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2009年10月

2009年10月30日 (金)

Stand Alone Complexの再考

「Stand Alone Complexの意味は?」と言う記事は、2nd.GIGの最終回を見た後にその時に思いついた事をさらっと書いてしまって推考もしていませんでしたが、その後、人気記事ランキングの常連になってしまって多少なりとも”さらっと書きすぎたか?”と思っていました。

自分なりに読み返してみると、”少し足りないな”と思えるのでちょっと書き足します。

Keywordは、やはりこれだと思います。

全ての情報は、共有し並列化した段階で単一性を喪失し、動機なき他者の無意識に、あるいは、動機ある他者の意思に内包化される。

「Stand Alone Complexの意味は?」と言う記事では、主に

”動機ある他者の意思に内包化される”

と言う部分だけをクローズアップして書いていますが、

”動機なき他者の無意識に内包化される”

の方が重要かも知れません。

ちょっと思い出してみてください。我々は、色々な考えを持ちます。

例えば、そうですね・・・

民主党が公共工事の全面凍結を言い出して、国民の多くがそれを指示しているような報道が行われています。国土交通省は、多くの税金を無駄に使っていると国民の多くが思っているでしょう。数十年も以前に計画されて、そもそも科学的な根拠が希薄な計画が、時代が変わって必要性自体も希薄になっても一度立てられた計画は着々と進められます。一度始まると、あたかも工事を進めること自体が目的であるかのように、時代変化による必要性の低下、計画の根拠となっていた理論の崩壊に対して、その場逃れのウソか?と思える答弁で抵抗します。

僕が今例とするためにさらっと書いた考え方は、同意する人が結構居るんじゃないかと思います。

でも、この考え方自体が、そもそも僕が考えたことでしょうか?

僕は、ペーパーメデイアやwebで良く新聞を読みます。上記の国土交通省への意見は、新聞に書いてあるような事ばかりです。それを今、あたかも自分が考えたことのように書いています。

この状態は、

”新聞に載った情報が、新聞に載ることで読者に共有され、単一性を喪失し、読者の無意識に内包化される”

状態に他なりません。また、”同意する”と考えたあなたも僕と同じ状態に陥っています。つまり、僕と同意するあなたが”孤立した状態で複合化されている状態”と言えないでしょうか?

高度に情報化された社会において、人々は大変沢山の情報に晒されます。そのため、得た情報が何処から仕入れたものなのかを把握しづらくなる傾向が見受けられます。この傾向こそが、Stand Alone Complexと言う社会現象のインフラとなる要素なんじゃないでしょうか?

もうちょっと酷いことを言えば、我々は生まれてすぐから教育と言う並列化を延々と受けてきているわけですから、我々が考えること自体がオリジナルである可能性は極端に低いわけです。

オリジナルと言う概念だって、”類似性が低い”と言うだけですよね?

我々の脳が教育の産物である以上、その脳が作り出す思考がオリジナルであるわけも無いのです。読み聞いた情報をあたかも自らが思考したように内包化してしまっているだけです。

1st.GIGの終盤、警察長官暗殺に多くの人間が名乗りをあげる場面は、この現象をやや大げさに描いたのですよね?考えただけではなく、あたかもそれが自分の使命のような錯覚に陥り、さらにそれを行動に移してしまうのは、かなり極端な状況で、思考の迷路に入り込んでしまうような僅かな人達だけです。秋葉原の無差別殺傷事件を起こした彼なんかも、こういう人かも知れません。

さて、長々書きましたが、僕のこの思考も”自覚はありませんが”きっと”オリジナルではない”んでしょうね?

ちょっと、さむい、です。(笑)

補足:この記事で使う言葉遣いも、業と攻殻機動隊の中で使われる言葉遣いを用いて書きました。 もしあなたが、普段の生活の中で、こういう言葉遣いをしているのであれば、それは明からに毒されています。”他者の無意識に内包化されている”状態ですよね?

