« 色数が多ければ良いってもんじゃ・・・ | トップページ | 自らを奮い立たせる »

2012年7月31日 (火)

医療に対する勘違い

以前、東京女子医大で医療事故とミス、隠蔽工作が混ざった事件が行った時、新聞の一面に「医療の安全神話は崩壊した」と言う大見出しが載った。それを見た医療従事者は、「医療って何時から安全になったんだろう?」と思った事だろう。

人の体にメスを入れるのだから、危険が無い訳がない。そもそも、人の体も病気も解らないことだらけ、挙げ句にその人の体も病態も千差万別。安全な筈は無い。

放って置いたら死んでしまいそうな患者さんが居て、解って無い事だらけでも何とかしないと死んでしまうのが予想されるなら、医療は何かしらしなければならない。

特に救急における急性期や急変時などは、開けてみないと解らないような状態もあるし、血圧が下がっていて時間的にCTが精一杯なんて事はざらだ。そんな状態でも治療しなければ死んでしまう。安全な筈も無い。

最近、妊娠時の検診に一度も来ずに、いきなり来院して生ませろと言う人が沢山居て困っているらしい。そういう人に限って費用を踏み倒す人が多くて大変らしいのだが、それは別な話。

我々が子供の頃やそれ以前では、産後の肥立ちが思わしくなくてとか、産後直ぐ母親が危篤になりとかで母親の居ない子供が少ないがいた。今考えれば、妊娠中や出産時の合併症や、胎盤癒着による出血死だったりするのだろう。まともな血液検査も出来ず、超音波すらなかった時代では、出産時にどんな危険性が孕んでいるのか何も解らなかったろうから、助けられなかったのだろう?

現在、超音波は高精細な画像を出すし3Dの動画すら撮れるようになって来たし、MRIも息止めで有意性を持つ画像を出せるようになった。また、微量な血中物質の解析も進んで、その変化が何を意味するのかも知見が出てきている。出産前に起こりそうな事態の一部を予測できつつある。

しかし、妊娠や出産時には驚くほど多くの合併症が存在する。しかもそれは、左程多くない。つまり、起こりそうな合併症を全部調べたらコストばかり嵩んでしまうという意味になる。もう一つ厄介なことは、妊娠中は胎児に与える影響を考慮して、あまり検査が出来ない。

安全を期すと言って、全身隈なく検査しないと迂闊に妊娠も出来ないなんて馬鹿な事はなかろう?そんな事をしても殆ど無駄になるのだ。だから、検査による知見が得られているものを全部行っても危険性を排除できないし、そんなことをしたらコストが掛かり過ぎる。

それでも危険性が具現化すると大騒ぎをする。

数年前に東北の方で、出産に絡む事故で医師が始めて刑事訴追を受けた。医療行為自体が刑事訴追の対象になることが無かった理由は、その行為自体が大きな危険性の上に成り立っているのを知っているからだ。知らないのは、知らずに騒ぐメデイアとそれに踊らされる市民だけだ。

結局それで損をするのは誰だ?

|

« 色数が多ければ良いってもんじゃ・・・ | トップページ | 自らを奮い立たせる »

独り言」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 医療に対する勘違い:

« 色数が多ければ良いってもんじゃ・・・ | トップページ | 自らを奮い立たせる »