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2011年3月

2011年3月20日 (日)

エネルギーの事をちょっとだけ考えてみる

今まで漠然と考えてはいましたが、東北関東大震災の後の福島原発の問題で、漠然と考えていたことを纏めてみる気になりました。
今後のエネルギー政策を考える上で、私見を書いてみます。
水力発電、火力発電、原子力発電、風力発電、太陽光発電、波力発電、地熱発電等の様々な方法で日本全体だと1億キロワット位作っているんでしょうかね?

エネルギーは何かを犠牲にしなければ造り出せません。人間が生み出せるエネルギーは、筋肉の収縮で生み出される動力と熱だけです。それすら他の生物を食べることで生まれます。
電気と言う大変使いやすいエネルギーを得るために、水力発電、火力発電、原子力発電、風力発電、太陽光発電、それらに携わった人達の犠牲や環境破壊と共に見直しがされて来ました。

小学生の時読んだ黒部第4ダムの水力発電所建設の物語は、感動的な話でしたが大きな電力を供給するために山を崩し多くの人命の犠牲を伴うものだった筈です。これで関西地区の電力の安定供給が得られたのだろうと思います。(関西地区だけでは無かったかもしれません。)

火力発電にしても多くの油田事故、石油タンクの爆発、発電所火災等、何か事故がある度に人の命が奪われ、環境が犯されてきました。今回の大震災で多くの被災者が居るのでまだ注目されることはありませんが、二箇所の製油所が爆発事故を起こし、大量の汚染物質を撒き散らしました。

原子力発電は言うまでもありませんが、エネルギー変換効率の点からも事故さえなければ環境破壊の点からも高効率な発電方法ですよね。ただし、一度事故を起こすと大きな損害が長期に渡って降りかかります。

これまでに、誰も死なずに済むようなエネルギー開発は無かったように思います。

風力発電は、具体的な人的犠牲の事象を知りませんが、風力発電のプロペラが発する低周波の音波は、どうも体に悪い可能性があることも解って来ました。(可能性であって、まだ良く解りません。)

太陽光発電も具体的な人的犠牲の事象を知りません。太陽光発電は、特に日本では砂漠のような大規模な大電力施設を造るスペースがありませんが、大量の屋根があります。政府がエネルギー政策の一環として、各家庭の屋根からの集電設備を備えれば、大電力も賄えるようなことになるかも知れません。少なくとも今は家庭で使う分は、その屋根で賄えるようになれば環境破壊の大きい発電方法を減らすことが出来るかも知れません。

映画のインデペンデンス デイで銀河を渡り歩いて資源を貪り続けながら旅をするタコのような地球外生物は、星の資源を奪う略奪者として描かれていますが、これってこれまで地球に対して人間がしてきたことそのものですよね?地球に住む生物にとって、人間は新参者であるのに星の資源を好き勝手に奪う地球外生物のようなものでしょう?

大きな戦争がないまま熟成が進んだ先進国は、やっと地球から多くの資源を奪いすぎたことに気が付きました。地球温暖化と思われる気候異変に初めて現実的な問題として認識されたので、やっぱり人間中心の考え方であることには変わりませんが、地球環境を守る事が人間が長く地球に住み続ける方法の一つとの共通認識として形成されたことには大きな意味があると思います。

大震災が起こるまで、地球温暖化の防止の為に地球温暖化ガスを出さないエネルギー源として世界的に原発は注目されてきました。首都圏の電力不足を補うために、点検中の火力発電の起動、運転中の火力発電所の出力アップなど、温室効果ガスを出さないために制限が掛けられていた筈の発電所が大活躍です。

被災した地域の復興方法も含めて、国として今後のエネルギー確保をどう進めていくか、そのためには国民が何をすべきかを本気で考えてゆかなければならない事態になったのだと思います。国家予算の何倍もの貯蓄を持つ国です。間違いなく復興できるでしょう。ただ、復興の仕方は考えたほうがいい。地震は必ず来ますので、今後大きな被害を出さなくて済む国づくりが必要です。

失敗から得られる事は多いので、まだ福島原発も停止できていませんし、これまでに出してしまった放射性物質の問題もクリアされていませんが、日本も始めて原発事故を経験して、多くの知見を得たと思います。この事故で得た知見を今後の日本のエネルギー政策、世界の原発の安全性向上の礎として欲しいものだなと思います。

