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2008年6月

2008年6月28日 (土)

何が楽しいんだか?

今日は、時間があったのと明日は用事があるので走りに出ました。

散々迷った挙句、結局は奥多摩に足が向きます。他にツーリングコースを考えれば良いのだけど、5時間もあればとりあえず遊んでこられるところが良くて、特に時間があまりない時は奥多摩になってしまいます。

成木でまたもドカティが事故っていました。いや事故じゃないかな?唯の立ちごけか?

両側で車と大型トラックが止まって待っていましたが、ちょっと力足りないようで起こせずにいます。古い900SSでしょうか?手伝いに行こうかと思って出て行くと、トラックの運転手二人が手伝いに出てきたので、見捨てて行く事にしました。ちょっと行ったところで、”いや、一人だと困ってるかな?”と思い直してUターン。戻ったら乗っていた人が見当たらない。”何処に行ったのやら?”と見回していると、向こうからバイクに乗りそうな格好の女性が走って来ます。

何となく全てのことが納得が行ったような気分でしたが、(男かと思ってた・・・)

”大丈夫?何かして欲しいことある?”と聞くと、

”先に行ってしまった連れを呼んで来て欲しいと思いましたけど、今ちょうど来ましたから大丈夫です。ありがとう御座いました。”

と言う。振り向くとちょうど後ろから連れですかね?同じ900SSが戻って来たところでした。

080628_12560001_2今日の奥多摩は混んでました。周遊道だけかもしれないけれど・・・

ネズミ捕りに注意しながら、都民の森駐車場まで行きます。特に問題も無かったので、復路はちょっとだけペースアップします。日が出てないせいで路面の温度が低かったためか、特にリアタイヤがささくれてしまったので、少しペースを落とします。

昨日飲み会だったためか、何だかやたらと疲れてしまったので、何時もの深山荘に行きました。でも、残念ながら今日は臨時休業だそうです。

今日は夜に用事もあるしなあ、風呂セットも持って来たから、温泉は入りたいなあ、と思いつつ結局は帰途に着いてしまいました。

結局、特に目的も無く、奥多摩周遊道を1往復半しただけでした。

一体、何が楽しいんだか?

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2008年6月25日 (水)

禁煙をするとは言わない

これまでの長い(?)喫煙人生で一度も”禁煙する”と言ったとこがありません。
実際には、何年も吸わない時期があったり、現在でも一箱あれば1週間もってしまうこともしばしばあります。でも、絶対に”禁煙する”とは言いません。

taspoカードもさっさと作って持っていますが、一日吸っても5本くらい。
最近の禁煙ブームで吸える場所が限られていると言うのもその一因ですが、朝から夜まで全然吸わなくても平気。食事の時は、飯が不味くなるとの理由で絶対に吸いません。食事の時は他の人に吸われるのも嫌なので、レストランでは絶対に禁煙席。

新幹線も100%禁煙席。喫煙席の車内のあの匂いには我慢できない。元々、クローズドな狭い空間でタバコを吸うことすら嫌いなのでしません。

タバコの害は認識しているので(癌の発生率より、肺の繊維化とASOの方が怖い)、吸わない人の前では、余程のオープンスペースでも無いと吸わない。しかも少し離れてでないと吸いません。

”何時でもやめられるでしょう?”
と言われるけど、止める気は毛頭無い。
止めようと思えば止められるのは解っているけど、”止める”と言いたくない。そんな事を言ったら二度と吸えなくなるじゃないか?

バイクを降りた時の緊張を解くのにコーヒーとタバコは重要なアイテムだったりする。バイクの時だけに限らないのだけれども、何かしら緊張を強いられる作業の後はコーヒーとタバコ、まるで条件反射のようにリラックス出来る。それで次の緊張に耐えうる活力を得られるなら、安いものでしょう?

まるで生活習慣のようにそれは繰り返されている。だからきっと、これで病気になったら生活習慣病と言うんだろうか?
何かの影響とかは、大概その量が問題となる場合が多いので、度を過ぎた量でなければ大丈夫だろう?なんて根拠の薄い理由で納得したりしても居るのだが、
”タバコが1000円になっても止めないんですか?”
と聞かれても
”禁煙するとは絶対に言わない、と言う事を決めてるよ。”
と答えています。
それに、タバコを1000円なんぞにしたら、アメリカの禁酒法の二の舞になるんじゃないの?

