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2007年9月

2007年9月30日 (日)

30年ぶりの富士GP

昔見た富士GPと同じように、今日も富士山近辺で降る特有の雨、強く降っているように感じないけど雨量は多い。雨粒は差ほど大きくないが密度の濃い感じのする雨。バイクで走ると雨粒とシールドの曇り、前のバイクが巻き上げる水煙で前が見えなくてうんざりする。レースだともっと全然見えないんだろうな?と思う。

レースは近年に無く面白いレースだったが、結果は最悪。出来ればアロンソとハミルトンが同点なんてことになってくれて、フェラーリが今年も本当はコンストラクーズを取れないくらな結果の方が残り2レースが楽しく見れる状況になったろう。

アロンソとベッテルは今日は眠れないだろう?特にベッテルは天才の仲間入りをするチャンスを無くしたかも知れない、可愛そうに。

雨ゆえに面白いレースだったが、出来ればドライでストレートエンドのブレーキ合戦を見たかったな、と思う。来年は鈴鹿、富士に戻るのは再来年だろうが、その時はチケットを取って見に行こうか?きっと交通手段も改善されているだろうと期待して。

今日、友達が見に行ってるはずなのだけれども、今日中に帰って来られるのかな?

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ランタイムエラーが出る

液晶モニタが壊れたため、Windows2000の載ってるB5ノートを使って記事を書いているけれども、(雨が降っているので、何処にも出かけられない、なんて理由もあるけれども....)このノート、仕事で使うのが主目的だったため安全性を考慮してDirectXやJava、XML関連のプラグイン等を入れてなかった。ネットワークアナライザや画像系の処理ソフトは山ほど入っているが、家で遊ぶにはほとほと不便さを感じる。それと同時にもしかしたらこのページを見てくれていた人たちにランタイムエラー、それに続くアプリケーションエラーでブラウザのリブートなんて言う迷惑を掛けていたのでは無いかと心配になる。

どうもCHIZUさんのポインタに反応して動くワンちゃんの問題みたいだが、これから調べてみます。(先に調べてから、書けよ!)

WindowsXP以降のOSを使っている人では、多分問題ないのだろうけど、どうなんだろう?(家のXPとVISTAでは問題なかった。)家には、2000が2台、XPが一台、VISTAが1台なのだけれども、まだまだPCのハード構成をいじり回す人にとってXP以降のOSの面倒くささを理由に2000を使っている人が多数居るのではないかと思うけれども、もし、ご迷惑をお掛けしたのなら、

"ごめんなさい、テストが足りませんでした。”

未だに2000なんか使っているのは少数派かなあ?マイクロソフトのOSって高いし、VISTAなんか古いPCじゃ重くて動かないし、2000って起動は遅いけど軽いし、自由が効いて便利なんだけどなあ。最近、家で殆ど仕事しなくなったので自分のPCはWindowsを止めてしまおうか?LINUXとOPENOFFICEでも十分仕事は出来るし、インストールも昔のSlackwearように修行めいた作業も要らない。Soraris8なんかも仕事で使うWSで慣れているから結構便利だしね。

さて、F1が始まるので、作業は見てからにします。

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液晶モニタが壊れた

と言うか、単に電源が駄目になっただけなのだが、最近の電源は電圧を調整するボリュームが付いていないのでコンデンサーが抜けて来て電圧が落ちてしまうともうどうしようもない。

某お隣の国のメーカのダイレクトで買ったものだが、5年と3ヶ月、修理を問い合わせてみたら、部品が欠品しているので修理依頼すら受けないと言われた。買って2年で一度電源が壊れ、その後3年で同じ壊れ方をしている。

”壊れすぎだろう?”

今では3万円も出せば買えるスペックだが当時は8万円オーバー。同時期に買った三菱電機の物は、6年経っても全く問題なし、少々バックライトが暗くなった位である。職場にはもう8年もちょっと輝度が落ちたくらいのナナオの液晶が現役だったりする。シャープの液晶テレビなんか10年使っても平気な設計をしているのに、中を覗いてみてそのお粗末な電源には呆れ帰った。自動電圧補正回路すら見当たらない。(いや普通無いのかな?)

”これって安かろう、悪かろう、か?でも安くなかったぞ!”

