漂流したことがある。そのうちに食料がなくなり、餓死寸前までいった。ある日、コックが水夫たちにスープを飲ませた。スープは、とてもおいしくて水夫たちは助かった。コックは「海がめのスープだ」と言ったが、水夫は、スープの味が忘れられず、また飲みたいと思った。ふと入ったレストランでメニューを見ると、海がめのスープが会った。なつかしのあの味と思い、たのんで一口飲んだ。まったく違う味がする。あの時自分が飲んだのは、いったいなんだったのだろうか。そういえば、あの時、仲間の一人が衰弱死していたっけ。スープは、人肉で作られていたのだった。味の違いから、初めて真実に気がついた水夫は自殺してしまったのである。

これも開高 健さんの文章であるけれど、世の中には”知らなければ良かった”と思うことが度々ある。知らなければ、楽しい人生を過ごせたかも知れない。

でも、よく考えてみれば、”知らなければ良かった”と思うならば、知らなかったことにすればいい。とにもかくにも今もこれからも生きて行かなければならない。知らなければ楽しく生きて行けると思えるなら、知らなければ良い。
忘れてしまえ!
知らなくても生きて来られたのなら、これからも生きて行ける。
きっと、それは些細なことなんだ。君が拘りさえしなければ...

”おしゃべり用心理ゲーム”開高 健 TBSブリタニカ

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2007年6月21日 (木)

トラックバックの可否

色々なトラックバックを付けてくれるのをあり難いと思うのかそうでないかは別として、あまりにブログの趣旨と合わないと判断したものは、削除させて戴いています。他のブログを探してください。
一応、迷ったものは消していません。

悪しからず。

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2007年6月17日 (日)

また奥多摩に行ってしまった

最近、ほぼ2週間に一度バイクに乗っている。一回はクラブのツーリングでもう一回は、一人で走りに行く。で、その行き先が奥多摩に固定化されつつある。

昨日は、9時15分位に奥多摩周遊道に入った。何時ものように最初は道の様子を見ながらゆっくり流す。登り始めたところで対向から来るバイクが何か合図をしてくる。事故か?取り締まりか?

信号の手前の直線でスピードの取締りをしていた。四角いボックスだったのでレーダーかな?それともあんな形のスピードガンがあるのかな?

合図をしてくれた人、どうも有り難う、いくら様子眺めの流しでもそのまま行ったら捕まってただろう。

都民の森入り口の駐車場で一休みして戻ってきたら、白バイも居たので諦めて深山荘に行く。まだ開店してなかったけど、”時間は決まってないから”と言って開けてくれた。

蕎麦屋で一緒になったSV1000の人と一頻りスピード一斉の話で盛り上がり、お互い”気をつけて”と言って別れた。

遼雲閣にでも行こうか?と思い柳沢峠に向かった。4人組のグループがずっとついて来た。まだ丹波村の中だしと割とゆっくり目に走っていたら、信号で2台が前に出てきたので道を譲って残りの2人も先に行かせた。民家が切れた辺りからペースを上げたら前の4人に追いついたのだが、一緒に走ったことの無い人相手にコーナー入り口で飛び込むわけにも行かず、かと言って直線はみんな早いので一人で来ている時に頑張るわけにも行かない。仕方なく4人に付いて行く。それにしても最後尾のバイクは車種は判らないけど、車体のバンク角が足りずそっちゅう火花を飛ばしてる。”大丈夫か?”

途中、前の連中が車を抜く時、ちょっと入り方が強引だった。ビッグホーンの運転手は、ビックリしたらしくブレーキを踏んでた。その後、前の4人の連れと思われたらしく、コーナーでは2車線一杯にラインを取り、直線では中央線を跨いで走り、如何にも抜かせない積りが見え見え。”困ったな”と思いながら大人しく付いて行く。暫らく行くと工事で片側通行の信号待ちで抜くことが出来た。”ラッキー!”ついでに前の4人にも追いついた。その後、ずっと彼らの後ろをついて行く。前の2人はペースが良い様で少しずつ離れて行く。後ろの2人は、やっぱりあの狭い峠道では抜きに行けないものだね。相手は知らない人たちだからなあ。

070616_11320001_1  柳沢峠に付くとやはり富士山が綺麗だった。”先々週はあの辺りに居たんだよな”、とか思いながら写真を撮った。このブログを書き始めてから、ツーリング先で写真を撮るようになってしまった。流石にカメラまでは持ち歩かないので携帯のカメラでしか撮らないから写真は、こんなサイズだけれども。それにしても天気が良くて気持ちいい。でもやたらと眠い。そう言えば、F1のフリー走行の様子をネットで見ててあんまり寝てなかったんだっけ。

