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2010年3月

2010年3月24日 (水)

生き会う

内のお袋の言い方で、粋な感じがする言い方が一つある。(いや、一つなんて言うと臍を曲げられる。)
彼女は、「会う」と言わずに必ず「生き会う」と言う。

末っ子の僕の両親は、もう十分高齢だけれども、その母親も末っ子なので伯父さんたちは、当時働き盛りで、幼い従兄弟達を残して皆戦争に行って帰らなかった。母親は、大好きだった兄達を出征の日に見送って以来、兄弟と生き会うことは無かった。硫黄島やインパールに行った伯父さんたちの遺体は戻らなかったので死んで会う事も無かった。

だからだろうか?
彼女は、久しぶりに人に会うと「生き会えて良かった」と本当に嬉しそうな顔をする。

母親の実家の長男の嫁であった千恵子伯母さんは、何時も、何時もにこやかに微笑んでいる女性だったが、「戦争が終って10年経っても、夜、物音がすると旦那が帰ってきたんじゃないだろうか?と思うことがそっちゅうだった。」と寂しげに笑いながら言っていた。

今、普通に暮らしていると、それこそ今生の別れのような事は実感が無いけれども、「もう帰らないかもしれない」と肉親を見送ったのが今生の別れになった、それが日常的な現実として存在していた時代に生きてきた人には、「生き会う」事は貴重なのだろう?

先日、同級生の結婚式で九州から来ていたhanaと5年ぶり?(いやまだ4年か?)に偶々生き会えた。彼女が抱いていた娘は、幼いときのhanaの写真を彷彿とさせるような顔立ちで、思わず笑ってしまったが、小さな手がやたらと可愛く見える。仕事の合間だった僕には、ゆっくり話す時間も無かったが、見えなくなるまで手を振っていたのは生き会えた実感からだろうか?

僕も歳をとったかな?

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2010年3月22日 (月)

久しぶりのバイクで温泉

午前中早々にお墓参りが終ってしまって、暇になりました。仕事をする気にもならず、温泉にでも行こうかな?位で走り出しました。

去年軽く事故ってXJR1300を降りてしまった温泉友達が、セローを買ったとか言っていた(それも去年のうちに)のを思い出して見に行きました。でも、居ね~の。バイクが無くて蛻の殻でした。

携帯で何処にいるのか聞こうかと思ったのですが、去年の苦い思い出が頭を過ぎる。去年事故った時も僕が携帯で呼び出して温泉につき合わせたときだったので、居ないなら仕方ないや、と言うことにして一人で行くことにしました。

何時ものように成木を抜けて名栗に向かいます。でも、成木から青梅に抜ける道から、名栗に逸れる峠道の頂上付近のトンネルの中は、あろう事か凍ってます。水が出ているところで、光の反射が違う気がしてシールドを上げてゆっくり走りながら見ると凍ってます。

嘘だろ?

どうせ対向車も来ないので、反対車線の凍ってないところを通ります。どおりでトンネルの中に入ったら異様に寒いわけだ。

名栗に入るとやっぱり寒い。寒いのでちんたら走っていたら、偉い勢いで追いついてきたバイク3台が名栗から正丸トンネルへ抜ける峠道の方に走って行きます。

大丈夫か?日陰で水が出ているところが凍ってないか?

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久しぶりに来た名栗温泉は、午後の日差しが気持ちよく注いでいます。この空間は好きなんだけど、何時も混んでるんですよね。今日は、珍しく空いてましたが、お風呂から出たら座るところが無かった・・・

1時間半ほど、のんびり湯に浸かり、売店で売っていたパック入りの天ぷら蕎麦を食べてちょっとだけ寛ぎます。この温泉、食べものはお弁当だけです。天ぷらの中に春菊の天ぷらが入っていなかったら、多分買わなかった。春菊の天ぷら、と言うより春菊自体が好物の僕は、春菊天の蕎麦と言うだけで、特にお腹が空いてなくても食べてしまいます。まあ、残念ながら、蕎麦は美味しくなかったですが、春菊の天ぷらだけで満足します。