追:今回どんな放射性物質が出てきたのか解りませんが、主に出そうな核種の半減期を書いておきます。放射線取り扱いと言う学問を学んでから、かなり時間が経ってしまっているので、きちっと覚えていないのですが、多分このあたりが問題になったと思います。
123I(ヨウ素)    13.1h    EC,γ
125I(ヨウ素)    59.7d    EC,γ
131I(ヨウ素)    8.04d    βー,γ
137Cs(セシウム) 30.174y βー

126I(ヨウ素)    13d   β-,β+,EC,γ(これは出ないかも知れません。)
137mBa(バリウム) 2.55m IT,γ(137Csはβ壊変をして、これになったと思います。古いノートを見て書いたので曖昧ですみません。)

y=年、h=時間、d=日、m=分、EC=軌道電子捕獲(結果としてβ-とγを出します。)、IT=核異性体転移(結果としてγを出します。)簡単に書いてしまいましたが、複数の崩壊方法を持つ核種は、それぞれその確率とエネルギーが調べられています。

ちょっと厄介なのが、125Iと137Csですが、その主な理由は半減期がちょっと長いことでしょうか。でも、長いということは、分裂して電離放射線を出しづらいと言う事でもあります。それから生物学的半減期なんてものもありますが、これ以上の放出が止まってくれればそんな心配もないでしょう?

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2011年3月18日 (金)

原子炉はエンジンブレーキの無い車みたいなもの

これは、小学6年生のときの僕の原子炉に対する理解でした。大雑把過ぎますね。でも、今問題を抱えて現場の作業員達を梃子摺らせている福島原発1号炉の沸騰水型原子炉の構造を科学百科事典で読んだ時の僕の理解です。
チェルノブイリの黒鉛を減速材に使う、原子炉の上蓋が開いて、運転中でも燃料棒の交換が出来ると言う画期的?(構造に関する問題の結果は、皆さんご存知のレベル7の事故です。)と思われる、型名は何だっけ?
それから、軽水炉の構造は読んだような読まないような、大人になってから知ったような気がします。沸騰水型は、考えてみれば軽水炉そのものなのですが、他にも色々な型があったと思います。
今は、もうちょっと理解があるのですが、まあ、ブログなので昔の理解で書こうかと思います。子供だったので、何かに例えて覚えるのが常でした。

制御棒がアクセルのようなもの。全部抜けば全開です。半分入れればアクセル半分くらい。全部入れればアイドリングのような状態になります。普通の車は、アクセルを戻すとエンジンブレーキが掛かりますが、エンジンブレーキが無いから、アイドリングで少しずつスピードが上がっていってしまいます。

冷却装置は、ブレーキのようなもの。海水との熱交換で冷えた蒸留水を原子炉内に戻して、スピードが出過ぎた時にブレーキをかけてちょうど良いスピードを保つのに使います。

緊急炉心冷却装置は、非常ブレーキのようなもの。(略語は忘れました。)地震とかがあった時に一気にブレーキを掛けて車を止める装置です。

非常用冷却装置は、電気が無くても冷却できる大きなラジエータのようなもの。一気にブレーキが効くような事は無いけど、その内止まる。当時は、すげー動力が無くても冷却できるんだ、くらいにしか思っていませんでした。今回解った事で、この装置は車スピードを落とすほどの冷却容量は無かったようです。アイドリングで車が加速してゆかないよくらいの冷却容量しかなかったようですね。これは、ちょっとショックでした。

それから、使用済み核燃料がきちっと冷えるのに3年も掛かるのは知りませんでした。なかなか冷えないのは知ってましたがね。

今回の事故では、津波でブレーキが全部壊れてしまったので、アクセルは全閉になったけどアイドリングは止まりません。僅かに残った非常用冷却装置では、容量が全然足りなかったようで燃料棒が露出する羽目になってしまったようです。

ちょっと緊張感が足りないのですが、まだ外壁が何も崩れていないときに、小学生の時誰も居ない家の広縁で少年少女科学辞典を読むのが日課だったのを懐かしく思い出したので書いておいたものです。
今は、耐圧の高さと出力、燃料棒の構造、核分裂、熱中性子の制御、熱交換などなど、小学生の時には想像もしなかったような理屈で動いているのも知っていますが、まあ、それは置いておいて、原子炉の完全停止と作業員の無事を祈ります。

