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2014年1月

2014年1月30日 (木)

労使抗争のようなものだったようだね

冷凍食品の農薬混入事件は50年前位の高度経済成長期の始めの頃、まだ日本が貧しかった頃の労使抗争を想起させる。

利益追求の為の賃金カットに怒った労働者が、搾取を図る企業に対して抗議活動をした、って所だろうか?唯抗議活動に取られた方法は、無関係な人達に対する犯罪行為だけどね。

何かアイデアがあると、それを実現しようとして様々な方法を取るわけだが、その方法を見ると動機や性格が透けて見える事が多い。
お題目は”誰々の為に!”なんて唱えても、その方法は”ちっとも誰々の為になって無いよね。”って事はザラにある。
方法を選ぶ時に目的よりも動機が優先されてしまうからそんな馬鹿な方法を考える訳だが、そもそもの動機が自分の為だから、バレないと思ってるのは本人達だけの見え透いた方法を考える。単に馬鹿なだけと片付けても良いけど、ある意味社会的迷惑行為だから、放って置くわけにもいかない。

今回の農薬混入の舞台となった会社でも、自給を上げて手当てをカットする、正社員は下げずに立場の弱い契約社員だけの給料を下げるような一見目に付きにくいような賃金カットが原因と思われる。外面は賃金アップに見えるけど、内面は賃金カット、見え透いた手だよね。結果として農薬混入が起こり社会に迷惑を掛けた。社長とこの拙いアイデアを出した管理職の辞任は当然だろう?

食品の安全に関する議論は、結局のところ製造原価と販売価格の差が問題であって、この差が小さい=利益が小さい事が材料偽装や労働争議による異物混入などに繋がる。
こんな事が色んな所で起こるのは、物と対価のバランスが悪いのだ。社会が変革期にある時には必ずバランスが崩れるものだが、今起こっているアンバランスが一時のものでないとすると、社会は間違った方向に進んでいる可能性がある。

一時の安さと将来の健康を計りに掛けるなら、まあお金に余裕があるなら、高いけど間違いのない食品を選ぶのだろう。
間違いがあるのに高く売ろうとする輩を排除する方法は必要だけど…

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2014年1月24日 (金)

何もしない罪

何もしない罪

昨日、永遠のゼロを読んでそう思った。

紹介されている話は、どこかで聞いたことがあるような話しが多くて、以前読んだ事があったろうか?て思える程だったが、それは太平洋戦争の軍部の拙い話や新聞の今も犯し続けてている罪に付いて僕自身が既に十分な知識を持っていたからだろう。
ここで特攻の事を書く気は無いけれども、あんな事をさせる奴は狂っている。彼らこそが戦犯と呼ぶに相応しい。

もう一つ、それは今も続いている日本人の拙い文化だが、何もしない罪だ。
恐らくは永らく続いた武士の時代の悪しき慣習と利益享受者達の馴れ合いが昭和初期に一番拙い形で現れたのだろうが、時代が時代なだけに悲劇になった。
誰も死にたくは無い。何かやって失敗すれば腹を切らされるけど、何もしなければ職を追われる事は無い。
人生一度のミスは切腹で家ごと免罪の文化は、失敗を恐れる文化になったと思われる。
またそれは、腹を切らせてご和算にし、原因調査を疎かにする文化だったろうか?
先の失敗を恐れる文化は、利益享受者同士では次に自分がやった時の免罪符の代わりに責任追求の温さに繋がる。ともすれば、失敗の隠し合いになる。
近年のすぐ思い出される事例は、薬害エイズだったり、原子力行政だったりするのだが、僕が知らないだけで幾らでもあろう?先の二つの事例は、相も変わらず未だに責任追求がきちんとされていない。
原因調査委員会とか出来ても、何故か個人の不作為に対してメスを入れない。何だか責任追求をしないのが美学のような印象も持つ。
結局ちゃんと原因究明されないから同じ事を繰り返す。何も変わらない。
新聞も一時騒ぐけど、遅々として進まない原因調査や対策に飽きて、継続的な記事としない。何かするにはお金が掛かり、予算とそれを取り巻く法律に縛られて、数年で済めば早い方かと思うほどである。でもその頃には、何の話だったのかも忘れ去られている。
だから、あんまり真面目に責任追求しても、既に誰も注目しない。
特に民放に属するメディアは、売り上げの為には何でもする。そして飽きられないように次から次から新しい話題だけを提供する。

日本人の飽きっぽさには、何時もビックリさせられるけれども、これはメディアが齎した災禍なのではないか?

