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2014年4月

2014年4月28日 (月)

船を編む

船を編む

今日「船を編む」を見た。

良い映画を見ると何時も劇場に見に行けよと思うが、そもそもこの映画を知らなかった。TVで見たのだが素晴らしかった。日本アカデミー賞に相応しい。

十数年もかけて辞書を編纂する話は、映画で描くには長すぎる。物語を全部描く必要は無いが、これらを断片的に描くのは、見る者に想像を促す。だから、如何に切り取るかが作り手のセンスなんだろう?この映画を作った人達のセンスは素晴らしい。

言葉は細菌のようなものと思える。生きるために絶えず多様に変貌し、生き残ったものが繁殖する。美しい日本語を愛する人達は多様性を否定しがちだが、今時を生きる若者達がそんなことを気にするとも思えない。言葉は勝手に進化して、新たな言葉を生み出し辞書の厚みを増やしてゆく。

Wikipediaのような電子辞書は初期の頃から比べれば随分と作り手の介入が入るようになったが、言葉と同期するように勝手に増殖する。正しくない説明が横行したから介入が入るようになった訳だが、それは美しい日本語を庇護する人達と同じようなものに思える。

今時の情報は正しいか否かを読者が判断しなくてはいけないが、概ねの人達は情報の正誤、真意を確かめもせずに鵜呑みにする。論文の正しさを検証する研究者たちとは大きな差だなと思う。

どんなものにでも行き過ぎには必ず調整が入る。だから、多様性は爆発する前に必ず調整が入る。言葉においては差し詰め飽きられて使われなくなる事がそうであろうか?でもその前にあまりに乱れると調整が入りそうでもある。今時のほぼ意味不明な言葉の反乱には何時誰が介入を入れて来るだろうか?(ちょっと脱線しすぎだ。)

映画を見ていて、一々手作業せずにデータベース化して比較はコンピュータにやらせれば?と思っていた。その方が確実で速い。でも、言葉は人が使うもの故に、人が手作業で行うから辞書に作り手の気持ちを宿すことが出来るのだろうか?

まあ、いずれにしても辞書を引かない奴には無縁な話だなと思う。きっとそういう人達にはこの映画は退屈なのかも知れない。

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2014年4月23日 (水)

報道は民主主義の血液

何時ものように日経電子版に

[FT]ミャンマー、ジャーナリスト抑圧相次ぐ事態
2014/4/23 7:00
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2202B_S4A420C1000000/?n_cid=TPRN0005

なんて記事が載っていた。

日本の民主主義は、自ら勝ち得たものではないためか、日本人は総じて民主主義の有難さを知らないように感じる。

普段このブログでは報道の倫理観の欠如に対して文句を言っているけれども、それは報道は民主主義にとって重要なものなので自滅するような行為は慎んで欲しいと思うからだ。

割とまっとうな民主主義国家に生きる日本人には、戦前の不幸を歴史として認識している。言い換えればその時代を生きた人が少なくなってしまったが、他の国家体制を身を持って知らずに済んでいる。

韓国の旅客船沈没における職業倫理の欠如などは、我が国においても無縁ではないが、日本人は概ね公徳心や公共心が強い。

ウクライナの親ロシア派住民?の武装立てこもりとか、日本なら”何故そこに銃がある?”と思えるような平和と秩序が日本にはある。歴史上の日本は幾度も住民が武器を持つことを禁じて来たので、住民が武器を持つ習慣が無い。だから、日本で行われるデモは悪くて怪我人が出るくらいだし、近年は流血騒動になったデモを知らない。

欧米をはじめ先進国と呼ばれる民主主義国家では、概ね国家体制が国民を弾圧するような事は起こっていない。それらの国家は封建制から民衆が勝ち取ったものだから、その意味が受け継がれているのかも知れないが、明治維新の時には国家が欧米に習って、戦後はアメリカの意向によって作られた民主主義ではあるけれども、日本人も既に100年以上を民主主義国家で生きている。
アフリカ、アラブ、アジア、東欧を見ると、日本人にとって当たり前と思える民主主義と言う国家体制は、世界的に見れば希少な国家体制なのだなと思う。

性悪説とかを支持するものではないが、概ねの人は権力を得ると私腹や体制を維持するために権力を使い始める。当然それは自分たちに都合の悪い勢力を排除する方向に作用するから、それらを監視する必要があり、機関であれ個人であれ報道は監視機構となる。

報道の精神とも言える国民の知る権利と表現の自由は、民主主義体制を維持するのに必要な血脈とも言える。ちょっと前には大騒ぎだった国家秘密保護法も今は騒がれていないけど、運用を間違えると国民の知る権利と表現の自由を奪う悪法になりかねない。国を守る良い法律になるのか、国民の権利を封じる悪い法律になるのかは、今年一年が正念場だろう?