何だかなあ~♪

名栗は近いので、帰りはささっと一時間くらいで帰り着きました。当然、もうトンネルは通りませんでした。

まあ、ちょっとだけリラックスできたかな?(楽)

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2010年3月21日 (日)

PCに向かうのが嫌になるのは珍しい

もう後10日もすれば新しいシステムが立ち上がって?この作業から開放されるだろうか?
職場でもずっとPC(どちらかと言うとWSだろうか?)に向かい、家に帰ってもずっとPCに向かう生活に辟易してきた。

僕にとってのPCは、知識の玉手箱であり、実験場でもあり、思考を深める場所でもある。当然コミュニケーションの道具でもある。だから、PCに向かうことが苦になることは珍しい。

後5日で職場全体に配る運用変更点を纏めなければならないが、導入に向けた仕様の調整も大詰めだがまだ終っていない。もう、うんざり・・・
仕方無くPCの電源を入れても、Keyboardに触りたくもない。重傷だな・・・

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2010年3月14日 (日)

また規制になっちゃいましたね

まあ、あれだけ死亡事故が多発すれば、通行止めになるだろうなあ。
よくバイクで峠を走る僕ですら、そこまでやったら、ちょっとのミスで死ぬぞ!って感じで走る連中が沢山いたので、昔のように二輪規制になるだろうか?と思っていました。
以下、青梅警察署のページから、12月15日からだから、今頃何言ってんだよ!って感じだね。(笑)

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奥多摩周遊道路の二輪車通行禁止規制のお知らせ
https://www.keishicho.metro.tokyo.jp/anket/oku_kisei.htm

趣旨 : 奥多摩周遊道路では、平成19年6月以降、奥多摩から五日市に向かう下り坂方向で二輪車による5件の単独死亡事故が発生しているほか、二輪車関与の重大事故が頻発していること、一部の二輪車による危険な走行が一般交通に危険、迷惑を及ぼしていることなどから、交通の安全を図るため、山のふるさと村入口交差点から都民の森交差点方向への二輪車の通行を禁止するものです。

規制区間 : 山のふるさと村入口交差点から都民の森交差点までの間(片側)約12.6Km
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この区間、走って一番楽しい区間だけど、特に都民の森側の下りは道幅も狭いし、あのスピードじゃスリップダウンでもガードレールに叩きつけられるだろうし、ガリガリやったら死ぬだろう?って道に僕には思えます。いや、まあ、何処の峠道でもサーキット紛いに攻めれば、ちょっとのミスで死ぬんだけど、奥多摩は車も多いので、そう言った意味でも危ない。

オートバイメーカも、もっと沢山サーキットを作れば良いのにね。あまり本格的なコースじゃなくて良いからさ。比較的低速のコースでエスケープゾーンがあれば、死なずに済む事が多いんだし、自走で行ける敷居の低いサーキットなら、金が無い連中や、臆して行けない連中も行けるだろう?
福島の恵比寿サーキットがやっていたような事は、良かったんだけどなあ。

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2010年3月11日 (木)

エンゲル係数が低いのにも色々ある

小学生の時、「エンゲル係数が高いのは、貧しい証拠」のような事を学んだ覚えがある。でも、現代のそれは、それは必ずしも所得の高低とは相関しないように思える。

我が家のエンゲル係数は、かなり低いようである。でも、それは僕の稼ぎが良いわけではなくて、単に食事が粗末なだけ、と言うのに最近気が付いた。

出てくる食事は、品数の豊富さ、食材の値段、調理の方法、どれを取っても如何なものかな?と思えるものばかり。いやいや専業主婦をしてるんだから、もうちょっとどうにかならないものかな?なんて事も思うには思う。でも、決して口に出すものではないけれども・・・

我が家の男共は、皆食が細めである。嫁さんが頑張って?作っても、結構食べ残す。しかも、稀に旨いものが出来たときでも「旨い」と口に出すのは、少なからず気を使っている僕だけである。

作り甲斐が無いのだろうか?

我が家のエンゲル係数を上げるのには、嫁さんの作り甲斐を与えるしかないのかも知れない。
息子共よ、もっと「旨い!」と言って、嫁さんを唆すんだ!