お約束通り、いや、そんなものしてないか?
Stand Alone Complexの意味を深読みする
http://noraneko-furo.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/stand-alone-com.html
と言う記事で、一連の記事を締めてみました。

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2009年10月26日 (月)

見方を変えれば

2009年10月19日(月)付の天声人語にこんな記事があった。

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初代の通天閣が浪速の空を突いたのは明治末。パリの凱旋(がいせん)門にエッフェル塔を乗せたような珍妙な姿ながら、高さは東洋一を誇った。東洋一のうたい文句は、名古屋テレビ塔や霞が関ビルなど戦後の建物にも残る。大国への歩みを「一」でかみしめた時代である▼東京都墨田区に建設中の東京スカイツリーが、634メートルにかさ上げされるそうだ。中国・広州のテレビ塔が610メートル前後になると知って、てっぺんのアンテナを予定より24メートルほど伸ばす。開業時に「世界一の電波塔」とうたうための変更という▼背伸びしたのが中国なら「やっぱり」と笑うところだろう。経済大国の先達として、すましている手もあった。高さ世界一にこだわる根性や元気が日本に残っていたとは、驚き半分、うれしさ半分である▼東京タワーがエッフェル塔を超えるべく設計されたように、大きさで一番を欲するのは発展途上の発想といえる。超高層ビルの新築は東南アジアや中国に目立ち、中東諸国もオイルマネーの記念塔のごとき計画を競っている▼スカイツリーの634メートルは、東京近辺・・・・・

ここから先は、要約です。

634mは武蔵の国にちなんで、語呂を合わせたと、素直に世界一を目指した、と言えない成熟した日本と言う国は、今更世界一を目指してどうする?的に老け込まずに、世界一を目指すことで活気を取り戻そう、と言った内容だったと思います。

今日、初めて1週間を過ぎた天声人語が有料コンテンツだと知ったので、全文を載せてしまうのを止めました。

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世界一を歌うために堂々と背伸びをする国と世界一になんか拘っていないよとばかりに語呂合わせの理由を付けて作ってみたら世界一だったと言いたい国。
最近フランスの国民性でも見ているかのような必死な姿を恥ずかしいと感じる風潮は、日本が文化的に成熟でもした証拠なのか?
フランスが他国を小馬鹿にするようなところが垣間見れることがあるが、スカイツリーの連中が中国を小馬鹿にしているのでいるのであれば、それはちょっと如何なものかな?と思う。
太古の時代から中国に多くの教えを受けた日本人の一人として、現代、ちょっとばかり先を走っているような部分があったとしても、そんなちょっとの差を自慢してどうする?と思える。
成熟国を歌うのであれば、語呂合わせで世界一を目指すのでなく、きちっとした理屈をもってその高さになった、と胸を張って欲しいものだな、と思います。
その結果として、世界一なら言うことはありませんし、仮に結果として世界一でなくともそれはそれで良いではないか、なんて事を思うのですが・・・

そう言えば、理研のペタコンもスペックが先にあって、解析スケールの桁数を上げる、その結果解析可能となる分野、と言った流れで、世界一を目指していたように思うなあ・・・

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2009年10月22日 (木)

馬鹿野郎な小林可夢偉

やっと日曜のブラジルグランプリの録画を見ました。

バトンは、久しぶりにアグレッシブなレースをしてシリーズチャンプを物にしましたが、小林可夢偉はちょっと酷かった。彼のファンには怒られるかもしれないけれども、バトン相手のブロックもタイトル争いしている相手にやることでは無いと思えるし、中島へのブロックは最低だった。

スリップを出た途端に行き場の無いところまで急に寄せたら、普通ウイングを踏むだろう?

近年、ああいったストレートでの露骨なブロックはペナルティの対象だよね?

