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2008年12月 4日 (木)

生命倫理と生物の性

生きていく上で殺生は、止むを得ない。
人であろうと虫であろうと草木であろうと生き物には変わりない。

自分に近くないものの死には無頓着。
虫を殺しても平気なように、知らない人の死は平気。
死の惨さを見ない人はPTSDにならない。
ボタンを押すように殺す人には、その先で死んでゆくものの姿は見えない。
間接的に殺す人は、自分が殺しているなどと夢にも思わない。

みんな化石燃料を使っているよね?
みんな生き物を食べて生きているだよね?
生きるために必要だから、ぎりぎり許されるんじゃない?

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コメント

間接的に殺す…それ、よく考えるととても怖い。
無意識の行動がだれかを殺してたらと思うと…。

投稿: 如月 | 2008年12月 5日 (金) 08時32分

如月さん

深く考えすぎると生きて行けなくなるから程々が良いのですけど、無意識と無知は同義である事が多いので、広く知識を得ることが”間接的に殺す”のを防ぐ方法なのだろう?と思います。
せめて直接的に殺すのは止めて欲しいなと思いますね。昨日所沢で同乗の犬に気を取られていたと思われる63歳の女性が小学校2年生の列に突っ込み、8歳の女の子を死なせてしまいました。ある意味殺してしまった、と言っても良いかも知れません。
如月さんも気を付けて。一瞬で10人近い人の人生を棒に振らないように。

投稿: フロの飼主 | 2008年12月 5日 (金) 22時04分

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