追記、ASOなんて書いてしまいましたが、arteriosclerosis obliterans 閉塞性動脈硬化症の略です。糖尿病や高齢者に多く、間欠性跛行で発症することが多いのですが、糖尿病などの基礎疾患が無くてもタバコがその原因になるとの報告もあります。

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2008年6月22日 (日)

一種のテロリズムか?

グリーンピースジャパンの誰もが行き過ぎと感じる窃盗事件が各方面で話題になっています。

彼らの言う正義のための証拠品押収だから窃盗に当らないと言うのは、手前味噌な言い分にしか聞こえない。一応日本も法治国家を名乗っているのだから、法律違反は正義とは無関係に法律違反ですよね?

各民族には独自の食文化があり、鯨を食べるのもその民族の大切な文化継承だったりもします。牛や豚、羊や山羊を食べる習慣とさほど変わらないように思える。それに食べる人たちは基本自分達が食べる分しか捕らないけれども、そもそも鯨を大量に減らした原因は、油が欲しいだけに捕鯨していた連中であろう?

イスラム原理主義を歌って一部の過激派が自爆テロを起こしていたりするけれども、事の大小はあれど自らの主義主張のために法律違反をしている点では変わらない。

もともと正義なんて存在しない。酷い言い方をすれば万人が納得しそうな法文があるだけで、それを正義と呼ぶだけでしょう?人が作っているのだから間違いは当然あって、それを問題とするならば法律を変えるしかないですよね。

彼らの一部の人は弁護士だと聞きます。是非とも彼らの優秀な頭脳は、威力業務妨害とかではなく、未熟な法律の整備に向けて欲しいものだと思います。

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2008年6月20日 (金)

ルノアール

[人生には不愉快なことがらが多い。
だからこれ以上、不愉快なものを作る必要は無い。」

正確には、ピエール・オーギュスト・スノアールです。皆さんご存知の印象派の有名な画家ですが、彼の画は大体、光の溢れた、色彩の明るい、女性の画が多いな、と思います。ものの本にも、「人生の光り輝く部分だけを画布に投影していった印象派の巨匠」とあります。

その彼が、「なぜ女性や家族ばかり描くのか?」と質問された時に、笑いながら答えたそうです。

生きている間に巨匠と呼ばれるようになった画家であったと記憶していますが、生家は貧しく苦労の末に出た言葉なんだろうか?この言葉は、日本テレビの「知ってるつもり?」と言う番組で聞いたと記憶していますが、彼の描いた画だけを先に見ていた僕には、もっと陽気なスケベを想像していただけにインパクトの強い言葉として記憶に残っています。(言葉が正確かは、ちょっと自信が無い。)

Renoir_loge00初めて見たルノアールの画は、これだったと記憶しています。                                                                  

                                                                                                 Renoir_longs00 でその時、これも見た覚えがあります。実際には、ルノアール展を見に行ったのですから、もっと沢山の画を見ている筈ですが、買い求めた画集を見ても実際に見た覚えが無いのです。この2枚の画ですら、展示会で見たのか記憶が定かじゃない。それ程、当時の僕には印象の薄い画家だったのですが、彼の言葉は記憶に残っています。

画家に対して失礼ですね^^;

この2枚の画像は、かなり昔にどこかのページからコピーさせていただいたものですが、今は幾らでも出回っているので、著作権法違反にはなりませんよね?きっと。

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2008年6月17日 (火)

トラとの別れ

一匹だけになってしまったトラは、元来の気の強さに加えそれまでは二匹だったため負けなかった喧嘩に負けるようになってきました。

ある日、彼は首筋に大怪我をしていました。ビックリした僕は、傷口を念入りに消毒し、簡単に取れないようにイソジンゲルを大量に塗ってガーゼで塞ぎ、包帯剤のスプレーで固めて、3日間抗生剤を飲ませました。
一度は傷も塞がり、良くなったかに見えたのですが、皮下に雑菌が残ったようで皮下膿瘍になってしまいました。朝だったこともあり、再び開いてしまった傷口から排膿させてイソジンで消毒して、首に包帯をして職場に行くことにしました。動物病院に入院させて、抗生剤で還流しないと治りそうも無いように思えました。トラは、何時もは広い道まで送りに来るのに、その日はアパートの前に座ったまま、僕を見送っていました。4回ほど振り返ってみましたが、彼はずっと座ったままこちらを見ていました。
”やっぱり具合が悪いんだな?”と既に遅刻状態の中、僕は職場に急ぎました。その日は、朝から大事な会議が入っていて、そのプロジェクトのリーダーになってしまっていた僕には、出ないわけには行かない会議だった。