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2011年3月17日 (木)

どちらが正しくても放射性物質の大量拡散が起これば日本は潰れる

最近、この問題に一番切り口が興味深いYOMIURI ON LINEに以下の記事が載ってました。

「政府と東電すれ違い、作業員退避巡り押し問答」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110317-OYT1T00148.htm?from=main6

双方の言い分のどちらが本当の事なのかは解かりませんが、チェルノブイリと同程度の放射性物質の大量拡散が起これば(チェルノブイリのように黒鉛火災が起こらないので、そういうことにはならないだろうなとは思います。)、20km圏内は永久居住禁止区域、200km圏内は立ち入り禁止区域になるでしょう?100万人規模の難民発生、国際的な信用は失墜、国内生産停止、首都機能麻痺、国債償還不可能等など、連鎖的に崩壊して日本は太平洋戦争敗戦時と同じような状態になるでしょう?それでも60代から上の年齢の人達が頑張って復興したから、今の日本の繁栄があります。だから、彼らの努力を無にするような事になってしまっては困ります。彼らに二度も絶望感を味あわせたら可愛そう過ぎます。

仮に政府の言うことが正しくて、東電の社長が「撤退」を決めたのだとすれば、あまりに認識が甘すぎる。石原都知事が言うように「我欲」が国を滅ぼしたような状況でしょう?

個人で1,000万円以上の義援金を出す人、大量の食料を無償提供する人、タンクを空っぽにしてまで被災者に無料給油するスタンドの経営者、数億円レベルで支援を始めた企業、損失覚悟で電力事情に協力するために操業を停止する企業等が報じられる中で、保存の効く食料の買占め、燃料の買占め、円高を進める投機筋、災害地泥棒、災害詐欺等と、正に我欲の人たち。

天罰と言ってしまっては、被災した人に申し訳なさ過ぎるけれども、日本に課せられた試練なのでしょうかね?

これまで、国民の自主性を尊重して緩く民意を形成するような政治形態が望ましい、と言って来ましたが、半ば強制的に国のあり方を将来的に考えて、教育を変えて、と戦後にアメリカ軍が進めたようたような日本改造を進めないと駄目な国なんでしょうかねえ・・・

それでも、略奪、暴動のような事にならない国民なので、世界的に見ればまともな方なのだろうとも思います。

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「政府と東電すれ違い、作業員退避巡り押し問答」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110317-OYT1T00148.htm?from=main6
から全文を転載しました。

 東日本巨大地震で被災した東京電力福島第一原子力発電所(福島県大熊町、双葉町)の事故を巡り、政府と東京電力にずれが生じている。

 政府と東電による「福島原子力発電所事故対策統合本部」は、菅首相が本部長だが、首相官邸ではなく、東京・内幸町の東電本店に設置され、海江田経済産業相や細野豪志首相補佐官が常駐することになっている。政府は海江田氏らを「東電に対する事実上の『お目付け役』だ」と位置づけており、不信感の根強さが透けて見える。

 14日に起きた2号機の燃料棒露出を受けた対応でも、両者はすれ違った。

 14日夜、東電の清水正孝社長と枝野官房長官、海江田氏が電話で連絡を取り合った。政府側は「燃料棒露出を受け、東電側が作業員全員の撤退を申し出てきた」としている。これに対し、東電関係者は「一時退避はあっても、撤退ということはありえない」と反論する。

 政府側は、作業員が全員退避すれば原発の制御は不可能になると受け止め、「事態を沈静化させることは可能だ」として引き続き作業にあたるよう求めたという。清水社長は15日午前4時過ぎという異例の時間に首相官邸に駆けつけ、首相と対応を話し合った。この点についても、東電関係者は「首相に呼ばれた」とするなど、主張は大きく食い違ったままだ。

 社長が引き揚げた約1時間後、今度は首相が東電本店を急きょ訪問した。「撤退などあり得ない。覚悟を決めて下さい。撤退した時は東電は100%潰れる」と部屋の外にまで響き渡る声で幹部に迫った。

 首相と16日、首相官邸で会談した笹森清内閣特別顧問によると、首相は「福島原発が最悪の事態になった時には東日本がつぶれることも想定しなくてはならないが、(東電は)危機感が非常に薄い。自分は原子力には詳しいので乗り込んだ」と語ったという。一方で、自民党の石破政調会長が「日本の最高指揮官が現場に行って実情を知悉(ちしつ)しないまま発言するのは差し控えるべきだ」と指摘するなど、首相の過剰反応だという見方も出ている。