”おいおい!箱のレースじゃないんだからさ!”って言っちゃいました。

ネットでレース記録を見ても、ペナルティを貰ってなくて”何で?!”って感じ。中島が可愛そうだ。今年は、よくよくツキが無い。

降り方が刻々変化する難しい予選ゆえに、久しぶりにバトルが楽しい面白いレースだったけど、途中で止めてごみ箱に入れてしまいました。(笑)

今まで割かし小林可夢偉を応援していたけど、ジャック・ヴィルヌーヴがタイトルを取った年のシューマッハの走りを見ているようで気分が悪かった。(もう応援しない。)

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2009年10月17日 (土)

相変わらず新宿で迷う

3週間程前に靴の修理に新宿に来ました。
新所沢パルコのリーガルショップが閉店して、小田急ハルクのショップに顧客名簿が移ると聞いていたので、かかとが剥がれかけて音が出始めた靴を持って行きました。
雨模様だったのでPePeを出て地下街に入ったのが間違いの始まり、解んなくなって地上に出たら南口、う~ん。
もう一度地下街に入っていって、散々歩き回ってやっと西口、駄目だこりゃ、新宿の地下街を一周しちゃった。
やっとハルクに入って、リーガルショップを探すも無いし…。
図々しくもハルク内のシューズショップで、リーガルショップは小田急エースに移った事を教えてもらうも、小田急エース?どこそれ?
小田急ハルク内の案内板で地下街に在るのか解り、探すがテナントは並んで居るが何処を小田急エースと言うやら…
2周程歩いてどうやらこのテナント群が小田急エースと言うのを理解しました。中央通路を行くとやっと見つけました。
やれやれ。

修理完了と頼んであったサイズが入ったとの連絡が入ったいたので、今日行ってきました。
前回の轍を踏まないように、地上を歩き小田急ハルク脇から地下街に入りましたが、やっぱり最短ルートは歩けませんでした。
どうも新宿にくると方向感覚が狂って、無駄な労力を使わされます。

卒中迷子になる人の話を聞きますが、新宿に来ると、その気持ちが解ります。

新宿なんか嫌いだ!

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2009年10月16日 (金)

小事にこだわるには人生は短すぎる

10月11日の朝日新聞天声人語に「古今の名言に勇気をもらうことがある。例えば〈小事にこだわるには人生は短すぎる〉などは、落ち込んだ時によく効く。」と始めて、鳩山総理大臣の金銭感覚から民主党の虚偽献金疑惑について言及していた。虚偽献金疑惑はさておいて、確かにこの言葉はよく効くな、と感慨深げに読んでいました。

on timeで問題に向き合っていると小さいことが目に付くし、気にもなりますが、ある程度時間が過ぎて、その問題を振り返ってみると、小さいことなどどうでもよく、総じて良いか悪いかだけしか見えなくなります。

大事は小事の積み重ね、とも言えます。確かに全ての小事を完璧にこなして行けば良いとも言えますが、小事に拘っていては大事のタイミングも逃します。時間は待っていてはくれませんので、全ての小事に拘っている余裕は通常ありませんよね。大事なのは、肝を押さえた小事なのかな?と思えます。

さて、問題は肝の押さえどころ?なんですが、脱自民党の期待を背負っての民主党政権です。庶民派を謳った政党が、庶民には大金である政治資金を小事で片付けられても困るのですが、自民党よろしく政治資金問題で政権頓挫なんて馬鹿なことになられても困ります。
自民党にとっては大きな政治的カードかも知れませんが、戦後初めての政治的大転換期にとっては小事です。

天声人語では、「大いにこだわりたい」と言っていますが、果たしてこの問題は大事なのか小事なのか?
正解か否かの判断は後世に譲るとして、民主党政権は立ち上がったばかりです。アメリカの大統領のようにメディアも1年間は黙って見ていよう的な判断は出来ないものかな?と思えます。

