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2008年4月19日 (土)

Stand Alone Complexの意味は?

孤立の複合体=Stand Alone Complex

First Gigを数話を見た後で、副題のStand Alone Complexの意味を”孤立の複合体”と訳して見ました。攻殻機動隊関係の書籍でも見れば書いてあるのかも知れないけれども、もともとアニメファンでもない僕にはそこまで見る気はありません。むしろ、”こうだ!”と言われてしまう前にあれこれ想像するほうが余程楽しいと思えます。

人類は社会性を持つ動物です。人の心も自由だといってもまだまだ集団意識の中に埋もれがちです。人々はお互いに接点をもち、共感するもの達が集団として行動を起します。
しかし、孤立した人間が自らの考えに従って行動したのに、同じ行動を起す人間が多数に上った場合は、動機の定義が難しくなります。

例えば、ネットに載せた情報は、載せた時点で著作権の設定が不可能になってしまうように、特に共有化や並列化を意識しなくても単一性は喪失されます。

あれこれ考えながら、First Gigを見ていましたが、残念ながらFirst Gigの6話の中で、9課長が”Stand Aloneの複合体、所詮、オリジナルの存在しないコピーに過ぎない”と言っていました。一応解答は与えられましたが、そこには議論がありませでした。でも、最終回で意外な形で作家自らが議論するように作家の考えるStand Alone Complexの意味がアクターによって議論されていました。

全ての情報は、共有し並列化した段階で単一性を喪失し、動機なき他者の無意識に、あるいは、動機ある他者の意思に内包化される。

オリジナルの笑い男が、26話でこう言っています。さらに、

あたかも新作を発表しないことでその存在を誇張されてしまう作家のように。

消滅することによって社会システムの動態を規定する媒体であり、最終的にはシステムの内側にも外側にも痕跡を残さない。

オリジナルの不在がオリジナル無きコピーを作り出す。

この現象をStand Alone Complexと言うか?

簡単に言うと、誰が始めたか解らないけどメディアを通して巷で流行るようなことを言うのでしょう?攻殻機動隊の舞台である近未来でなくとも、幾らでもありますよね?罪無く面白いものであれば、自分がオリジナルであると主張する人が多数現われたりしますが、ネット炎上を代表するようなネット上の誹謗中傷のオリジナルを名乗り出たりする人は居ないでしょう。だからオリジナルは基本的に不在になります。ネット炎上なんて現象は、パソコン通信なんて呼ばれていた昔から危険性は認識されていたけれども(ネチケットなんて言葉が生まれたのも、この頃でしたよね?)、実際に被害が出始めたのは最近でしょう?でも、攻殻機動隊はつい最近のアニメではありません。

笑い男のオリジナルは、今でもありそうな厚生疑獄を暴くため、つまり正義感に駆られての行為でしたが、そのコピーは強請りと言う犯罪に利用されます。
行為は真似ることは出来ても動機は真似できません。模倣者一人づつの背景が異なるため動機は同じにはならないからとも言えるけれども、どうだろうか?
政治家は言葉に命を掛けるとか言いますが、一般に言動は信用されず行為のみを信用します。でも行為だけからは、その動機の真意は解りません。ですから、模倣者が動機を摩り替えてしまっても、オリジナルか模倣者かどうかの区別は通常付きません。それがオリジナルの無いコピーの生まれる原因でしょうか?

作者が想像する日本はくそったれな世の中ですが(今もさほど変わらないけれども)、作者自身は見捨てていないようでその救済も考えていたようです。それは最終回で少佐が、並列化による個の喪失とその末の個の獲得のキーワードは、好奇心と言っています。

笑い男のオリジナルである彼も”覗きが趣味ですから”と答えているけれども、それは取りも直さず好奇心が強い事に他なりません。覗きが正しいかは議論しませんが、報道と言う名の覗きも社会システムの一部として認知されているように、個人の覗きも報道と言う形態を取るのであれば機関としての真正性が担保されなくても十分な価値を持つのかも知れません。(最近、正しいことを伝える義務を全うしていないように思える報道機関が山ほどあるようなので、機関であることに特別な意味は無くなりつつあるようにも思えます...)