 首相の訪問直後の15日午前6時過ぎには、2号機で大きな爆発が発生した。現場の判断で原発内で作業していた東電社員や関係企業の約800人のうち約750人の退避が決まったが、約50人は注水作業などのためにとどまった。

 「東電はじめ関係者は、原子炉への注水に危険を顧みず、全力で取り組んでいる」

 首相官邸に戻った首相は一転、東電の対応を評価するメッセージを発表した。

 不信感から生まれた対策本部だが、16日には本部に集約した情報を基に自衛隊ヘリによる注水方針が迅速に決まるなど、プラスの側面もあった。政府は今後も、事故が深刻化した場合に作業員を含む国民の安全をどう確保するのか、高度な判断を迫られることになる。

(2011年3月17日06時59分  読売新聞)

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2011年3月15日 (火)

やっぱり決死隊だよね

YOMIURI ON LINEで「被曝の恐怖、余震…真っ暗な建屋で決死の作業」http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110315-OYT1T00701.htm

昨日の民法のテレビ番組で、キャスターが「バルブを開ければ耐圧容器の圧が下げられるのが解っているのに、何故直ぐに空けに行かないんでしょうね?一体何をやってるんでしょうね?」と言っているのを聞いて、”行けるもんならお前が行って開けて来い!中の放射線量が高ければ、バルブを開けに行った奴は死ぬんだぜ!”と毒づいてしまいました。

停電しているのですから、格納容器を被うコンクリートの壁と格納容器の間では懐中電灯の明かりしか無いはずです。トラブルで閉まってしまったのだから、行ったところで簡単に開くとも限りません。格納容器の外側ですから、当然放射線量も尋常じゃないレベルが予想されます。また、開けた途端に耐圧容器の中の高レベル放射性物質が出てくるので直ぐに出てこないと拙いでしょう。

今回、400mSv/hだったので放射線宿酔で済んだが、もうちょっと放射線量が多いとか、もうちょっと作業が進まず長く居たら自力で出てくることも出来なくなっていただろう?彼は、この後癌の発生や白血病、甲状腺腫瘍、寿命短縮、白内障などの晩発障害と闘わなくてはならない。

もう海水を入れてしまったので廃炉は決定的だが、内圧を下げる行為は耐圧容器内の放射性物質を外に出してしまうし、かといって爆発させてしまったらチェルノブイリのように作業に残っている800名の東電職員、消防隊、自衛隊を一気に死なすことになるし、原発の近辺は人の住めない所になってしまう。

放射線作業従事者の許容被ばく線量限度は、5年で100mSv未満、ただし1年で50mSv未満であるけれど、現在残って作業している人達は、既に許容限度を超えている可能性が高いと思えます。彼らは、ある意味決死の覚悟で作業しているのですよ。

有名なキャスターが責めるように勝手なことを言っているけど、”好きな事言ってんじゃね~よ!”とやっぱり毒づいちゃいますよね。

YOMIURI ON LINEでは、何時まで掲載されている解りませんので、全文を転載させていただきます。

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 高濃度の放射性物質の放出が続く福島第一原発。

 放射能汚染の恐怖と闘いながら、決死の作業が続く。15日朝に大きな爆発が起きた2号機。東電や協力企業の作業員ら800人が水の注入作業を行っていたが、爆発に伴い、「必要最小限」という50人を残し、750人が一時、現場から離れた。被曝(ひばく)を避けるため、放射線量が高くなると作業を中断しなければならない。15日午前、隣接する3号機付近で観測された400ミリ・シーベルトの環境下で作業できる時間は15分が限度。津波による被害で、停電も続く。照明がつかないため真っ暗な建屋内で、作業効率はあがらない。余震が続く中、津波警報で作業の中断を余儀なくされることもある。400ミリ・シーベルトを記録したのは、作業員が携帯する放射線監視装置だった。

 12日午後、高圧になった1号機の格納容器内の蒸気を逃すための弁が開放された。格納容器に亀裂が入る最悪の事態はまぬがれた。その弁を開ける作業にあたった男性は、100ミリ・シーベルト以上の放射線を浴び、吐き気やだるさを訴えて病院へ搬送された。

