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2007年8月 4日 (土)

カント認識論

と言う題を付けない方が良いかも知れません、カントに怒られそうなので...。

外界(自分の脳以外の物、表現が正しいか自信が無いですが)の認識は、個人の脳の中で個人の5感(正確には脳神経は12ですから、12感とでも言うのだろうか?でも視・聴・嗅・味・触覚としては5感か)が取り入れた情報を基に組み立てられると考えられます。経験がないと認識できないのですが、これは大人になって初めて視力を得た人の観察記録からも明らかであるように、取り入れた情報が無ければそれが何であるか認識できないのです。ですから個人の認識の違いで外界は違うものになります。ただ、脳神経系の構造は固体に拠って大きく変わるわけではありませんので(当然個人差はあります。)大体認識は共有されることが多いのですが、それは育った環境に左右されます。国、地域、文化の影響を受ける、とでも言えば良いでしょうか?
いちばん簡単なのは、犬の鳴き声でしょうか?日本では”ワンワン”、アメリカでは”バウバウ”と言った具合で文化圏で継承される泣き声があります。(発声音域の違いから、聞こえる音域の差で違った声に聞こえるとの説もあります。)
厳密には、見え方と同様に聞こえ方も個人により異なると考えられます。

何故こんな話になったかと言うと、如何に自分の頭の中にあるイメージを人に言葉で伝えるのかが難しいかを思い知ったから、とでも言いましょうか?
情報が氾濫しているためかどうかは解りませんが、”共通認識”と言う言葉が死語になりつつあると感じたためです。
同時に感じることとして、インターネットの普及により世界が狭くなり、国や文化圏を越えて文化のアイソレーション化が起こっている。
二つは、相反することですが同時進行に思えます。
世代間で、もしくはある集合体間で、認識のずれが横行し、国や文化圏を飛び越えて共通認識が出来上がる。

不思議な時代になったものだな?と思います。

The visual image in mind and brain; SEMIR ZEKI; Scientific American September 1992

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