ディスクトップ用のモニタなんか、マザーボードは換えてもモニタは使いまわしなのだし、スペックなんか1年で遅れてしまうようなものなのだから、壊れないのが一番である。

職場で使う端末も5年更新なので、最低5年は壊れらちゃ困る。自分でも二度と買わないが、職場でもプラットフォームとしてこのメーカの物に載せてきたら、入札から排除したろか?とか思うほどである。職場で壊れるとそれは損害をこうむることになるし、自宅ですら仕事にも使っているためそれなりの損害が出る。お陰で、スペックが低くて最近お蔵入り気味だったB5ノートでこの記事も書いている。

次は、ちょっと高くても壊れない物を買うとしよう。

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2007年9月27日 (木)

バイクとコンピュータの類似性

今日、Pilot Power 2CTのリアタイヤを見ていて思ったのだけれども、ショルダーサイドのコンパウンドが柔らかい部分の排水口の手前のトレッドがやはりえぐれてしまっている。

リッタークラスのバイクのパワーにトレッドパターンとコンパウンドの柔らかさがマッチしてないのでは?と思う反面、僕の乗り方が悪いのか?と思う。

良く買ったままのサスペンションセッテイングで乗っている人が居ます。開発ライダーすなわちプロのライダーが標準体重のライダーを想定してセッテイングを出しているのだから、それが一番良いと言う人も居るし、どうせ変えても良く解からないからそのままで良い、と言う人も居る。でも乗り手に合わせてセッテイングを変えてあげると驚くほど乗りやすくなります。セッテイングできる範囲はそんなに多い訳ではないけれども、それこそ、まるで違うバイクに乗ったような感覚になるほどです。

セッテイング可能なファクタはいくつあるでしょうか?フロントのイニシャル、ダンパーの圧縮側と伸張側の減衰力(オイルの硬さを変えてみるなんてのもこれに含めます。)、同じくリアのそれ、フロントフォークの突き出し量とそれによるキャスタアングルと重心位置の変化、タイヤとその空気圧、路面の温度等、しかも、これらは関連しあっていて一つをいじれば他が変わるような性格のものです。まだありそうだけど一番重要なのは乗り方。

また、こういうセッテイングは、エンジンをいじってパワーの出方が変わったりしても全部やり直さなければならなかったりします。

それから、エンジンから変な振動が出ていたり、ステムベアリングに傷が入っていてハンドルがスムーズに切れなかったり、フロントに振動が出ていたり、ブレーキにエアを噛んでいてふわふわしているのにそんなもんだと思っていたりと、「何か変だけど、自分は下手で良く解からないから」とか思っている人が沢山居ます。

要するに、不具合も乗り易さも乗り手の技量に左右されます。

コンピュータは、はっきり言って、特にソフトウエアが難しい。単にPCのセットアップをするだけでも初心者には禅問答のようなものです。何か上手く動かないソフトウエアがあってもインストールの問題なのか?必要なドライバが揃っていないのか?OS上の問題なのか?さっぱり解からない。たまたま適当に操作していると動くことがあっても、その解決方法がただしいいのかすら解からない。仮にデバッガーを動かしていて問題を起こすプロセスをトレース出来たとしても、ソフトウエア自身がどういう動作をしているのか解からなければ問題を解決できません。

もっと簡単な話をすれば、動画を見たいのにやれプラグインが無いとか、コーデックが見つからないとか、XMLを使ったWebを見るのにランタイムエラーが出るとか、言われるままにインストールを繰り返していると常駐ソフトがメモリを食い荒らしてオフィスすら重くてまともに動かない、なんて状況になったPCを良く見ます。しかもそういう状態になったPCの持ち主は、大概「私の使い方や操作が悪いから」と思っています。

買ったままインターネットに繋がず、何もせずに使いつづければ問題は無く使えても普通そんな使い方をするのは「インストール禁止」の企業端末くらいの物。

要するにコンピュータの不具合も使いやすさも使用者の技量に左右されます。

世の中には「デジタルデバイド」なんて言葉があるけれども、「ライデイングデバイド」なんて言葉を作りたくなります。

まあ、バイクに上手く乗れないからと言って生活格差が生まれるようなことにはならないのですがね。

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2007年9月24日 (月)

十勝岳温泉遼雲閣

ここも、北海道バイク一人ツーリングの途中に寄った。
富良野で一泊したした後、散々富良野を散策して歩いたために時間がなくなって大きな移動が出来なかった。それもあり、富良野のペンション”カミホロ荘”の旦那さんに教えてもらった十勝岳温泉に向かった。

本当にこの道でいいのか?と思えるような急な登りのワインディングロードをゆくと、パッと目の前が開けて、直ぐ其処に遼雲閣はあった。右手を見るとブルドーザ。

”何に使うんだろう?雪かきかな?”