暫らくすると、蕎麦屋で会ったSV1000の人がやってきた。”あれ、さっき小菅村の方に行きませんでしたっけ?”聞くと、あちらからでもこの道に合流することが出来るらしい。聞けば横浜から一人で来たらしい。タイヤの話やサスの話等で盛り上がり、小一時間も話し込んでしまった。”また、この辺でお会いしましょう!”と言って別れたが、この先も奥多摩にそっちゅう来ることを約束しているようなものだね。

別れ際、”遼雲閣には行かないのですか?”と聞かれたが、”いやあ、この眠さで風呂に入ったら帰れなくなりそうなので、今日は止めて置きます。”と言って別れた。走り出してから、”一緒に入りに行っても良かったな?帰れなくなったら泊めて貰えば良いだけだし。”と思ったが既に遅いよね。

今日は、一日バイク掃除。足回りを重点的に掃除をしてみた。都民の森の駐車場で会った749Rの彼が”足回りを綺麗にすると全体的に綺麗に見えますよね?”と言っていたが、確かに、凄く綺麗になったように見える。”でも、君のドカティの磨き方はやっぱり普通じゃないよ!”

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2007年6月15日 (金)

自転車ネタ

僕には自転車の師匠がいる。

彼の家の応接間には所狭しと自転車が並び(総額ベンツが1台買える位)、新婚旅行ではミゲール=インデュラインを訪ねてスペイン旅行、わざわざインデュラインの顔写真を印刷したTシャツを用意して生まれ故郷の酒場に行き地元のファンと盛り上がってきてしまうようなインデュラインファン。僕は多分1989年のグレッグ=レモンのパンク後のピレネーの下りの走りが忘れられない。1998年のマルコ=パンターニの登りの走りも好きだった。

こんな話をするとさぞかし自転車フリークなのかと思いきや、僕の自転車は、心肺を鍛えるためのトレーニング用。スキーで膝が壊れているので走れない。そこで自転車なのだが、自転車も膝には甘くない。そこで師匠に膝に負担の掛からない回転でこぐ走り方を教わった。

家から多摩湖自転車周遊道を一周して帰ってくると約30km、大体三周して帰ってくるので約50km、2時間半程のトレーニングになる。

何で50kmかと言うと、幾ら膝に負担が掛からないように、

踏むより引くほうで漕ぐ

絶対立ち漕ぎはしない

心拍数は160以上にならないように抑える

等の掟に従っても50km以上走ると膝が痛くなる。それに、三周以上走ると流石に飽きるしね。でも、他に近場で安全に距離を稼げるところが無いので、何時も多摩湖自転車周遊道。最近バイクでも奥多摩周遊道にばかり行ってて、多摩好きか?と自分でも思える。

ブログを始めた頃は自転車のカテゴリまで作ったけど、費やしている時間の割に何時も同じ事の繰り返しでネタがなさそうなので止めてしまった。

奥多摩に行くと沢山の自転車フリークが峠超えにチャレンジしている。流石に彼らが乗っている100万円前後の自転車を手に入れることは、出来ないが(何せバイクで出費が嵩んでいるためにそこまで小遣いが回らない)、ウエイトの軽いレーサーが欲しいな、そうしたら奥多摩は無理でも峠超えにもチャレンジしてみたい、と思う。

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2007年6月11日 (月)

アルコール性小脳萎縮

僕はその筋の専門家ではないので、さらっと書きます。

酒のみで、仕事中ふら付いたり平らなところで躓いてる人を見ると”アルコール性小脳萎縮だ!”なんて冷やかします。運動失調を見て小脳萎縮と捕らえているわけですが、実際に小脳が萎縮しているかどうかは別です。

本来、こんな病名を僕は知りませんが、飲酒からくるビタミンB1不足から起こるウエルニッケ脳症などの病気やその結果起こる症状などのうち、運動失調を来たしているものやアルコール性ミオパチーで筋肉が萎縮していたりしてふら付きが出ているようなもの、アルコールそのものによる小脳萎縮を総称して言っているようです。(厳密にはアルコールそのものによる小脳萎縮を言うのでしょうが、事はそんなに単純ではないのです。)

先日”若い女性のアルコール依存症”と言う記事を書いたけど、アルコール依存症そのものについては全く書いてなかったので、少し書こうかと思います。ただネットで検索を掛けると幾らでも良い説明があるのでしょうから、違った面から私的な意見を書こうかと思います。

過度のアルコール摂取から起こる病気は、そのものに死の危険がありますが、多くの神経障害で運動失調や記銘力障害、見当識障害などの障害が出ます。これらの不味いことは、アルコールを止めても確実に元に戻る保証が無いことです。また、正常な判断が出来なくなる可能性が高く、それは”不味い”と言う判断も出来なくなる可能性があると言えます。所謂アルコール性痴呆の状態なのですが、自分では、危険を冒しているという判断も出来ない。もっと極端に酷いことを言うと自分が誰かも怪しくなる、つまり自己を喪失してしまう可能性があります。今現在と違う自分になってしまう。脳が自己を特定できなくなるという事は、それはもう違う人になった、と言うことになります。家族や知人がその人だと特定しているだけです。