 もともと、この作業では、大量の放射線を浴びる危険があった。このため、1号機の構造に詳しいベテラン社員である当直長が作業を担当。「タイベック」と呼ばれる特殊な全身つなぎ服とマスクを身につけ、手早く弁を開けたが、10分超で一般人が1年に浴びてもいい放射線量の100倍にあたる放射線を浴びた。

 経済産業省原子力安全・保安院によると、同原発で注水作業に当たる東電職員らは約70人。緊急時対策室でポンプなどを制御しつつ交代しながら格納容器付近の現場で活動している。

 中央制御室で監視できる計器も、被災後、故障し計測不能なものがある。遠隔制御も不能で、原子炉冷却のために弁を開く作業も手作業するしかない。福島第一原発は1971年に1号機が稼働した古い原発で、通路などが狭く作業しにくいことも足を引っ張る。

 注水が進めば原子炉内の圧力が上昇し、炉の崩壊の危険性が高まるため、弁を開いてガスを外部に放出しながら進めなければならない。ガスは放射性物質を含むため、放出自体は最小限に抑えなければならない。東電の担当者は「バランスをみながらぎりぎりの選択の連続だ」とため息をつく。

(2011年3月15日20時01分  読売新聞)

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2011年3月14日 (月)

各国からの支援や励ましは有り難い

アメリカ軍の早急な救援展開、53カ国からの災害救援隊、敵対関係にあるロシアからのLPG供給の増加指示など、直接的な救援以外にも、中国紙の「日本人には道徳の血」市民の冷静さを称賛、米各紙、日本人の「がまん」「地震への備え」に注目、英紙インディペンデント・オン・サンデーのがんばれ日本、がんばれ東北」の1面エールは、嬉しい限りです。

ちょっと残念な状況は、地震が起こったニュースが流れた途端に株価が下がり、円高になったことでしょうか?株が売られるのは、自分の資産を守るための仕方のない措置かも知れませんが、円高は日本への送金の為に円が買われる事を目論んでの措置ですよね?これって、人間としてどうよ?と思います。人として恥ずかしいことなんじゃないの?と思います。

今は、津波に遭った人達のより沢山の方々の無事を祈るばかりです。(友達とその家族が、津波の映像で写された地域に住んでいます。)
また、出来るだけ早い日常生活の確保に向けた取り組みがされることを期待します。
僕は、細々であっても寄付等で支援をしてゆきたいと思います。実家を含めた親戚の多くが被災していますので、そちらの支援が先になってしまうかも知れませんが、TSUTAYAのポイントを寄付に回すなどのプログラム等を利用していきたいと思います。

また、福島の原子力発電所の1~3号機が無事に収束してくれる事を祈ります。原子炉に海水を入れることは、実質的な廃炉を意味しますので、大量に発生する放射化されているであろう構造物の廃棄を考えると苦渋の決断であったろうと思われます。さらに代替となるような原子炉を新たに作ることも今後難しくなることでしょう?
今後我々は、電力確保の為にどうして行くのか選択を迫られることになるでしょう。このまま収束することが出来れば、これだけの大災害においてもレベル4で済んだとみるか?これだから原子力発電は駄目だ!とみるか?によって今後の政策に影響を及ぼすのだろうと思います。

僕自身は、非常用のディーゼル発電機が海水に浸かって全滅した中で、バッテリだけでよくやっていると評価してしています。原子炉の中を直に見ることは出来ませんから、モニターと間接的な現象の評価でしか原子炉の中の状態を知ることは出来ない筈です。(僕の知識が足りないかも知れません。)作業に当たっている人達が大きな被爆で犠牲にならないように祈ります。(原子力研究所の研修等で知り合った知人達が頑張っている可能性もあります。)

命を落とされた方々のご冥福をお祈りいたします。

また、家族をなくされた方々にお悔やみを申し上げます。

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2011年3月 6日 (日)

日の出三ツ沢つるつる温泉にまた行きました

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吉野街道の梅郷と言う街で、梅祭り、なるのものをやってました。この街、いや、里と言った感じですが、町中のいたるところに梅ノ木があり、あちこちで梅の花が咲いています。メインストリートのところが会場になっているようで、遠めに神輿のようなものも見えました。梅干の里だそうで、買いたかったかも?と思いましたが、あまりの人出で止めてしました。