(後で解った事だが、元々宿を立てるときと宿までの道の整備に買ったらしいが、今は冬場に滑って上がれなくなった車を牽引するために使っているらしい。ブルドーザで引っ張ってもらったら、やっぱりガクガク言いながら引っ張られるのかな?車が壊れそうだね。)

玄関を開けると目の前に大きな岩、上がり待ちに床から生えてきたようにデン!とある。奥の広間を見るとやはり大きな岩が畳から突き出している。
”一体何なんだこの宿は?”
予め電話してあったので、誰も居ないカウンターで遠慮なく大声で宿の人を呼んでみた。度々やる飛び込みで泊めてもらう時にはもうちょっと申し訳なさそうに呼ぶのだが、早く風呂に入りたかったので今回は遠慮なく呼ばせてもらった。

風呂は、内風呂と露天の混浴。露天風呂は、眼下が絶壁である。岩山の頂きに拵えたような岩風呂だった。かなり縦に長い風呂で最奥に陣取ると入り口の方は、メガネを外してしまった僕の視力では殆ど見えない。入った時には、地元の人を中心に5人ほど入っていた。
子供連れの男性が二人ビニール袋に何やら入れて入ってきた。中には缶ビールが山ほど。
”一緒に飲みませんか?”
と聞かれて、
”有り難う御座います。でも、貰っちゃって良いんですか?”
”沢山ありますから、どうぞ、どうぞ”
何とまあ、貰ってみたら500ml缶だった。彼らは常連らしく、入っている人たちみんなと楽しげに話しをしている。聞くと上富良野から仕事帰り上がって来たらしい。今日は富良野のヘソ祭りだからこの後出かけて行くと言う。
彼らは小一時間で1ダースの500ml缶を平らげて帰っていった。
”帰りは、車だよな?”

彼らが帰ると露天風呂は、もう誰も居ない。
十勝岳を見上げると、頂きを夕日が赤く照らしてちょっとばかり青さが増した空に聳えたっていた。正しく絶景。
この旅行では、カメラを持っていかなかった。想い出はこころの中に留めて置くのが一番美しい、なんて真剣に考えていた頃で、この風景は未だに脳裏に浮かぶが、この時ばかりはカメラを持ってこなかったのを悔いた。

暫らくすると入り口近くで誰か入ってきたようだが、遠くて良く見えなかった。それこそ男性か女性かすら解らなかった。
流石に2時間も入っていると湯当たりしそうなので出ることにした。その時には入り口近くの人も居なくなっていた。
更衣室から出ると、女性用の更衣室から若い女性が出て来た。その時は、酔っていた事もあって、何も考えなかった。

部屋に戻るとやたらに暑い。涼みがてら、ここまで登ってくる時にカブリ気味になってしまったプラグを換えにバイクのところに出た。(この時乗っていったのは、ヤマハの2サイクル250ccだったので...)隣にバイクが停まって居た。工具を出していると女性が現われ、怖い顔で僕の方を見ている。
”え?何か悪いことでもした?”
よく見ると先ほど、更衣室の前で見た女性のようである。彼女は終始つんけんしたままバイクに乗って降りていってしまった。
何だったんだろう?もしかして、先ほど露天風呂の入り口近くに入っていた人が彼女だったのだろうか?追っかけて来たとでも思われたか?
結局、理由は解らぬまま彼女の怖い顔だけ思い出に残っている。