アルツハイマーの方々のように病気の進行を止められないのではなく、アルコールは止めれば病気の進行を止められる可能性が残されています。でもある程度まで進んでしまうと、正常な判断が出来ない、自分では止められなくなる可能性が高い。

後悔しても遅い、もしくは、後悔すら出来ないくならないように、過度なアルコール摂取は控えたほうが良いのではないかと思います。

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2007年6月 9日 (土)

極端なダイエットの代償

あまり知られていないかも知れないけれども、極端なダイエットをすると脳も痩せてしまうと言うのもご存知だろうか?

拒食症と言われて入院管理が必要な状態の人(殆ど若い女性ですが...)の脳は、必ずと言って良いほど萎縮しています。萎縮度は、”もう正常な判断が付かないのではないか?”と思えるような人もいます。

脳の萎縮=神経細胞の消失ですが、一部の神経細胞を除いては再生は起こらないと考えられているようです。ですから、一度萎縮してしまったら、体のようにリバウンドしたりしない。
一度萎縮してしまったら一生そのままと考えていい。

萎縮は脳細胞だけか?と言うと、簡単に考えてそんな筈も無い。

極端な話、老化は細胞数の減少と考えられるので、体細胞の萎縮=細胞数の減少=老化と言う図式が成り立つと思われる。ダイエットは老化を早める、とも言えるかも知れない。(ちょっと極端な物言いだけれども)

成長期に十分な栄養を摂らないのも心配だが、20歳代で80歳台の脳細胞数ではその後の人生も大変なものになろう。

骨粗鬆症の専門家でもないので詳しいことを書こうとは思いませんが、30歳代で骨粗鬆症になる人もいます。成長期に骨ミネラルを十分蓄えなかったからなのか、過度なダイエットによって骨ミネラルの放出量が上回り続けたのかは解りませんが、30歳代でポキポキ簡単に折れる骨では困ったもんですよね。

40歳代男性にも痩せる本が売れる時代ですし、メタボリックシンドロームなんてのが取りざたされていて、世の中ダイエットブームそのものですが、取り返しのつかないものまでダイエットしてしまわないように注意して欲しいものです。

まあ、ダイエットしてくれると色々と環境に良さそうではあるのですが、”過ぎたるは及ばざるが如し”です。

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2007年6月 7日 (木)

結婚相手の条件

昔”3高”何てのが流行った。
高収入、高学歴、高身長
だったかな?バブル前からバブルにかけてだったように思う。
これは女性から見る男性の理想なのかも知れないけれども、この中には性格に関するものは無い。飽くまで自分の知るところ限定では、こう言うことに賛同する女性の多くは自立していない、もしくは自立を目指してもいない。3高と呼ばれた男性達は家にお金は沢山入れてくれるだろうが、浮気をする条件も揃っている。貞操観念の低くなった現代において3高の彼らに浮気の自粛を求めるには、かなりの努力が必要だろう?
”浮気してもお金さえ持ってきてくれればいい”と言うのは、かなりミゼラブルに対する強がりに聞こえる。
”子は鎹”なんて言葉がある。実際にその通りだと思っている人も多かろうが、慰謝料も養育費も楽に払える3高の彼らにこの言葉は意味がない。

3高の彼と金銭的には自立していない彼女の中睦まじい夫婦を知っている。
彼女は経済的には自立していないものの精神的には自立していて50歳を過ぎてもなお魅力的である。彼も最近”怪しい親父化”しているが、未だに若い娘にもてる。要するに二人とも魅力を失っていないからなのだ。

もう一組、彼らはもう70歳を過ぎているが相変わらず中睦まじい。彼の稼ぎは凄い、僕の年収の20倍は軽く超える。やはり経済的には全く自立していないにも係わらず彼女はとっても頼りがいがある。長続きするには、それなりに理由があるものだ。

どういう人生を目指すかは人それぞれ自由だけれども、中睦まじい老夫婦を目指すのであれば”3高”から入っちゃ達成の確率は低いものになろう。やはり性格から入るべきなのだ。
差別用語っぽくて書きたくは無いけれども、”美人は三日で飽きるけど、ブスは三日で慣れる”とか言う。謂わんとするところは、見目形でもないと言うことなのだ。詰まるところ、よく言われる”相性”だとか、”性格の一致”だとか、”価値観の一致”だとか、そう言ったものなのだ。