昼になり、職場には、”場合によっては午後少し遅れます。”と言い残して、僕はトラを探しに行きました。でも2時間ほど探しても見つけられなかった。何時も朝と夕方しか行かないので昼間はどこかに行っているのか?と思い、一度職場に戻りました。夕方急いでアパートに戻りましたが、やはりトラは現われません。お茶畑、車の下、軒先、植え込みの中、トラが隠れそうなところを探して回りましたが見つかりません。流石に暗くなってから人の家の軒先を懐中電灯で照らして歩くわけにも行かず、僕は車で夜更けまで待ちました。でもトラは現われることは無かった。”しまった、あの時職場に連れて行ってしまえば良かった。”

その日から2週間ほど毎日、朝と夕方、僕はトラを探し回りました。既に無駄なことは解っていたのですが、それでも探し出したかった。

結局、朝、ちょっと虚ろな表情で座ったまま見送ってくれたトラが僕の見たトラの最後の姿になってしまいました。だから記憶の中のトラの最後の姿は、首に白い包帯を巻いています。

猫の死に際を飼主は見れないと良く言われます。野生動物は体が弱った時、他の動物に見つからないような、身を潜められる狭いところに隠れて自力で回復するのをじっと待ちます。でも、大概そのまま意識が無くなってしまうのでしょう?だから、それを見つけられない飼主は、死に際に会えません。トラもきっとそうだったのでしょう?何処か、2週間かけても僕には見つけられないようなところで眠るように意識を失ってしまったんだろうと思います。出来れば天寿を全うして彼のお気に入りの僕の膝の上で息を引き取らせてあげたかった。

フロの顔もトラの顔も未だに脳裏に浮かびます。彼らは本当は僕の大事な家族だったようです。残念ながら彼らが幸福な野良猫だったのかは解りませんが、彼らが自らの境遇を野良猫だと思っていた筈も無く、僕のところに来ていたことで彼らの生涯がどうだったのかは知りようもありません。でも、僕は君らと一時期一緒に生きることが出来て良かった。

家の2台のデスクトップPCのホストネームは、それぞれフロとトラです。中身が入れ替わってもホストネームは何時もフロとトラです。そして僕のハンドルネームも・・・

彼らのことは僕の大事な思い出ですが、これでお終いです。
もっと沢山のエピソードがあるけれども、多分もう書きません。

ああ、でも何でフロの飼主と名乗っているのかを書かなくちゃならないですかね?(ならないって事は無いか?)

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2008年6月14日 (土)

日本の知力 第1部 第4話1面

第3部が終わっているのに”今ごろかい!?”の1部の4話の、しかも1面だけ話です。2面についてはその内書きます。

題目は”「電子図書館」期待と憂い”です。

ネットワークが充実し電子ジャーナルが利用できるようになって、図書館に取って貰うか自分で買うかでしか成し得なかった文献検索が簡単に高速に出来るようになりました。学生の頃に費やした努力と時間を返して欲しいなと思うほど簡単に沢山の関連するジャーナルから全文検索が可能です。
自宅のデスクトップやノートPCに入っている文章は、自分が書いたものも含めてnamazu(http://www.namazu.org/index.html.ja)で全文検索が出来るようにしてあります。このシステムを手に入れるまで、所持している文書はカテゴリ、年度で階層化しクロスリンクを張ることで検索性を確保していました。滅び行く脳に記憶の断片はあっても、何処に記憶していたのかを探し出す手間は電子化された外部記憶であっても容易ではありませんでした。でもこのシステムはそう言った手間を一掃してくれたのです。ただし、これでも紙媒体の書籍は相変わらず手間が掛かります。

ブリタニカ百科事典では、小項目辞典が電子化されており紙媒体の辞典とリンクしているので少しは手間が省けます。
amazonでも、検索ワードを入れると該当する書物が出てきます。この場合は買わないと読むことは出来ませんが、その情報を元に図書館の図書検索サービスで書籍の有無を確認できますし、そこに在れば読むことができます。それなりに便利ですし、買ってしまえば数日中に手元に届きます。例えば紀伊国屋のような大きな本屋で目的の本を探す労力を割愛できます。半日掛かり作業が10分もあれば自宅から出来るのです。でも、これまで通おり、紙媒体の書物は、紙媒体でしか読めない事に変わりはありません。