この件が無ければ、十勝岳温泉は今まで入った露天風呂のトップだったろう。

夜、宿の主人がバスを出してくれて”富良野のへそ祭り”に行って来た。行き帰りのバスの中で宿の主人から聞いた所によると、宿の中の岩は、退かすには大きすぎ、削るのも大変だったのでそのままにしたとの事。
”いや、まあ、いいんだけどさ!でも、何で、地震でも来たら宿ごと全部谷に崩れてしまいそうな岩山に立てようと思ったんだよ?”
はっきり言って、何時地震で宿ごと谷底に落ちたと言うニュースを聞いても驚かないようなロケーションに建っていた。

まあ、宿から、宿の駐車場から、露天風呂から眺める十勝岳は、雄大、そのものではあるのだけれども...。

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2007年9月21日 (金)

フロとの出会い

彼は、近所の野良猫が産んだ5匹の中の1匹です。5匹はアパートの階段下のダンボールの上で里雪のが降る中、身を寄せ合って震えていたのを覚えています。

アパートで一人住まいだった頃、隣は大家さんのお妾さんが管理人として住んでいました。
彼女は、痩せ細って凍えていた彼らを見捨てては置けなかったようで、彼らにご飯を(いわゆる猫まんまと呼ばれるような代物でしたが...)あげ始めました。でも、5匹中4匹は寒い時期を越せずに死んでしまったようです。その後見かけることはありませんでした。

でもそれも長くは続きませんでした。管理人さんは、病気の母親の看病をするとかで管理人室はそのままにして何処かに行ってしまいました。そしてアパートの住人の中で旦那さんともども一番気軽に話せると思われる僕に、一匹だけ生き残った白い猫の餌あげを託したのでした、買って来たばかりと思えるキャットフードをダンボール一箱ごと置いて。

暫らくの間、その白い子猫は管理人室の前で鳴いていました。僕は、管理人さんが置いていったキャットフードを朝晩、彼用のトレイに入れてあげていました。最初は怖がって逃げていましたが、その内だんだん逃げる距離が短くなり、キャットフードがなくなる頃には擦り寄ってくるようになりました。

ある日、アパートに戻って部屋の鍵を開けると中で物音がします。”泥棒か?”と思って扉を開けると其処には、もうすっかり大きくなった白い猫が慌てて逃げようとお勝手の窓によじ登っていたところでした。
”ああ、お前か。別に逃げなくてもいいよ。”
でも、彼は一目散に逃げていきました。

その内、彼は良く怪我をするようになりました。どうも僕に貰った餌を他の野良猫が知って、彼から奪うべく喧嘩を仕掛けていたようで、何時も負けてしまう彼は結局お腹を空かしているようでした。
”お前~、どんだけ、喧嘩弱いんじゃい!”
(まあ、当時は”どんだけ~!”なんて言った筈はありませんが...)

仕方なく部屋のあがりまちにトレイを移動してきました。夜は、部屋の扉をチェーンロックで留めて、其処にロジャースとかで仕入れた安いキャットフード(でも管理人さんが置いて行ったものよりは、グレードアップしてましたけどね。)を入れてあげるようにしました。朝は、直ぐに食べられる程度に少なくして、以前からの場所に置いて置きました。効果は一応有った様で彼の喧嘩傷も少なくなりました。

彼は、暫らくの間、あがりまちで大人しく食べて出て行っていました。その内、フロアに上がり始め、ベッドルームの入り口で僕の方を覗き込むようになりました。
”なあに?何か用?”
”こっち来る?”
でも、彼は覗き込んでも入ってくることはありませんでした。
そして暫らくしたある日、テレビを見ていた僕の足元に寄って来て、一緒にテレビを見るようになりました。
”お!、やっと来たな。”
頭をなでてあげると、彼は初めて僕の方を向いて”にゃ~”と鳴きました。

”この部屋、本当は動物飼うのは禁止なんだけどな。”
”まあ、管理人さんに預けられたようなものだし、基本的に君は野良猫だ。”
”僕は君を飼う気はない。来たい時に来ればいいさ!”

かくして、彼は僕の部屋に出入りする野良猫になり、僕は小さな居候を得ました。

でも、彼はずっと遠慮がちな猫だった。

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2007年9月15日 (土)

憧れのバイク

Yamaha_sr400_1978ctlg4 高校生の時、一番乗りたいと思っていたバイクはYAMAHA SR400でした。
割と現実志向の僕は、テレビで見ていたケニー・ロバーツが乗るYAMAHA YZRは単なる夢のマシンだった。それは、現在GPライダーが乗る例えばRC211Vも夢のマシンであることに変わりは無いけれども...

