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2008年1月24日 (木)

罰金

何だかこの”罰金”と言う言葉の響きが良くないなあ、と思う。

スピード違反は、違反のスピードによって点数も処分も異なる。軽微な違反として反則金で済むスピード、一発免停で罰金になってしまうスピード、その場で逮捕になるスピード。全部同じスピード違反には変わりないが、免停以上は略式で済むとは言え裁判が行われて罰金が言い渡される。

確かにスピードが出ていると重大事故に発展しやすい。事故になるタイミングも長くなるし、衝撃も大きくなる。特に決して安全性が高いとは言えない乗用車でそれをやると死人が出やすい。

数年前に込み合う片側2車線の一般道を時速120kmで突っ走ってきて信号待ちで止まっている車に衝突、反対車線の信号待ちの車に突っ込んで5~6人の死人が出たことがある。そのベンツを運転していた若い男性も同乗者の若い女性も死んでしまったので、何故そこまで無茶をしたのかは知り様もないけれども、巻き添えを食った人たちは浮かばれない。

瀬戸内海に掛かる橋で飲酒、スピード違反、追突で子供三人を死なせた運転手は、飲酒の隠滅行為までにしているのに業務上過失致死の実刑判決どまり。判決を不服として控訴されているが、そんなのどう見ても危険運転致死罪だろう?

道を譲られて短い直線ゆえに素早く前に出るための一瞬の36km/hオーバーと程度の差はあれ、同じ裁判で裁かれる刑罰なのかと思うと釈然としないものがある。(スピード違反をしなくてもその状況をクリアする方法は他にあるだろう?と言われれば、それは正しいのだが、普通譲られたら行くだろう?)

刑法の基本は、更正であるのは解るし、道交法も運転手の仕事を奪わないような甘い部分が沢山ある。実際、免停講習で隣に座ったオジサンは(僕もオジサンだが...)、トラックの運転手らしいが免許が無くなったら生活保護になりそうではあった。漢字も碌に読めない彼がどうやって免許を取ったのか不思議ではあるが、その彼から運転免許を奪ったらきっと他には仕事が無いのだろう?

何が危険で、何が危険でないかの判断は決して簡単ではないし、人は往々にして身勝手な判断を下しがちだが、事故を未然に防ぐと言う名目で行われるネズミ捕りは如何なものかと思う。それはその一瞬の事実だけしか見ないから、例え高速道路を200km/hで巡航するベンツやBMWを見かけてもそれは警察の速度測定に遭わなければ無罪なのだ。
確かに高速域で安定している彼らの車は、それ程危険には見えない。(たまにそこまで下手なのに飛ばすか?と言うようなのは居るけれども...)逆にトヨタの営業車で140km/hでふわふわしながら全開で走っているほうが余程危険に見える。大型トラックで後輪が浮きそうな状態で車線変更をする運転者がいるが、彼がちょっと間違っただけで大惨事になり多くの人の命を奪いそうなのもあれば、幾ら飛ばしても死ぬのは大概運転者本人だけのバイクもある。同じスピード違反と一括りにしてしまえるほど、同じ危険性でもなければ、その行為が齎す影響も異なる。

でも、逆に前後の状況を知り、それをどう判断するかの方法論が無いのも事実。実際には千差万別な価値観を持つ警察官の勝手な判断で重くなったり、見逃されたりしているが、それを法文に書いて許すわけにも行かないし、警察がそんな事実を認めるわけにも行かない。だから画一的な検挙が歌われ、社会に肯定されるのかも知れないが、運用には問題が山ほどありそうだ。最近の警察は一部の問題者により信用を落としているし、長いものは平気で見逃しそれで出世を窺うような噂が絶えない。不公平感が蔓延していては、画一的な運用は困難だろう?(それでも今一責める気にならないのは、献身的に行動している警察官も実際に知っているからで、問題を起こすのは制度上の問題とそれを利用している一部の者だけだからなのだ。)

かなり話が脱線して、単なる社会批判になってしまっているが、こんな状況で罰金とか言われてもなあ、納得がいかねえ!って言いたいだけなんだ、きっと。

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