4話で話題となるのは、慶応大学で行われている紙媒体で出版されている書籍の電子化において、米グーグルの「グーグルブック検索」との提携が話の糸口になっています。
この他、ハーバード大学、オックスフォード大学とも提携して1500万冊以上の電子化を睨むそうです。これによる効果を東大大学院情報学環長の吉見俊哉教授はは、「グーテンゲルクの活版印刷術以来」の革命と言っているらしい。
慶応大学のプロジェクトリーダーの杉山信也経済学部教授も「過去の英知を現代の知と結び付け、新しいものを想像できる」と言っているらしい。
まあ、推進派の言う事ですので否定的な発言を期待するものではありませんが、ウキペデイアの解説を読んでも情報は得られても理解は得られない場合が多いのは頷けます。仮に検索性が上がって、検索ワードを入れると直ぐに解説が出てきますが、解説の内容は体系化された知識として理解しなければ単なる情報でそれを使える訳ではありません。僕自身は、ウキペデイアを殆ど利用しませんが、コンピュータ関連の事項なら@IT(http://www.atmarkit.co.jp/index.html)が連載の解説記事で検索事項を基本的な事から理解することが可能です。
実際に彼らが目指しているのは、断片的な情報の電子化ではなく、書物の電子化です。
先の吉見俊哉教授は、「検索で得られる情報は、知ではない」「知は、構造化され、体系性をもつ」「我々は図書館に何度も通い、横並びの図書(情報)から、知識の"地図"を頭の中に描いて理解を深めてきた。それが学問につながった。検索技術の進歩で、"森”の地図が描けなくても"リンゴ”を入手出来るようになった。」と、ネット検索の効果に警笛を鳴らしています。

実存主義哲学の大家ヒューバート・ドレフェス米カルフォルニア大バークレー校教授は、著書「インターネットについて」の中で「コンピュータは人間の教師に代わることは出来ない」とし、「知」は本質的に人との交流から生じるものだと主張しているそうです。
この記事は、ネット依存による利便性と人と人との思考の交換、知的刺激、興奮による人類の知の核たる想像力がトレードオフになっていると言った内容の話でまとめています。

ピンポイントで情報を得られたとしても、それは知識を得ただけであって、知力を養うものではない、体系的な拡がりを持った知識を得、それを使いこなせなさなければ学問には繋がらないと言いたいのでしょう?
これまでの断片化された情報の検索エンジンではなく、書物そのもの電子化であるならば推進者達が目指す「革命」を成しえると期待してよいのでしょうか?

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2008年6月11日 (水)

チャンスメイキング

人事評価の材料として、能力判定は大切ですがそれらは上司の勝手な判断で下される場合が多いです。(会社勤めの方々なら、きっと見に覚えがあるでしょう?)それ自体が会社の運営方針であるなら何も文句を言うところではないのですが、一つの仕事に定着しない20代が山ほどいる中では如何なものかな?と思います。何か対策が必要でしょう?

アメリカでは、スキルアップのために定期的に転職を繰り返す人たちが多数います。全てが契約社会であるなら、中途採用でも十分な収入を得ることが可能ですが、日本ではそうは行きません。殆どの企業において同年代なら中途採用の人間のほうが収入が少ないですし、転職を繰り返すたびにその差は開いてしまいます。

若いときの転職理由は様々でしょう。予想した仕事内容と実際にやらされている仕事内容が大きく違えばそれは転職の十分な動機になります。

能力を発揮するかしないかは、チャンスを与えてみなければ評価できないと言われます。しかし、実際には失敗すれば企業損失が生まれる中で闇雲にチャンスを与えるわけにはいきませんので、必要になるのが能力判定と言うことになります。

これを読まれている方々も社会人であるならば、初任実務研修とか言った名前の研修を受けたのではないでしょうか?興味と動機は同化する場合が多いですし、採用される時点で既に受けた教育の内容は判っています。会社側では、研修により会社で行われている仕事内容を知らしめ、何に興味を示すかを見極めなければなりません。

難しい点は、興味は日々移り変わる事であり、残念ながら簡単に変わる程度の興味では先進的な仕事としては成り立たない点です。長く腰を据えてやらないと新しいものを生み出す仕事としては不十分である場合が多い。そこでチャンスを与える側と貰う側でのギャップが生じます。総合職であるなら、2年周期位で内容を変えてゆき仕事全般に眺めの利く人材に育てるのでしょうが、それ故に仕事自体はマニュアル化された手順をマニュアル通りにこなすだけと言った上っ面を舐めたような仕事になってしまいがちです。人事評価の判断材料となるような成果が上がるような年数ではありません。