Yamaha_sr400_1978ctlg5 当時は、暴走族がまだ元気だった頃で、中型免許すら持っていなかった僕には、大型免許は取得困難で非現実的。だから、SR500は的に入っていなかった。当然CB750Fも非現実的なマシンだった。
ワインデイングロードを攻めるなんて考えもしなかった当時、レーサーはサーキットを走るもの、市販車は街中を静に走るもの的な発想をしていた。爆音を響かせて、街中でみんなの迷惑を楽しむみたいな発想は、全く無かった。

Yamaha_sr400_1978ctlg2_2 SR400は、
アイドリングでゆれる車体、
味のある低音のエンジン音、
スマートな車体、
如何にもオートバイらしいワイヤースポークのホイール、
爆発毎にリアタイヤが蹴るように加速していく姿、
当時の僕のバイク乗りのイメージにぴったりだったのだ。

だから、当時速さで売っていたZ400FXやGS400、KH400やRD350、HawkⅡやHawkⅢのようなバイクには全く興味が無かった。

ところが今は、決して静とは言えないアクラボビッチを付けて、4気筒リッタークラスのレプリカでワインデインロードを流している。(攻めちゃいません。)
入ったクラブの先輩達の影響を受けたこともあるけれども、当時始めたモトクロスでタイムを削る楽しみを覚えてしまった。だからと言って峠でタイムを削ろうとすると、命を削ることになる。サーキットを走るのは、未だにそれ程お手軽なことではない。楽しみを見出せなくなってしまった僕は、一度バイクに乗らなくなった。

復帰した現在、レプリカで峠を楽しんでいるわけだけど、楽しみ方はちょっと変わって、
「自分の設定したマージンに如何にぴったり近づけられるか?」
になっている。
ペースとしては流しているけど、ブレーキングもライン取りも狙ったところにきっちり詰めていこうとしている。誰かと競う積りも無いので、自分より早いペースで走っている人が追いついてくれば直ぐに道を譲る。

Yamaha_sr400_1978 変われば変わるものだな?と思う。でも、バイクに乗れなくなるまでに一度はSR400に乗って見たいなと思う。今から買うなら当然SR500が選ばれるだろうが、憧れのバイクは依然SR400のまま。その時は、皮つなぎを脱いでジーンズにジャケットでゆっくりとツーリングを楽しみたい。

それでも事故の怖さを知っている現在、流石にプロテクタの全く入っていないジャケットを着ることは無いだろうけど...

写真はSR Cafeさんから無断借用しました。ごめんなさい。
http://www.yamaha-motor.jp/mc/lineup/sportsbike/sr400/cafe/history/index.html

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2007年9月12日 (水)

尾袋沼

漁港内とも思える屋台のようなお店で北海しま海老の塩茹でを2000円でたらふく買った。漁港の防波堤で剥きながら食べていたら、”こんなに食べられるかなあ?”と思っていた海老は、気が付いたら無くなっていた。”やめられない、とまらない”っと言った美味しさだった。

その後、野付半島に回り国後島を見た。
”こんなに近いのか?”
戦前に千島列島に住んでいた人たちにとって、それは見えるが故にやりきれない景色なんだろうな?と思いながら。尾袋沼の中に入っていった。

尾袋沼は、海に出来た湿地である。海水の浸食により立ち枯れした木々が”北海道の厳しい大地”を想像させる。ここには尾瀬ヶ原のように湿地に渡り板があり、ぐるっと回って来られるようになっている。一番奥の方の渡し板に腰掛け湿地が海に途切れる辺りをぼんやり見ていた。小雨がぽつぽつと落ち始め、何故か妙に感傷的な気分になってきた。その時である。
”あの~、カメラのシャッターを押してもらえませんか?”
と女性の声がする。一人の時間を楽しんでいたのを邪魔され、気分が悪かった僕はその声を無視した。
”あの~、シャッター?”
今度は、わざわざ人の顔を覗き込んで言ってきた。
流石に其処までされると無視も出来ず、振り向くと女性二人の旅行者のようである。
”人が感傷に浸っているのに邪魔するかなあ?”
と言いながらカメラを受け取った。
”この辺で良いですか?”
”もうちょっと右側のほうがバックの景色が良いんじゃないの?”
小雨に煙る遠影を見ていたら、ちょっと悪戯心が湧いてきた。
”ねえ、二人とも蛙の真似して!”
”ええっ!?”
二人は顔を見合わせて
”恥ずかしいですよ!”
”シャッター押して欲しくないんなら、そう言ってね?”
二人は、再度顔を合わせ
”どんな風にやるんですか?”
”そうね、こんな感じ。ちゃんとケロケロって鳴いてね!”
ファインダーを覗くと、楽しげに蛙の真似をして雨の湿地に歌う女性が二人見えた。
”パシャ!”
”もう一枚!”
”パシャ!”
きっと良い思い出になったろう?

