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2014年2月 8日 (土)

戦争とテロの使い分けは書く人の勝手な歴史認識?

戦争とテロの使い分けは書く人の勝手な歴史認識?

Forbes 北朝鮮に無関心 オバマ大統領への警告 2014/2/6 7:00
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0500A_V00C14A2000000/
「次のパールハーバー、次の9.11同時多発テロ、あるいはロサンゼルスを火の海にできるような兵器を現在開発している国家」と書いて、イランと北朝鮮に対する弱腰のオバマ大統領を批判している。

Claudia Rosettと言う人が寄稿している記事だが、”パールハーバー?”
太平洋戦争を肯定する気は更々無いが、”ハノイ空爆”や、”アフガニスタン侵攻”、”イラク侵攻" と ”パールハーバー”との違いは何だろうか?
9.11同時多発テロをイスラム教世界とUSAと言うキリスト教世界の戦争と見るのか、単なる過激派のテロと見るのか?

イランや北朝鮮の核ミサイル開発とアメリカ攻撃を国家対国家の戦争と見るのか、専制君主の暴走と見るのか?
国家権力や武力による権力は、権力者の玩具ではない。
国民の居ない国家はありえない。国防は国民を守る道具であって、権力者を守る道具ではない。
また、主君のために命を掛ける国民は居ない。その結果齎されるかも知れない家族の幸福のために命を懸けるのだ。何処の国と言う訳ではないが、”将軍様のために”なんて国民が叫んでも、実際にそんな事を思っている筈もないし、そんなことを叫ばなくちゃならない状況は近代国家とは言いにくい。

戦争は国民を守るためであり、テロは一部の人間の主張を守るため、”ハノイ空爆”や、”アフガニスタン侵攻”、”イラク侵攻" は国家の利益を守るためと考えることが出来ようか?
狭義においては幾らでも細分化出来ようが、広義においては人の殺し合いで変わりがない。

歴史に対する認識は、どこでどんな教育を受けたかで全く異なるようだ。戦後の日本では、殆ど昭和20年頃の授業が存在しない、もしくは、教科書の最後の方に在っても授業が遅れて其処まで進まない内に年度が終わるから授業で学ぶような事はない。だから概ねの日本人は近代史を自分で勝手に学ぶ。当然、学ぶところも教材も多様になるから国民の認識も多様だ。
一部の政治家の歴史認識を海外の新聞は、さも日本国民の歴史認識のように書き立てるが、それは大きな間違いだ。

60年経ってもパールハーバーをテロのような位置づけで語られ続けられてしまうのは、僕の歴史認識や戦争や侵略に対する認識からはちょっと違和感がある。パールハーバーをもって卑怯者のレッテルを貼られるのは当時の日本大使館の職員の怠慢が原因と色々な書物で読むが、未だに言われ続けてしなうような失態だったと解釈すれば、A級戦犯とは違った意味でA級戦犯並みと言えるだろうか?

何れにせよForbes に寄稿するようなライターが、未だにこう言う認識なのか?と思う。
あるいは、西洋でも人々は多様な近代史感を持っていて、先の日本の政治家と同じように多様なものの一部を見ているだけかも知れないが・・・

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