*****10月11日付け 天声人語****************************************
古今の名言に勇気をもらうことがある。例えば〈小事にこだわるには人生は短すぎる〉などは、落ち込んだ時によく効く。取るに足らない失敗や不評を引きずっていては、前に進めない▼鳩山首相が外遊先で、これを独り唱えたかどうかは知らない。本紙の報道で発覚した「故人献金」のお粗末について、東京地検特捜部が動き始め、自民党は臨時国会で攻め立てようと手ぐすねを引く▼政治資金収支報告書に、故人からを含むウソの献金が並んでいた。浄財をたくさん集めたように装うため、金庫番の秘書が勝手に……との釈明は弱い。名が載らない小口献金はさらに怪しく見える。政治の大掃除をしようというのに、ほうきにゴミが絡んでいては興ざめだ▼虚偽献金の出どころは首相個人の金という。2千万円超を秘書に引き出されて気づかぬ金銭感覚を、ご本人は「大まかな人間だった」と反省された。あり余る鳩山家の資産と政治資金がごっちゃになっている心配はないのだろうか▼企業買収の激烈を描いた映画「ハゲタカ」に、印象的な言葉があった。〈人生の悲劇は二つ。一つは金のない悲劇、もう一つは金のある悲劇だ〉。鳩山氏の不幸はもちろん後者である。大店(おおだな)のぼんぼんなら金に無頓着なのもご愛敬だが、大まかが「小事」で済まない地位もある▼政権交代を受けての国会。論ずべき大事は山ほどあるのに、攻守ところを変えた「政治とカネ」が争点とは寂しい。首相は捜査を理由に口をつぐむが、ここは民主党の金銭感覚が問われている。大いにこだわりたい。
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2009年10月13日 (火)

八ッ場ダム建設中止と川原湯温泉

以前、川原湯温泉に行った時の事を記事にした。

聖天様露天風呂の登り口にある民宿の大将と女将さん相手の会話に出てきた温泉街がダムに沈むから、移転すると言っていた話は、その八ッ場ダムだったのをつい最近知った。
2003年の話だから、それよりももう随分前に立ち退き交渉が済んで、移転先も決まっていると彼らは仕方ないと言った面持ちで話いていた。

あの辺りは、深くて幅の広い渓谷が続き、山も深い故に人口も多くはなかろう。
造る側からすれは造り易いのだろうか?

自治体は、工場続行の陳情をするらしいが、彼らがダムを最初から望んでいたわけではないだろう?やっとの思いで街が沈むのを受け入れ、不安を抱えながら、転居先での生活設計を立ててきたのだろう?

数十年前の計画が走りつづけるこの国の公共事業のあり方は大いに問われるべきだと思うし、無駄なのであればこれ以上税金をつぎ込むのをやめて欲しいとも思う。でも、この件に数十年振り回された住民の方々には、十分な補償をすべきであろう。事業を進めた場合に掛かる費用からすれば、住民2,000人程度の保証は、厚く保証しても高々知れている。

川原湯温泉を長らく守ってきた、かの民宿の大将や女将さん達は、この中止騒動をどちらの側から見ているのだろうか?

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聖天様露天風呂の奥側の入り口から温泉街を見たところで、ちょうど写真右手で写っていないし、民宿の名前も記憶の奥底から出てこないのだが、聖天様露天風呂の奥側の入り口のちょうど真向かいの民宿であった。無くなってしまう前に必ず行こうと思っていたのだが、今はあの時の大将と女将さんに会いに行ってみたいな、と思う。

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2009年10月 8日 (木)

難問

人は、人生の中で様々な判断をする。そして、その判断が正解かどうかは一生判らない。
自分のことであれば、どうせ自分の人生、どう判断しようが自分に降りかかってくるだけだ、だからどんな判断をしようともそれは簡単な問題とも思える。

しかし、自分に係わる問題だけを判断して生きてゆくことは、まず無理だろう?
自分の判断が他人に影響を及ぼすことは、気が付いているいないに係わらず少なくない。いや、その殆どが多かれ少なかれ影響を与える。

まあ、知らない、もしくは、どうでもいい人への影響なら気に病む必要もないかも知れないが、むしろ一々気に病んでいたら生きては行けないが、それが家族のこととなるといきなり難問化する。

