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2013年8月25日 (日)

思考は言語構造の影響を受ける

日本人の特技の一つに様々なものを受け入れて新しいものを生み出す能力がある。

古くは大化の改新の頃から、他国の文化を取り入れて独自のものへ発展させてきたらしい。

日本語は外来語を取り込みやすい。動詞であれ名詞であれ形容詞であれ、普通に日本語の中に混ぜて話しても違和感はない。(まあ、美しい日本語かどうかは微妙だか…)

人の記憶と言語は密接に結び付いていることは、敢えて論じる必要はあるまい。

同様に言葉をベースに理論を組み立てるなら、それはネイティヴな言語を用いる。(僕のイメージで理解する脳は、脳裏に浮かぶイメージに言葉を割り当てて行くように思考されるので、それ故にこの話には自信がない。)

思い切っり日本人の僕なら、間違い無く日本語を用いる。

記憶も思考も日本語で構成されるなら、それらは言語構造の影響を受けるのではないか?

日本人は文化において宗教的は制限を受けることがほとんど無い。
日本人が受け入れている宗教は、信者に無闇な強制を強いないから、日本人は言動も行動も概ね自由である。
残念ながら、社会通念と言った横並び意識と言う厄介な空気はあるが、強制力は僅かだ。

社会による制約も無く、思考に用いられる言語は柔軟なのであれば、グローバルな情報が可能になっても、日本において必ず独自の発展をさせてしまう。

日本語圏って言っても良いかも知れないけど、日本語を使う国は日本しかないから、ほぼ同義だけどね。
ガラパゴス化は、日本人にとって必然なのかも知れない。
ああ、でも日本に住んで日本語で思考するなら、ガラ携は素晴らしいと思うんだけどなあ…

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