この後、ぼ~っとしてたのか、道を間違えて、適当に方向感覚だけで走っていたら、何となく三ツ沢温泉入り口の交差点に出たので、曲がりました。ここから約6kmくらい上流にあります。この沢に入ったら、日差しは暖かいのですが、空気が冷たくて、山陰になっているところの路面の色が違う所が怪しい。この気温で凍っていてたまるか、と思いつつも気持ち悪いのでゆっくり行きます。

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生涯青春の湯つるつる温泉です。今日は、生涯青春号を見ました。相変わらず、何がどう生涯青春なのかちっとも解りませんが、まあ、良いでしょう。

今日は、男湯が生涯青春の湯でした。露天は木の部分がつるつるです。何人も転びそうになっています。注意書きがあるけど、これだけ滑ると、注意してても滑るよね。つるつるになるのは肌だけで良いんだけどな。

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約1時間ほど浸かって、お腹が空いたので、パノラマ食堂に行って見ました。誰も居ません。う~ん・・・・

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掻き揚げざる蕎麦を頼みましたが、これは暖かい方の掻き揚げ蕎麦の方が良さそうでした。天ざるでも感じるのですが、蕎麦と天ぷらって、温かい蕎麦にのせて掛けそばにするから美味しいと思うんだけど、ざる蕎麦で頼むと、いつも天ぷらとざる蕎麦を別々に頼んだような気分になります。何か合わない感じが何時もします。

野菜の掻き揚げも、手打ちのざる蕎麦もそれぞれには美味しかったのですがね。

お腹も一杯になったので、寒くなる前にそそくさと帰ってきてしまいました。往復大体100kmくらいですかね。

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2011年3月 4日 (金)

これで恩に報いたと思って良いだろうか?

彼は強面故に大体の人には近寄りがたい存在だったし、正しいと思うことに真っ向勝負で挑む不器用さ故に敵も多かった。そして僕は若造の癖に散々意見をして、何度も彼を怒らせたけれど、人間として彼の事を嫌いじゃなかった。
だから、必ず彼の名誉となるような落としどころを見つけるようにしていたし、彼の損になるようなことには徹底的に反対して、彼を怒らせた。
彼もそんな僕を理解してくれていたのだろうか?色々な仕事をさせて貰って、良い経験を積ませて頂いた。今ある僕の能力は、彼のお陰であることは疑いようがない。

でも、僕は彼の恩にちゃんと報いていただろうか?
同じ職種であれば、もうちょっと違った、そう、例えば全面サポートのような事も出来たかもしれない。でも、歳の差もあったと思うけれども、何となく線を引いたような、ちょっと距離を置いたような態度を取っていてしまったような気がしていた。

彼が亡くなって、赴任したての時に彼が語った当時は夢のような事を去年やっと実現できた。副社長であった彼の庇護が無い状態で、色々なセクションを説得して行くのは、想像を超えて大変ではあったけど、時代の流れの後押しを借りて、何とか漕ぎ着ける事が出来たのは、彼のお陰で築けた信用、面識故に僕の話を聞いてもらえたからだろう。

亡くなって7年、彼とちょっと距離を置く僕は、彼に寂しい想いをさせてしまっていたのではないだろうか?生きている間に何故もっと彼の為に力を尽くさなかったのだろうか?と言う想いがあって、墓参りにも行けずにいた。でも、やっと彼の夢の一つを実現することが出来て、気持ちの整理をつけるために墓参りに行ってきた。

お墓は、明るく開放的な海を見渡せる山の中腹にあって、僕の鬱蒼とした気持ちなんか軽く吹き飛ばしてしまうようなところだったせいか、まるで親の墓参りでもするかのようにお墓の掃除をして花と線香をあげたら、何だか急に肩の荷が下りたような、妙に懐かしい気分になってしまった。

墓参りをして4ヶ月、”彼は何故僕を育てるような事をし続けてくれたんだろう?”と言う想いが残る。彼の夢を後押しさせるため?いいや、そんな事はない。彼はそんな打算的な人じゃなかった。今更そんなことが解る筈もないのだが、この先何をして行けば、彼の恩に報いることが出来るだろうか?

先生に”もう十分だよ”と言って貰えたら、もしくは、僕が”これで恩に報いた”と思うことが出来たなら、心置きなく辞めることが出来るんだろうに・・・

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