作家は、Stand Alone Complexの意味をこう言う社会現象として捉えたと言っているように思えますが、こう言う現象は多分「責任の所在」が希薄なところで起こるのであろう?と思います。First Gigでは社会現象としてのStand Alone Complexを描いていますが、Second Gigでは、ウイルスによる思想誘導と利害共有者同士の自発的且つ独立した協調行動という形でStand Alone Complexを描いています。

僕も、無記名なブログで書いているわけですから、書いた内容に責任は持たなくちゃならない事は多分起こらない。(仮に裁判所命令を持たずに僕の責任を追及する人が現われたとしたら、その人は既に法を犯していますからね。)だからと言っていい加減な事を書いているわけではのですがね・・・

 

 

思うところがあって、少し補足を書きました。
Stand Alone Complexの再考
http://noraneko-furo.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/stand-alone-com.html

お約束通り、いや、そんなものしてないか?
Stand Alone Complexの意味を深読みする
http://noraneko-furo.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/stand-alone-com.html
と言う記事で、一連の記事を締めてみました。

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攻殻機動隊」カテゴリの記事

コメント

おもしろかった

投稿: | 2009年5月18日 (月) 00時59分

この記事にコメントを貰ったのは、初めてですね。

有り難う御座います。

アクセスランキング1位のこの記事でも、誰もコメントは入れてくれなかったので、素直に喜ぶことにします。

投稿: フロの飼主 | 2009年5月18日 (月) 01時15分

こんにちは。
面白かったです。

私はSACの内容にはリースマンの「孤独な群衆(The Lonely Crowd)」との共通点があると思います。

他人の動向ばかりを気にして仲間外れを怖がり、流行に飛びつく。他の人が自分をどう思っているかには関心を持つが、不特定の他人には興味を示さない。マスメディアの情報に流されやすい。

こういった人々をリースマンは他人指向型人間と呼びましたが、模倣犯というのはそれを示していたのではないのでしょうか?

また、そういった人々は常に他人の意向を気にしていることから集団の中にいても一種の孤独感を感じているらしいです。そう考えると、「STAND ALONE COMPLEX」を「孤独な群衆」と訳すこともできるのではないかと思います。


と、まあ攻殻ファンの高校生でした。
長々とすみません。

投稿: サキカワ | 2009年5月26日 (火) 17時04分

サキカワさんへ

コメント有り難う御座います。
こんなマイナーなブログへようこそ♪

正直なところリースマンは、名前しか知りません。高校生の時フロイトに嵌まっていて、辿り着いた名前でしたが、「孤独な群集」も読んでいません。だから、的外れなコメントバックにならない事を祈りますが・・・

1stGIGの中では全編に渡ってサリンジャーを引用していますし、笑い男の行動もサリンジャーの生き方そのものの模倣であるとも思えます。「あたかも新作を発表しないことでその存在を誇張されてしまう作家のように」は、サリンジャーに向けられた言葉のようにも思えます。「ライ麦畑でつかまえて」の中で語られる排他感情?反社会?と言った、1950代の第2次世界大戦で世界恐慌から脱して堕落したアメリカ社会に批判的な感情は、リースマンの分析と共通する当時のアメリカの社会問題であったのだろう?と思えます。それは攻殻機動隊の中で語られる第3次世界大戦後の日本と重なって見えます。
サキカワさんの言う、「STAND ALONE COMPLEX」を「孤独な群衆」と訳す、は、時代背景やサリンジャーやリースマンが心痛した当時の民衆心理を勘案すれば、正解のように思えます。

士郎正宗が何か解説本のようなものを出してでもいれば、正解が示されるのかも知れませんが、僕は探していないので解りません。(知らないものは探さない、ですかね? 笑)

投稿: フロの飼主 | 2009年5月26日 (火) 21時37分

この記事へのコメントは終了しました。

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