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2011年7月22日 (金)

現実を生きる

現実を生きる

現実は、常に反現実を参照する。反現実とは、理想、夢、虚構である。(反現実の解説は、見田宗介の見解を借りている。)
大澤真幸が不可能性の時代と言う本の中で述べています。(本の中では、不可能性の時代を説明する一つのキーワードであって、「現実の中の様々な「意味」は、その反現実との関係で与えられる。」と書かれています。ですから、彼がその本の中で述べている事は、僕がこの後に書いているような事ではありません。僕は、唯キーワードを借りただけです。)
こう言う小難しい言い方は、簡単な言葉に置き換えてやるとイメージが湧きやすいですよね。

何を持って現実に不満を持つのでしょうか?不満には何かしら対比するものが必要です。それって大概自分の夢であったり、理想であったりすると思います。自分の思い描く夢だとか理想と照らし合わせて、現実がそれとは似つかわしくないと思うことが、現実に対する不満の根源ですよね?現実を生きることは、特に努力は要らないのかも知れませんが、何かしらを追い求めるのなら、その何かしらが夢であったり理想だったりするのかと思います。自分の思い描く理想なり夢が、現実を生きる方向性を与える物です。そうですね、例えば羅針盤のようなものです。こんな風に例えるなら解りやすいでしょうか?(虚構の説明まで入れると纏まりそうに無いので止めておきます。)

1st.GIGのタチコマの家出、映画監督の夢と言うエピソードの中で、映画監督との会話の中で少佐が「どんな娯楽も基本的に一過性のものだし、また、そうあるべきだ。始まりも終わりも無く、唯観客を魅了したまま手放そうとしない映画なんて、それがどんなに素晴らしく思えたとしても害にしかならない。夢は現実の中で闘ってこそ意味がある。他人の夢に自分を投影しているだけでは、死んだも同然だ。(監督:リアリストだな。)現実逃避をロマンチストと呼ぶならな。」と言った言葉を覚えていますかね?
リアリストとの対比として語られていますが、娯楽の世界から出てこない、例えば引き篭もりや一部のオタクと呼ばれるような人達の現実的には無意味な知識を同好の志達のみの中で共有するような行動は、ある意味現実逃避であるとも言えます。それが、夢なり理想なりを追う手段の一つであるならば構わないのですが、現実と乖離してしまっては有害なだけです。

現実の中で闘う行為、努力なんて言葉でも良いかも知れませんが、それは、夢や理想に向かうプロセスと言っても良いかもしれません。それが現実を生きることそのものなんだろうと思います。

僕は、他人に対して批判的な物言いはするが、決して自分の言葉で語らない人が嫌いです。まあ、自分に自信が無いのかも知れませんが、何故ならそれは、決して何も生み出さないからです。批判は簡単に出来るけども、建設的な意見やアイデアを出すのは簡単ではありません。自分の言葉で語るの意味は、自分の考えやアイデアを出すことです。
以前のコメントのやり取りの中で、ブログを書く人≒満たされない人+表現する人と言った流れにしてしまいましたが、良いんじゃないでしょうか?満たされないことで努力を怠らないのであれば、それは紛れも無く現実を闘っているということですし、ブログの中で自分の考え方やアイデアを書くこと自体が自分の言葉で表現することですから。つまり、自分の言葉で語ること自体が、現実を生きることだと考えられます。

「人生においては自分自身が主役」なんて言い方を良く聞きます。通常、物語は、主役が夢に向かって進んでいくとか、冒険するとか、悩み葛藤するとか、ワクワクしたり、感動したり、共感したりするようなストーリーだから、見ていて楽しいのですよね?主役が脇役の夢に憧れるような姿を描くストーリーは、きっと見ていても楽しく無いと思うのですが、どうでしょうかね?

人生は何時終ってしまうのか定かではありませんので、必ずハッピーエンドになるとか、夢を叶えるとか、理想を具現化してしまうとか、そう言ったところまで努力し続けられるとは限りませんが、先に行って見ないと解らない。しかも人生は一回しか与えられていませんし、間違えたところまで戻ることも出来ません。また、途中から先を見通せるわけでもありません。
他人の夢に自分を投影するのも、まあ、その人の人生だと言えばそうなのですが、それって楽しく無さそうですよね?
僕は、夢を描いて、現実とのギャップをどうやって解消してゆくかをワクワクしながら考えてゆくのが楽しいですかね。そして、その中で何かを生み出せたら、最高にハッピーだな、なんて思うのですが・・・

ああ、そう言えば、理想とも夢とも言い難いですが、僕の現実を生きるプロセスの原動力は、知識欲です。そしてこれまで生きてきた中で、何かを生み出せたのかどうかは、結構色んな事をしてきましたが、流石にこれはあまり自信がありません。(僕のリアルネームで検索を掛けると結構色々なものが出てきます。)

書き終えて読み返してみると、何だか、何を言いたいのか解りませんね?
書き始めたときは、大きな夢を持たない自分の行動プロセスを、夢と現実を対比させることで定義付けしたい、と思って書き始めた筈です。書くことで思考を纏める、何時もの僕の行動パターンです。大体何時も脱線しまくりますがね。(笑)まあ、大方、現実逃避を批判しているようです。

僕はかなりのリアリストらしく、TVゲームが嫌いです。シミュレーションのような現実に試すのが難しい事を仮想で試すようなものの有用性は高いですので、その為のコンピュータテクノロジーを進化させるためのTVゲームの価値は感じますが、特にストーリーを追って行くようなゲームをやること自体が無意味であるとか思っちゃったりします。だって、そのストーリーは誰かが考えたものあって、ゲームの中でどんな選択をしたとしても、開発者の想定した範囲を超えてストーリーを展開できる訳ではないからですよ。自分でストーリーを組み立てるから楽しいのですよ。

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