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2013年8月

2013年8月25日 (日)

思考は言語構造の影響を受ける

日本人の特技の一つに様々なものを受け入れて新しいものを生み出す能力がある。

古くは大化の改新の頃から、他国の文化を取り入れて独自のものへ発展させてきたらしい。

日本語は外来語を取り込みやすい。動詞であれ名詞であれ形容詞であれ、普通に日本語の中に混ぜて話しても違和感はない。(まあ、美しい日本語かどうかは微妙だか…)

人の記憶と言語は密接に結び付いていることは、敢えて論じる必要はあるまい。

同様に言葉をベースに理論を組み立てるなら、それはネイティヴな言語を用いる。(僕のイメージで理解する脳は、脳裏に浮かぶイメージに言葉を割り当てて行くように思考されるので、それ故にこの話には自信がない。)

思い切っり日本人の僕なら、間違い無く日本語を用いる。

記憶も思考も日本語で構成されるなら、それらは言語構造の影響を受けるのではないか?

日本人は文化において宗教的は制限を受けることがほとんど無い。
日本人が受け入れている宗教は、信者に無闇な強制を強いないから、日本人は言動も行動も概ね自由である。
残念ながら、社会通念と言った横並び意識と言う厄介な空気はあるが、強制力は僅かだ。

社会による制約も無く、思考に用いられる言語は柔軟なのであれば、グローバルな情報が可能になっても、日本において必ず独自の発展をさせてしまう。

日本語圏って言っても良いかも知れないけど、日本語を使う国は日本しかないから、ほぼ同義だけどね。
ガラパゴス化は、日本人にとって必然なのかも知れない。
ああ、でも日本に住んで日本語で思考するなら、ガラ携は素晴らしいと思うんだけどなあ…

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2013年8月10日 (土)

動くシケイン

元々はクラブの連中が遅いけど道を譲らない鬱陶しい奴らに付けた造語だが、街中には動くシケインが大量に居る。

先日、日経ネットで、彼らを称して”スマホに支配された人々”と書いていた人が居たが、スマホを見つめながら歩道を自転車で突っ走っている女子高生などは、迷惑を通り越して危険行為だよね。

以前、都内で信号待ちで並んでる人の中に10tトラックが突っ込んで、みんな逃げたから無事だったが、ヘッドホンをしてゲームをやっていた若い男性が気付かず轢かれて死んだ。

同じようにネット依存の高校生が国内に51万人とか、栄養失調とかの健康被害が発生しているとか、使用料の金銭トラブルとか、人間関係の悪化とかの記事を読むと、この国は大丈夫か?なんて思う。彼らはこの先どうやって社会生活を営むんだろう?

内の子供達のように通学途中でも散策気分で道草しまくっているのもどうかと思うが、街中にあっても木々に触れ風音に耳を傾ける姿は、我が子ながら羨ましい生活を送っている。(呑気なもんだ^^)

内の子供達に取ってスマホは、ただの道具であり、熱中する対象ではないようだ。因みに電車の中では本を読んでいるそうだ。人さまに迷惑を掛けていないようで、その点は安心できる。大学生なのに学業に勤しんでいるように見えないのは些か心配ではあるが・・・

さて彼の動くシケイン達、階段でも同様にスマホに支配され続けているようだが、踏み外して病院に運ばれて来ないようにね。自業自得の範疇に入るとしても、来たら助けなくちゃいけないし、障害者になったら社会が面倒を見なくちゃならない。いや、それ以上に本人のその後の人生が悲しいものになる。

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