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2007年9月 8日 (土)

フロ

前世は猫か?なんてブログタイトルが付いてる割に、猫の話が一切ないですね?

彼は、一人暮らしをしていた時に部屋に遊びに来ていた野良猫です。
彼が遊びに来ていた頃、僕はよく狭いところに閉じ込められる夢を見ていました。
両方の壁が迫って来て、”苦しい!もう駄目だ!”と言うところで目が覚めます。
見ると彼が僕の胸の上で寝ていて、こちら見て”にゃー♪”と鳴く。
”お前のせいかよ!?”

彼は汚いなりでそっちゅう人のベッドで寝ていたので、堪りかねた僕は彼を風呂に入れることにしました。
餌で釣って、捕まえて無理やり風呂でシャンプー。
彼は嫌がって、大格闘の末洗い終わりました。腕は引っかき傷だらけ、彼の鳴き声はすっかり枯れてしまっていました。ドライヤーだと音に怯えそうなので、タオルドライのあと布団乾燥機で30分くらいかけて乾かしてあげました。最初は、震えていた彼も途中から満更でもない様子で自分でも毛づくろいを始めました。風呂上りに冷たい牛乳を貰って、口の周りを真っ白にして飲んでたよね。(あっ、もともと白いか?)
かくして、彼の初めての入浴は終了しました。
野良猫なのに真っ白なハンサムボーイの出来上がり♪

その後、週一くらいで洗われてしまっていた彼は、他の野良猫とは一線を隔す上品な猫に生まれ変わりました。

そう言えば、お前は何で僕の部屋に来るようになったんだっけ?

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2007年9月 6日 (木)

バイクのコスト

実はあんまり考えないようにしていたけれど(怖いので...)
復帰してからの使ったお金をざらっと計算してみました。

車体\750,000(中古なので、新車だと\1480,000だった。このバイクが店に来なければ多分VTR1000SP2を新車で買ってただろうなあ。久しぶりだから、新車じゃなくてもいいかあ!なんてノリで買ったので。)
乗り出し費用\100,000(チェーンロックやバイクカバーなんかも含みます。)
古い皮つなぎのパッド交換\20,000
新しい皮つなぎ\240,000
脊椎パッド\10,000
冬用ジャケット\38,000(冬は殆ど乗らないのにね。肘肩脊椎パッドも含みます。)
夏用メッシュジャケット\20,000(夏冬両方ともelfのものなのでパッドは使い回しです。)
ウインドブレーカ\10,000
レインスーツ\15,000
ヘルメット2つ\90,000
ブーツ\40,000
グローブ3つ\40,000
バイク用インナー上下2セット\32,000
タイヤ3セット\180,000
スプロケットとチェーン2セット\70,000
オイルとオイルエレメント交換7回\77,000
マイクロロン\10,000
リペアサイレンサー\40,000(定価は\74,000でしたが、約半額で買いました。)
転んだ時の修理費用\150,000(これでもカウルやサイレンサーの細かい傷とかは無視しました。他に復帰以前から持っていた皮つなぎとブーツがお亡くなりになりました。)
レギュレータが壊れた時の修理費用\60,000
車検2回\220,000
任意保険5年\140,000
ガス代\197,000(平均燃費14km/l位かな?最近大体220km走ると15liter入るからなあ。最低が8km/lで最高が17km/lだった。復帰して約23,000km走って1642liter使ったんだから、ハイオクを平均\120として計算すると\197,000なり、っと)
この他細々したものや有料道路代を考えるととんでもないので、ここは無視。
しめて\2,549,000也。(うわっ!、高っ!)

