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2013年3月16日 (土)

アーロン・スワーツ氏の訃報

朝、PCを立ち上げたら、こんなニュースが飛び込んで来ました。

「ネットの天才」の死が問いかけたもの 情報独占との闘争
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO52716520S3A310C1000000/?n_cid=DSTPCS003

と言う記事を目にして悲しい気分になりました。
彼は、若者らしい正義感を持って、コンピュータアーキテクチャ、ネットを一つの文化として捕らえていただろうか?

オープンソースを語る人は、古くから沢山居る。ネットワークの黎明期にモザイクを作った研究者達の目的は「情報の共有」だった。

ネットがインフラになった現在、一括りの利用法だけが正しい訳ではないが、利用するポリシーは必要であろう?

最近、殆どの学術論文が、年会費1万円~3万円を払わないと読めなくなっているし、PubMedですら読めるのはAbstructだけで、Full PaperはPDFダウンロードで、20ドルくらい掛かる。

あまり沢山の学会に入っていない僕ですら、年間に支払われる学会費は10万円を超える。それも、研究者登録されていない僕は自腹である。

社会には、国の助成金で行われている研究が沢山有る。私企業の助成金である種の契約に基づく研究なら、その成果はその企業のものと言って良いかも知れない。でも、国の助成金の場合は、どうだろうか?

研究成果は、人類の宝で有るとも言えるし、お金を出したところの財産で有るとも言える。国がお金を出す理由は、広く公共に資する研究活動を支えるためとかの理由で税金が使われているから、主に公共とは国民を指すものであるから、その成果は国民のものであると考えられる。一方、他国の助成金での研究成果は他国のものとも言える。多国共同出資の研究(今ならCERNのヒッグス粒子の発見なんてのはそれに当たるだろうか?)は、少なくてもお金を出した国には広く伝えられるべきであろう。

OpenOffice.orgが行っているように、情報の利用法を明確に示せば良いのかも知れない。個人情報保護のように何でもかんでも保護だったり、一部のハッカー集団のように何でもオープンと言う訳にも行かないだろう?

研究成果の公開度は、何処の研究に拠るものなのか、何処のお金での研究なのか、明確にして公開度を決めれば良い。
その作業自体は、研究機関のパテントを扱う部門がきちっとやれば良いのだ。当然国の助成による研究機関なら、国民には公開しなければならないだろう?

まあ、参照者の権限の設定と言う難問は有るのだけど・・・

ロバート・スワーツ氏の訃報を見て、ネットが第5の戦場と言われるようになった現在、今後、国家権力とハッカー達の戦争は、その戦争の記録情報の信憑性すら疑って掛かる必要を感じました。何が正しい事実なのか知る手立てがなくなりつつ有るように思います。

ロバート・スワーツ氏のご冥福をお祈りします。

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