職場に、”3年で大成しない奴は何年やっても駄目だ”なんて大見得を張る人が居ますが、こちらから言わせれば、"そんな事言ってるから、あなたは何をやっても中途半端なんだろう?”ちゃんと教えもせずに取りあえずやらせて、3年で結果を出さなければ他の仕事とか言ってちゃ、何にも出来ない奴の山になる。たまに自主的にやれる奴が現われるが、指導してやらせないと結局出来るようにならないのだ。

ある大きな元フィルムメーカでは、プロジェクトリーダクラスの人間にサブで付けてリーダの評価を受けます。最初の数年は、色んなプロジェクトのサブを努め適性を探してゆくと言うやり方です。5年くらい悪い評価を出しつづけると、残念ながらプロジェクトチームから外され、他の業種に回って行きます。そこで生き残ると7~8年でリーダを任されます。

人材に余裕があるならこの方法をとりたいのですが、人員は減る一方、総合性と先進性を同時に要求される業種にあってどうやって新人を教育して行こうか迷います。今年2名の新人を迎えるに当り、去年書いた新人教育カリキュラムの見直しをしようと広げては見ましたが、どうしたものやら?大体去年まで無かったのだから驚いてしまいますが、この業界は未だに徒弟制度を引きずってるんでしょうかね?(業種を書かずに言われても解りませんね^^;)

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2008年6月 8日 (日)

多摩湖自転車歩行者道

080608_16000001 多摩湖の堤防にあった案内板には、”多摩湖自転車周遊道”とあったように記憶していましたが、堤防の南側にある派出所脇の案内板には”多摩湖自転車歩行者道”とありました。まあ、どうでも良いんですが・・・

今日は、富士山近辺の雨予想のためクラブのツーリングの中止を報じるメールがきたので、昼近くまで寝ていたのですが(寝たのが4時過ぎだったので・・・)、起きて見たら"雨降って無いじゃん!”で天気予報を見たら、曇りに変わってるし・・・ピーカンじゃないだけ逆にツーリング日和だったのに・・・クラブのツーリングが中止になってもバイクで行きたいところあったのに・・・

と言うわけで、自転車で何時もの多摩湖自転車”歩行者”道に行きます。最近脚力と背筋力が落ちていたので、まあ、ちょうど良いとします。

080608_15080001_2先日綺麗だった花畑は、無残と言うか、次に向けて綺麗に刈り取られていました。このギャップは凄まじいですが、もともと観賞用に植えているわけではないのでしょうから、収穫が終わった跡なのでしょうかね?

080608_15270001  狭山湖から見る昼下がりの風景は、太陽がまぶしくて湖面に光が溢れます。でも1時間もすればきっと違う表情になるのだろうと思います。思わぬうす曇の休日に沢山の人たちが湖面を渡る風に一時の清涼を求めてやってきていました。風が無いと夏のように暑い。

080608_15380001 今日は(いつもかな?)西武球場側に降りて行きます。この辺りは、右側は貯水池の森、左側は道路と西武多摩湖線が併走します。

080608_15500002 この辺の森は、多摩湖の堤防の下側に当たります。公園になっていて、狭く敷かれたアスファルトの部分以外は、ウッドチップが撒かれていて、夏になると昆虫を求めて多くの小さい子供連れで賑わいます。

080608_16110001  南側は基本的に登りになります。最初の案内板がある辺りからは暫らく、南側には住宅地が広がっていますが、途中から武蔵野丘陵と言われるような森の中を抜けていきます。ほとんど森林浴のようない気分が味わえます。

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西武球場から立川の方へ抜ける道の上に橋が掛かっていて、橋の袂に休憩所があります。ここはちょうど立体交差の中心にあり、水道があるのでちょうど良い給水場所になります。水の不味い所沢にあって、一応都内に属するここの水は美味しいのです。

080608_16200001 この周遊道で最高度地点近くにある急な登りです。散々登ってきての最後の急な登りに、”反対方で回れば良かった”と後悔させる厳しい登りです。昔、怪我をする前は、ここを27km/h位で登っていったのですが、現在は10km/h位です。 

                                               

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この辺りが夏場は一番気持ちの良いところでしょうか?両側とも森に包まれ、木漏れ日の中、心地よくサイクリング(今時こう言うのかな?)が楽しめます。