鼻からみんなが分っているようなことなのだが、”じゃあ、どうやって探すんだよ?”と言うなら、多少なりとも思い当たるキーワードはある。

”結婚相手を探すなら、毎日ドキドキするような人じゃ駄目。”
”初めて話したのに、初めてじゃないような気がする。”
”初めて会ったのに、ずっと前からこの人のことを知ってるような気がする。”
”デートしてても全然ドキドキしない。”
”話してたら明るくなって来ちゃったんだよね。”
”彼女が作ったものが、何だか知らないけど美味いんだよね。”
”次に何処に行くかで盛り上がる。”
”相手がモリモリ食べているのを見ると何故か安心する。”
”この人のこと、何でか知らないけど好き。”
”一瞬腹が立つが、すぐにまあ良いか?と言う気分になる。”

逆に
”大体、自分に合わない人が気になったりするんだよね。”
”相手の仕草でどうしても気に入らないところがある。”
”文句を言われると妙にムカツク。”
”約束の時間が過ぎているのに走らない。”
”何度かすっぽかされたことがある。”
”やたらと言い訳をする。”
”殴られたことがある。”
”相手の体臭が気になる。”

もっと沢山あるけれども、自分でも読む気がしなくなるのでこの辺で。
思い当たる節は、ないですか?思い当たる節があるなら、条件を満たしているのかも知れませんよ。

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2007年6月 5日 (火)

ツーリングの翌日の月曜日

昨日は、いやもう一昨日か、クラブの月例ツーリングで富士山の方へ行ってきた。

天気は晴れ時々曇りで過ごし易い。バイクは懐にストーブを抱えて走っているようなものなので、夏場のバイクは冗談じゃないくらいに暑い。”風を切って気持ちよく”なんてのは、乗らない人の妄想に近い。ネイキッドのバイクでTシャツでゆっくり走れば当てはまるのかも知れないが(残念ながらそんな乗り方をする気は毛頭ない)、フルカウルに皮つなぎでは下手をすれば高速でも暑い。

午前中に高度1000m位に居たので、まさしく高原の気持ちよさだった。でも午後に下界?に降りてきたら、まさしく夏の様、海老名SAではみんな薄着で季節感はまるで夏だった。

冒頭から本題とずれているが、日曜にツーリングに行くと月曜日が辛くなって来た。”単に年なのでは?”と言われそうだが、”ツーリングは土曜にして、日曜はゆっくり休んでバイクの掃除でもしないか?”

070603_10070001_1 写真は、林の向こうに富士山が見える筈なのだけど、雲をかぶって全然見えない。青葉が茂り、まさしく森林浴の気分。何をしに来たのか忘れてしまいそうなくらい気持ちいい。

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2007年6月 2日 (土)

皮つなぎを着る意味

職場のバイク仲間にセクレテールで作った皮つなぎを見せたら、”走る気バンバンじゃないですか?”と言われた。

ツーリング主体のクラブに在籍しているので基本はツーリングに行くときに着るもの。
”ツーリングごときに皮つなぎか?”とも言われるが、着ている理由は”安全の為”なのだから、それはそれで良いのだ。
ツーリングではどうしても峠道をハイペースで走ることになる。ハイペースにならなくても事故にあう確立が無くなる訳ではない。自分のミスで事故らなくても、巻き添えを食うこともある。

僕らはバイク好きである。だから長く乗りたい。そうすると再起不能になるような怪我をするわけにはいかない。だから最大限安全性を確保できる皮つなぎで走る。数年前に50km/h弱でフロントを滑らせてしまって転んだ時も路面を滑って行って縁石に背中をぶつけて肋骨にひびが入ったくらい。もし脊椎パットが入っていなかったら車椅子になっていたかも知れないし、膝、骨盤、肘、肩も路面で擦れて酷いことになっていただろう。
また、意外や皮つなぎで走ったほうが風圧を受けづらいのと風を受けて体が脱水になるのを防げるので疲れないのだ。疲れていては楽しくないし、安全でもない。

特に”走る気バンバン”じゃなくても皮つなぎを着て走ったほうが安全でしかも楽なのだ。

今回、世話になっている店のロゴを入れたかったのと着易いのが欲しかったのとでフルオーダーで作ったが、別に吊るしでもサイズを間違えなければ問題ない。最近の皮つなぎは、シャーリングの位置やケプラーのジャージのお陰でジーパンにジャケットで乗るより楽に動ける。通勤に使うとか言うなら話は別だろうが、遠出をするなら間違いなく皮つなぎを着てゆく。特に高速道路を使うときは100%とも言える。理由は、安全で楽だから。

確かに今回の皮つなぎは派手だが、”走る気バンバン”と言うわけじゃないよ。
オジサンは、基本的にマイペースで流すのだ。例えどんなに派手な皮つなぎを着ていようとも。

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