報道機関は、自らと国民、民主主義を守るために国家秘密保護法の運用方法に目を光らせて欲しいものだなと思います。
”もうワイドショウネタとしては飽きられちゃったから”なんて理由で追わなくならないように願いたい。

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2014年4月22日 (火)

八方塞がり

何時も相手の立ち位置を考えて施策を巡らしているとどうやっても上手い落とし所が見つからない事がある。

相手の気持ちを考えずに効率優先で決めなくちゃならない事も起こる訳だけれども、それだと相手は恨みを持つ。
もう二度と相手にしないのであればそんな方法ありかも知れないが、世間は狭い、何時何処で竹篦返しを食らうか解らない。増してや此からも相手にしなければならないなら、そんな方法を取る訳には行かない。

一つの物事の捉え方は人様々である。同じく人物の評価も人様々だ。
誰ならこう捉えるだろうとか、こう感じるだろうとか、この人とあの人が絡むとこの問題は絶対紛糾するとか、解ってしまうと落とし所を探す作業はとんでも無く難しい。
いっそ相手の気持ちが解らない奴なら簡単なのだが、なまじ解ってしまいから面倒臭い。
複数の部門に跨り、多数を相手にしなければならないなら、それは数独のSuper Hardより余程難しい。しかも正答も無い。

やれやれ困ったもんだ。単にデータを相手にしているだけなら、相性とか心変わりとか、損得勘定とか気にする必要も無いんだがなあ…

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2014年4月16日 (水)

鬱を血液検査で調べる

Nikkei電子版にこんな記事があった。

社員の「うつ」、血液で見抜く 早期発見へ  2014/4/13 7:00
http://www.nikkei.com/article/DGXNZO69636370Z00C14A4X11000/

この子は鬱なんじゃないか?と思っても、それはなかなか言い出しにくい。
現在の診断は精神科医に頼っている訳だし、精神科受診の敷居は高い。わざわざ心療内科なんて科名まで作って、本人の僅かな自覚の背中を押して、受診を促す。それは間違いなく社会の役に立つ。

会社には、相変わらずパワハラ、セクハラ、公私混同が横行し、職員の精神を病ませ、免疫力を下げ、病気を増やし続けている。
早めに治療を行い社会復帰が可能なら社会的な貢献度は凄く高い。
パワハラ、セクハラ、公私混同を繰り返す連中は鬱をサボりだと思っているから、彼らに判らせる為にも数値は重要だ。彼らは持論を通す為なら医者の診断書すら疑うから、ぐうの音も出ない数値に救われる人は多いだろう。

現在の所、保険も利かないから、利用するには敷居が高いが保険償還されれば多くの人を救うだろう。是非速やかなキット開発をして、それこそ健康診断に取り入れられるようなところまで行って欲しいものだ。

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2014年4月 3日 (木)

携帯ゲームを作った奴は損害賠償ものだな

携帯ゲームで世の中を変えて見せると言っていた奴がいて、実際に世の中は変わった。
凄いかって?
とんでもない!
大馬鹿野郎だ!

世の中には、迷惑行為を繰り返しながら時間を浪費する連中が蔓延している。

やるやらないは個人の自由だから、作った奴には責任はないか?
そんなことはない。
責任重大だ。

彼や彼らのために日本や世界中で失われる機会損失は一体何兆円になるだろう。

僕も少額投資家だったりする訳だが、彼や彼らの会社には一切投資しない。むしろ機会があったら潰してしまいたいと思っている。

まあ、世の中の携帯ゲームで潰したいほどの時間が余っている連中が羨ましい気もするが、殆ど何もする事が無いような状況になっても、僕が携帯ゲームに手を出すことは無いだろう。
あれ以上にくだらない事はそうそう無いので、僕はきっと別なものを見つける。

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