自分の判断が家族の生死に影響を及ぼすような場合、それは途方もない難問となる。
概ね正しそうな判断をしたとしても、それがもっとも正しい判断だったかは判らない。むしろ間違いだったかも知れない。どんなに考えてもそれは堂堂巡りにしかならないことは百も承知だが、失ったものの大きさに愕然とする。

難問故に逃げたくなる気持ちと挑みたくなる気持ちが交錯する。
でも、誰も代わりに判断してくれるわけもなく、またその結果を押し付けるわけにも行かない。

後悔と恐怖が、次の難問に挑む勇気を萎縮させるが、取り組みつづけるしかないのだよね。

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2009年10月 4日 (日)

今日はクラブツーリングでした

今年初めてクラブのツーリングに参加してきました。

春先からちゃんと参加して、クラブのスピードに慣れていないと体がスピードに付いて行かないので、あんまり気乗りのしないツーリングでしたが、特に予定も入らなかったので行ってきました。

第三京浜、横浜新道、西湘バイパス、箱根新道、芦ノ湖スカイライン、箱根スカイライン、長尾峠で御殿場、富士山スカイラインを往復して御殿場から東名の予定でしたが、御殿場の138号沿いのBigBoyで食事をしたら、全員もう走る気無しで、そのまま東名で帰ってきてしまいました。

初参加や数年ぶりに参加なんて人が珍しく居て、それなりに楽しかった♪

芦ノ湖スカイラインの料金所を出た富士山が見えるところで休憩したときに珍しく集合写真も撮ったのですが、今度貰ってきたら載せましょうか?

箱根新道は、まだ路面が濡れているところが多くて、”このくらいなら大丈夫かな?”的にみんな頑張りません。

芦ノ湖スカイラインは、入って早々に事故が3箇所であって、バイクと車が2箇所、車同士が1箇所と危ない道なんですかねえ?尾根道ですが、アップダウンが激しくて割と狭く回り込んでいるコーナーが多いので事故が多いのかも知れません。この道、反対方向から走ってくるときは嫌いな道の代表格ですが、箱根側からはあんまり開けられる所も無いし、奥で急に回りこむようなところも無かったし、それなりに楽しめました。

箱根スカイラインは何時の間にか終わってました。(笑)

長尾峠は、もう11時なのにまだ濡れているところが多かった。相変わらず狭く、Rが一定しなくて走りづらい道ですね。15年ぶりくらいに走ったんじゃないかと思います。

東名はトンネル内で事故があったようで、途中渋滞していましたが、概ね空いていました。

4時には帰り着きましたが、何だか妙に疲れた。

今日は、ポルトガルグランプリですが、とても2時まで起きてられそうにない・・・

そう言えば、F1日本GPはどうなったんだろう?

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2009年10月 2日 (金)

人生は行き止まりの道じゃない

”Failure is a detour, not a dead-end street.”

この言葉、最近のお気に入りです。
Zig Ziglerと言う人が言った言葉だそうです。

思えばこれまで遠回りと言う名の失敗を重ねてきたように思います。
僕は、”人生のゴール”と言う漠然としたイメージを持ち合わせてはいませんが、例え遠回りであってもゴールに向かっているのなら良いかな?とも思えます。

”ゆっくり歩む者は一番遠くまで行く”

この言葉も比較的沢山引用させてもらってます。
ロシアの諺だそうです。
何かを成し遂げようとすると、イチロウがCMで言っているように、”一歩一歩の積み重ねでしか遠くへは行けない”場合が多いですよね。
彼のように毎日走って、何年間も続けられる人は少ないので、ゆっくりと一歩を積み重ねていかないと必然的に息切れします。

間違えずに積み重ねてゆけばより遠くに行けるのでしょうが、多少間違えて遠回りしてもそれなりに遠くには行けるでしょう?
生きている限り人生は続き、途中で行き止まったりはしません。
間違えたら引き返さないと行けない道だと思うのなら、怖くて踏み出せないかも知れませんが、遠回りになってしまったとしてもゴールに向かっているのだと思えば気も楽です。

歩みつづける限り、人生は続き、ゴールへ向かいます。
回り道もまた喜です。

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