スクリーンやスリップオンのマフラー、バックステップやステアリングダンパーなんてのは多少付け直したけど、付いていたので(ああ、費用計上するの忘れた)新車で買ったら\3,500,000だったなあ!

これ、絶対嫁さんには見せられない。

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2007年9月 4日 (火)

ラジウム温泉、トロン温泉、ラドン温泉の効能

よくこう言う名前の付いた温泉を目にします。効能は痛風、リューマチ、高血圧、神経痛などが言われているが、何故効果があるのかは今のところ解かっていないようです。226Raラジウム、222Rnラドン、220Rnトロンの中でラドンが主に気体で空気中に存在しているので肺から吸入されて体内に取り込まれます。ラドンはα崩壊だから体内被曝でα線を被爆します。さらに崩壊した218Poポロニウムは、α崩壊とβ崩壊で214Pbか218Atというように206Pbで安定するまで崩壊を繰り返してゆきます。ラドンの半減期は3.8日ですし、その娘核種もそれぞれ半減期がそこそこ長いので体の中で206Pbまで崩壊することはないかも知れませんがね。

温泉法の放射能泉の規定は111Bq/kg(水1kgあたり)で、療養泉の規定は113Bq/l(水1リットルあたり)ですが、何で片方は1kgでもう片方は1リットルなんだろう?どのみち水ならほぼ同じだとも言えるけど何でだろうね?Bqベクレルは、1秒間に1崩壊する放射能を規定するSI単位です。つまり、111Bqと言うことは、222Rnの原子111個が一秒間に崩壊して、218Poになり、111個のα線を出すということになります。例えば1時間風呂に入っていたらどの位被爆するのかは、データはありませんが高濃度のラドン吸入被爆による染色体異常や肺がんなどの発生率の増加は観察されていません。むしろ、ラドン温泉で有名な鳥取県の三朝温泉付近の住民の疫学調査による癌発生数は、島根県全体の約6割程度との報告もあります。三朝温泉のラドン濃度はちょっとデータが無いのですが、増富温泉(山梨)は160728Bq/l、池田鉱泉(島根)は58238Bq/lなんて凄い濃度の温泉もあります。

このブログを読んでくれる皆さんも医療被曝とかを怖がっているんじゃないかと思いますが、胸の写真一枚で0.1mSv位、被爆が多いと言われるCTでも腹部で6mSv位、頭部で12mSv位です。RI検査の中のGaシンチでの被爆量は、クエン酸Gaを1.11~1.48MBq/kg、成人には37MBq程度を投与します。この検査では、Gaの半減期が3.26日で尿中排泄時間が24時間で約1/3、残り2/3は骨や肝臓などの臓器に留まるから...なんて具合に計算してゆくと、おおよそ2.6mSv程度の被爆があります。Gaはγ線源ですので、線量効果比は1です。α線の線量効果比は20ですので、例えば増富温泉に1週間くらい居ると放射線量は4/1000くらいと見積もって放射線効果比の20倍を大雑把に掛けるてガリウムシンチの被爆から推定すると0.2mSvくらいでしょうか?(ちょっと計算が雑すぎますが、凄く少ないことを言いたいだけです。それから、外部被爆の効果と内部被爆の効果は1対1と言うわけではありません。つまり単純には比較はで来ません。)

自然放射線による被曝は、宇宙線や大地、食物から年間約1.2mSv、このほか世界平均だと空気中のラドンによる被爆が年間1.2mSvです。日本は空気中のラドン濃度が少し低くて両方で年間2mSvくらいの地域が多いようです。生まれてからこれまで毎年2mSv程被爆しているからといって特に何か起こるわけではありませんし、中国の奥地には年間6mSvを越える地域もありますが、その地域は長寿で有名だったりします。

さて、ここまで被爆が少ないと被爆による影響は、他の化学物質や生活習慣、遺伝等の因子により確認は不可能です。被爆の確率的影響は、どんなに小さな被爆でも確立として数値が残りますが信憑性は怪しくなります。宝くじは毎回100人以上の人が当っているはずですが、周りを見渡しても当った人を知らないですよね?当った本人が言わないのもあるでしょうが、当る確立はあってもあまりにその確立が低いと当りを確認できないようなものです。広島長崎の被爆者のデータ(世界中で大規模なデータは実はこれしかありません。)からは、200mSv未満の被爆者には具体的な障害が出ていません。ですから少量の被爆の影響は、具体的には良く解からないのです。