080608_16300001 多分、僕が知る限りでは、ここが一番標高が高い。ここからは多少のアップダウンはありますが、基本的に下ります。激しいトレーニングをしていた時は、ここからは空気抵抗との戦いだったのですが、今はドリンクを飲みながらの気持ちの良いクルージングとなります。

080608_16330001 左側を走る車とあまり差の無いスピードで高速で走ります。さっきまでの苦しい登りを忘れる気持ちの良い部分になります。ただし、反対方向から来ると、ここは延々続く緩い登りになります。

080608_16420001 南側から見た狭山湖の堤防です。改修工事が終わってからの、この堤防の道は、大変景色の良い、身近なデートスポットで有ったり、家族でノンビリ散歩を楽しむ絶好の場所になりました。多摩湖は現在改修工事中ですが、多分、ここと同じように綺麗な堤防に生まれ変わるのでしょうね?

080608_16440001 狭山湖に浮かぶ取水塔です。これだけは改修前と変わらず、昭和初期を思わせる佇まいを見せています。橋だけは架け替えたようですね。

大体、ここまで来ると家を出て約25kmくらいになります。家まではあと10kmです。ここからの帰りが面倒なんだよねえ。

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2008年6月 7日 (土)

生活道路は走らない

よくバイクで通る道で交差点が狭く1台でも右折が居ると青信号1回で車が1台しか通過できない交差点がある。その交差点の手前100m位の所にその交差点が見通せる脇道の入り口がある。その脇道は、その交差点をショートカット出来る。でも、その脇道はすれ違いも出来ないほど狭い通学路、しかもその道沿いには結構小さい子供達が住んでいて、何時子供が飛び出してきても不思議のない道である。また、その道は先にあるスーパーまでの買い物道であり、駅まで続く道の一部で歩行者も居る、所謂生活道路なのだ。その交差点をショートカットしようと言うドライバー達は、その狭い道を40~50km/hで抜けてゆく。バイクの僕が怖くて着いて行けない。

最近”住民以外の通行禁止”と言う立て札を見かける。
実際、住んでいる人たちが使う小道を幾ら抜け道だからと言って、ガンガン飛ばしていって良い筈もない。当然の主張と思われる。両側擦り切りで車が入ると人もすれ違えないような小道を40km/h位で抜けて行く神経も呆れたものだ。陰からちょっと顔を出しただけでもぶつかる。

リスクマネージメントの研究をしている(片手間だけども)、若しくは実践している連中なら、当然そんな馬鹿げた事はしないだろうが、何を考えて行う行為なのか残念ながら僕には良くわからない。
事故を起こす人たちは、”この間大丈夫だったから”と考えがちだが、”今度は駄目かも”と何故考えない?
万が一と言わないまでも、千に一(そんな言葉ないけど)に事故が起こるとすると、残り999回は外れなのだ。

まあ、普段車に乗らず休みの日にバイクに乗る位、長くても10分も待てば電車が来る駅まで徒歩10分なんて所に住んでるから、こんなクソ真面目なことを言っていられるのかも知れないが、毎日車で通勤なんて人たちにはとんでも無い話なのかも知れない。でも、千に一、万が一にでも事故って人でも死なせてしまったら、一生を棒に振りかねない。そこをゆっくり走っても2分ほどのロス、交差点で待っても10分くらいのものだろう?どんなに急いでも、途中で事故ったら間違いなく遅刻なんだぜ。

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2008年6月 4日 (水)

彼らが居候していたアパート

久しぶりに昔住んでいたアパートの前を通った。ここを通る度にトラがひょっこり顔を出さないかとか思うが、そんな筈はないのは解りきった事。でも、近くに用事があると必ず通る。
今日、よく見たら、僕の住んでいた部屋の入り口がなくなっている。管理人室を広げたようで、彼らと過ごした上がり待ちも綺麗さっぱりなくなっている。
駐車場にも家が建ち、向かいのお茶畑も真新しい一軒家が並んでいる。新しく出来た駅から歩いて6分程のここらは、住宅地として高値で取引されていたようで、思い出の景色はまるで知らない町のようである。
でも、アパートだけは変わらずそこに在った。今日もちょっとホッとした気分になったところだった。でも部屋の入り口がない。
彼らの思い出は、変わらず僕の記憶の中にあるけれども、思い出の場所は様変わりしている。仕方の無いことなのだけどね・・・

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