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2010年3月 6日 (土)

縁談の仲介の役どころの悪さ

今年初めに、今年もう38歳になるのに結婚してない親戚が居るのだが、誰か良い人は居ませんかね?と話が来た。ちょうど今、僕の実家の方に住んでいて、暫く間はそちらの方で仕事に就くので、そちらの方で誰か良い人が居たら紹介してもらえないだろうか?と言う話だった。
僕自身は、実家を離れて長いので、母親と姉に釣書を送って頼んでおいた。程なくして、「母親から気に入ってくれた人が居たから、身上書を送るね。」と電話があり、明後日には身上書が届いた。(いや、あなたの娘を縁談に出すわけじゃないんだから、気合入り過ぎだろ?)
届いた身上書を先方に渡して、「良くも悪くとも返事してあげてください。」とお願いしておいた。もう、それで終わった話だと思っていた。
昨日、母親から電話があり、「全く連絡が無いけど、釣書を交わしておいて連絡も無いのは失礼にも程がある。」と僕が一方的に怒られた。
早々、相手先に連絡を入れてもらったところ、
「一足違いに返事が来た方とまだ一度会ったきりで結論が出ていないためにお返事できずに居た。のんびりした奴で連絡もせずに失礼いたしました。未だに1回しか出会っていないようなので、結論を出すに至っていない。また同時進行できるような人ではないので、決着を付けてから話をしたいとか言っております。非常にのんびりしておりますので、もしお気にいらないなら断わっていただいても結構です。そのくらいゆっくりした話でも気長に待つといわれるなら、それはそれでありがたいことです。宜しくお伝えください。」との事。

いや、幾らなんでものんびりしすぎだろ?と思いながら、母親に電話を入れた。当然のように小言を山のように言われ、「こんな話、紹介するんじゃなかった・・・」と後悔した。

研究職の間では、「結婚すると研究できなくなる」と言われている。

実際に結婚すると、「家庭を顧みずに研究に没頭して、母子家庭になる」、もしくは、「家庭に縛られて、研究がお留守になる」のどちらかのようです。そもそも、両方を器用にこなすような奴は、もっと若いうちに結婚している。どうも日本だけに限ったことではなさそうだが、研究畑に短期実績主義が蔓延してきてからは、こういう傾向が強くなったように思う。

家庭を捨てて実績を追うか、研究を捨てるか、の二者択一を迫られるような状況が研究畑にはある。確かに以前の実績を上げようが上げまいが、給料と研究費は出てくるような状況は問題があった訳だし、改革が進んで実績を上げない研究者は研究所に居られなくなった。

でも、どうだろうか?

科学研究は、ある意味優秀な頭脳を持つと思われる研究者達の犠牲の上に成り立っているとも言える。彼らは晩婚で子供が居ない、もしくは結婚すらしないのだ。

これって、ジリ貧にならないか?

先の縁談の彼も研究所に居て、実績を上げるのに日夜努力しているのであろう。多分のんびりしている訳ではなく、急がしいだけなのだ。でも、例えば僕の母親のように女学校を出ただけで、現状の研究環境を知らないような人達には、唯の世間知らずの失礼な奴としか見られない。

不景気で汲々としているこのご時勢に言うのもなんだが、日本は科学技術大国なのだ。先々の科学技術開発が無くては国自体が立ち行かなくなる。箸にも棒にも掛からないような研究課題にお金を出すのは唯の無駄だが、優秀な頭脳を持つであろう研究者達がきちっと子育てをしながら研究を全うできるような環境を整えなければ、日本はやがて科学技術立国の名を捨てることになる。

資源がない日本では、知的財産しか売るものが無いのだ。現状の政治を見ていると、10年後20年後のビジョンを聞いてみたくなる。願わくは、20年50年と言った長期的なスパンの中で国の体制を整えるような事を考える政治家が出てきて欲しいものだな、と思う。

と、偉そうな事で締めくくっては見たけれど、久しぶりに母親に小言の山を食らって、あまりの縁談の仲介の役どころの悪さに、ちょっとくらい文句を言いたいだけなんだ・・・

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