ラドン温泉などの効能は昔から知られているところです。具体的な証拠が検証されていなくとも、昔から人々が続けているようなことは大概正しいのです。ですからラドン温泉などは、その効能が必ずしもラドンの被爆に拠るものとの確証はありませんが、体に良いのだろうと思われます。

それでは、これらの少量の被爆の効果をどう捕らえましょうか?世の中には”放射線ホルミシス効果”なる考え方があって、少量のお酒は体に良いと言われるように、少量の放射線は体に良いという考え方です。これはまだ十分な議論もされてはおらず、また、証拠となるような疫学調査も行われてはいません。三朝温泉付近の住民の疫学調査は染色体異常や肺がんの調査のために行われたものですが、逆に全癌の発生率が低い結果が出ているのは興味深いと言えます。効果は本当にあるのかも知れません。

ATOMICA  http://www.atomin.gr.jp/atomica/keyword.htmlで三朝温泉を入れて検索してみてください。原子力研究所のこの辞書は大変役に立ちます。興味のある方は、色々調べられて便利ですよ。

何だか解かりやすく書こうと思ったらやたら長い文章になってしまいましたね。

少し補足を書きました。

ラジウム温泉、トロン温泉、ラドン温泉の効能の補足

放射線の量を測る難しさ

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2007年9月 1日 (土)

富良野の富田ファーム

富良野で一泊した後、富良野の駅前で今日の予定を考えていたら、バイク一人旅の人たちが集まって来て5~6人で情報交換になってしまった。そこでみんなから色々教えて貰ってあった。

富良野ワインの工場でしこたま試飲ワインを飲んだ為にバイクに乗るわけにも行かず、工場の上手の芝生に寝そべって酔いを冷ましていたらしっかり2時間ほど寝てしまっていた。お陰で喉がカラカラだった。そこで駅前で教えてもらった富田ファームのラベンダーカルピスを飲みに行った。あんまり感動的な味ではなかったが、一頻り喉は潤った。

その後喫茶室の周りを歩き回っていたら、ファームの納屋でメロンを売っていた。夕張メロンとか言う奴である。凄く美味そうに見えたので、店番をしていたお兄さんに聞いてみた。
”1個だけ売ってくれないか?”
”何で1個なんだ?”
”今から食べるんだから1個しか無理だよ”
”何だって!?ここに並んでるのは、4~5日経たないと食べごろにならないから、買っても直ぐには食べられないよ”
困った顔をしていたら、
”しょうがないなあ!”
と言いながら、自宅の冷蔵庫に行ってよく冷えた種類の違う自宅用と言うメロンを1個持って来て、包丁で食べ易いように切ってくれた。これがなんとも美味かった。
”幾ら貰おうかなあ?200円で良いや!”
と気前もいい。彼もバイクに乗るらしく納屋の中には、NSRのレーサー仕様とGPZ(だったと思う)とモトクロッサー(CR)の3台のバイクが置いてあった。一頻りバイクの話で盛り上がっていたら、カップルの旅行者が
”僕達にもメロン食べさせて貰って良いですか?”
と聞いてきた。それを聞いた彼が
”だから嫌だったんだよ!どうすんだよ?次から次からメロン食いたい奴が現われちまったら?大体、おめえはバイクで一人旅なんかして親不孝してんだから親にメロンでも贈りな!”
と言う。
”はいはい、送るよ!”
と答えて、先ほどのカップルに
”君らもメロン一箱買えば、冷えたメロンを200円で食べさせてもらえるよ!”
彼らは、ちょっと顔を見合わせて
”買いますから、メロン食べさせてください。”
結局一連のやり取りで、メロン二箱12個約20、000円の売上、うーん、商売が巧い。

富田ファームの彼とは、その後暫らく年賀状のやり取りをしていたが、喪中で途切れてそれっきりになってしまった。元気にしているだろうか?次に北海道に行った時には、必ず訪ねてみようと思っている。

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