戦争の災禍は悪い官僚主義と事の本質を報じない新聞が齎したものと思えるが、それらは60年経っても変わらない。
軍は命令と言う狂気で人々に災いを齎し、新聞は売り上げを伸ばす為に人々を熱狂させる。熱狂は軍を後押しし、巨大な災禍になる。そしてその責任は人々が馬鹿げた死をもって負わされる。まるで虫けら扱いだ。
僕自身も大人になって、叔父さんが死んだインパールがそんなくだらない作戦によるものだったのかと知って腹が立つ。三人の叔母さん達が、未亡人になり、その後十年経っても物音に旦那が帰って来たのではないか?と思ったらしい。それらを強いた連中が戦後真っ当な職につき、優雅な生活を送っていた場合などは尚更腹が立つ。

何かしないと拙い事になるのが解っていて何もしないのは罪だ。
今すべきは、悪い官僚主義とメディアの責任追求だろう。

(官僚がする事は決して悪いことだけではなくいい事もあるのだが、こう言う場合メデイアは悪いことしか拾わないですよね。それも一つの罪と考えます。)

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2014年1月19日 (日)

退き際の美学

近年の代表格は、中田英寿かな?
著名な医師で教授の定年と共にすっかり後進に道を譲り、世界女医会会長から、各学会の役員やら全て辞めた人を知っている。

それぞれの職には、役目がセットで付いている。役目を果たせなくなった時が退き際なのだ。それまでに後進を育てるのもその役目の一つだが、何時までもその職にしがみつこうとするのは、役目を果たしていない証拠のようなものだ。

最近、小泉さんが細川さんを都知事に押そうとしているが、お二人が政権を執っていた時に経済は大きく下げた事は記憶に生々しい。
またぞろ、折角盛り上がって来た経済に水を注そうとしているのか?

お二人が後進を育てたのかどうかは知らないけれども、ここは後進に道を譲って、楽な隠居生活でもしていて貰いたいものだ。

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2014年1月15日 (水)

教育方針なんだろうが…

そこで育った卒業生を集団として見ると、根拠の無い自信を持っていてプライドは高いが力は無い。世話を焼かれ過ぎてる事を、抑圧されて自由が無いと勘違いしている。当然言われてからやるのに慣れてしまっていて、反発心が強く自己主張が高い割には自主的には動けない。
学園長は生徒に夢を語るから、夢は見てるが自主的に努力しない。

中学生や高校生の分別で学園長の話を聞くと素晴らしいと思うらしいが、大人の分別で聞くと経営判断を優先した無責任な発言に思える。
学園としては、一年に一人位面白い学生が育てば良いのだし、進学成績は特別進学クラスの連中が稼いでくれる。他の生徒は授業料を納めてくれさえすれば良いのだ。夢さえ見させ世話を焼けば、学校任せで録に子供を見ない親には面倒見が良いと思われる。

一方、学校は全然生徒の世話は焼かないから、生徒は何でも自主的にやる。大学受験の世話も焼かないから、三年生で自主的に目覚めて勉強し始めた生徒以外は浪人する。卒業生には四年制高校とか言われている。でもここの高校卒の連中は、社会に出てから必要な仕事は言われなくても自分で始める。

僕には、後者の方が正しいと思える。

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2014年1月 8日 (水)

カラー

特定の集団には、必ずカラーがある。
その集団に属する連中に取っては、それぞれに色は違うと反論を受けそうだが、外から見れば概ね同じ色に見える。点描画のようなものをイメージして貰えば解り易いだろうか?近づいて細かく見れば、黄色とか青色が混ざっているが、ちょっと離れて見れば緑色に見える。

もう一つ、同じ色の中でも微妙に色が異なる場合もある。
例えば、深緑色と黄緑色は違う色だが、概ね緑色だ。もっと細かい事を言えば、クロームグリーンとカドミウムグリーンは彩度が異なる位の差だが、異なる色であり、値段も違う。でも同じ緑色だ。

我々は黄色が欲しい。青色は面白そうだ。でも、緑色は要らない。だから、緑色の微妙な違いはどうでも良い。黄緑色や青緑色は、多少可能性を感じる事はあっても、結局は間違いの無い黄色や青色を選ぶ。

採用試験などでちょっと触れた位では、概ねの色しか解らない。選んだ人間の出来は、採用者の評価に繋がってしまう事が多いので、結局みんな冒険しない。結果は黄色だらけで面白みの無い集団になる。でも採用試験なんてそんなものだ。
しかし、それではお互いに不幸だからあれこれ考える訳だが、結局素直で学ぶ力のありそうな人間を採用して育てる方を選ぶ。それが黄色を選ぶ理由であり、集団が黄色だらけになる原因でもある。

ちょっと話が脱線したが、ある理由の元に同じ色が集められる、もしくは、教育を受けて同じ色に染まる、そうやって集団のカラーが決まる。
同じような色が集まっているために縦の動きには強いが、横の動きには弱く、新しいアイデアは生まれにくい。

今の日本の集団が正にそんな感じに見える。
想像力が高い面白い集団を作りたいなら、異業種を取り込むか、最初から集団が白く見える程色々な色を選ぶしかない。

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2014年1月 5日 (日)

Honda RC1000V ですか?

CYCLE WORLDにConcept Modelとしてこんなのが載っていました。
http://www.cycleworld.com/2012/12/04/honda-rc1000v-concept-bike/

Hondarc1000v

December 4, 2012の記事ですが、う~ん、本当に出たら買ってみましょうか?

CBR1000RR SPが$17Kでしたが、これは一体お幾らになるんでしょうね?(笑)

追伸:どうも噂によると、このバイク、最低でも1,200万円だそうです。

絶対、買えない・・・^^

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