« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月

2014年9月25日 (木)

団塊の世代が国を動かしている

ドイツの社会学者グナル・ハインゾーンが「自爆する若者たち」の中で言う”ユースバルジ現象”と逆の現象だろうか?

今の日本では若者がへんな事をしない。しかも社会に出て結構活躍したりする。逆に団塊の世代が変な事をする。

「ユースバルジ現象」と言うのは、15~29歳の若者人口がその社会の全人口の3割を超えると、その社会の中で彼らが能力を発揮できる場がどんどん足りなくなり、若者は自分が活躍できる場を求めて、海外移住、対外侵略、テロ、革命、内戦といった過激な行動に走る現象を言うそうだ。(僕自身は、この本をちゃんと読んでいないので、飽くまで”言うそうだ”。)
世の中には年代ごとに役割がある。60歳前後の人が沢山いて、年代相応の役割にありつけない人が出て来ると、過激な行動に出ると言う事なのだろうか?

振り返って近代史を見てみると、明治・大正・昭和初期の人口増の時代の騒乱は団塊の世代とは無縁だが、安保闘争の頃の学生運動、バブル、失われた20年と団塊の世代が20代、30代、40~50代を迎えた時に起きているように思う。起こった事柄と団塊の世代が置かれた境遇には相関があるのではないか?
安保闘争の頃の学生運動は、「自爆する若者たち」そのままだし、バブル絶頂期は団塊の世代が給料的に余裕が出来て遊び始めた時期だろう。失われた20年は、ポスト不足による活躍の場の消失が原因のようにも思える。

団塊の世代は、現在大量に定年を迎えセカンドライフを生き始めた。彼らは一体何を始めるだろうか?それによって国は動く。

| | トラックバック (0)

2014年9月16日 (火)

歩くルールを作らないか?

 日本人の自動車運転免許保有率は、24年度男性で55.8%、女性で44.2%だそうです。世の中にルールを守らない人達は必ずいて、ひどい運転、と言うか、危険な運転、いや違うな、人に迷惑を掛ける運転(感覚的な迷惑行為では無く、実害のある迷惑運転ですよ)をする人達は少なからずいますが、概ねの人はルールに基づいて運転しています。だから自動車は結構整然と流れている。
 しかし、歩行者や自転車は、無茶苦茶ですよね。自転車は本来軽車両と言う道交法があるけれども、誰もきちっと教えないから、大人でも知らない人が多い。増してや歩行者にはルールも無い。モラルに頼る状態な訳だけれども、学習塾の過激な競争意識の植え付け効果なのか、我先を争う若者が巷に溢れている。良い大人も人の迷惑を顧みない輩が増えた。

 朝晩の通勤ラッシュ時に駅周辺を歩くのはお年寄りにとっては命がけに思える。核家族化が進んで、年寄りと住んだ経験のない若者たちは、ぶつかって転んだだけで寝たきりになってしまう事例が多い事すら知らないだろう。概ねそのまま行ってしまうので、ぶつけた本人は知らないのだろうが、骨折⇒寝たきり⇒多臓器不全や認知症⇒死亡に繋がっていて、因果関係で言えばある意味殺人罪のようなものになるのだ。真面目に介抱して逆にメデイアに叩かれている可哀そうな若者もいる。メデイアはそのまま行ってしまう奴を叩くべきだし、真面目に介抱に向かった若者は、責任ある行動をしたと褒め称えるべきなのだ。

 歩く時もルールを作って小学1年生の時から教えるべきだ。小さいころから道徳の時間で社会規範を教わる子供たちは、アウトローにならなければルールに対して従順だ。きっと電車の乗車待ちの2列や3列に並んで順番を待つように、歩くルールを守るようになる。
 実際の監視は、元気なお年寄り達にお願いして、トラブルになった時に直ぐに大人数に成れるように10m間隔くらいで40名位配置してぶつかってそのまま行こうとする奴のビデオを撮る。後は警察に任せればいい。通勤や通学の人間は簡単にルートを変えられないから、必ずまた通る。その内捕まえられる。やる場所は、不定期に場所を変える。取締りに当るお年寄り達への暴力は心配だが、直ぐに4~5名の元気なお年寄りが集まれば、衆人環視の中で大立ち回りを演じる馬鹿は居ないだろう?それに周りの通行人の応援も期待できるだろう?

 本当は自転車が先だろうな?と思いますが、自転車は既に道交法があるので、年寄りと自転車の事故を見ると教育と執行に問題がありますよね。都内を歩いていると、一番怖いのは自転車です。歩道をどう見ても止まれないようなスピードのまま突っ込んでくる女子高生とかオバサン達を見ると、自転車の無謀運転をする予備軍は着々と育っている訳ですから、自分が年寄りに成ったら都内には近づくまいとか思います。

 いずれにせよ、人相手にやる事に打ち出の小づちのようなアイデアは存在しないので、地道にやるしかないのですよね。

| | トラックバック (0)

2014年9月 5日 (金)

思い込み

人の話を聞く時に、自分で勝手な思い込みを持っていると、幾ら話をしても全く話の内容が伝わらない時がある。
話を聞く最中に”自分の思っていることと違う”と思った時点で全てを排除してしまうようだ。
思い込んだら思考停止、と言った状態なんだろうか?
大体こういう人に話をすると、話の内容ではなく、文句を言われたとだけ記憶される。実際には文句を言ってる訳ではなくてもね。

コンビニに車、従業員1人死亡 大阪、79歳が運転(日本経済新聞電子版 2014/9/5 13:47から、引用)
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO76660770V00C14A9CC0000/?n_cid=TPRN0009

と言う記事が載っていた。何でも「アクセルとブレーキを踏み間違えた」らしい。それでまだまだ未来のある33歳の男性を殺してしまったそうだ。

以前から、こう言う事故が後を絶たない。どうもブレーキを踏んだのに車が加速したら、”踏み間違えてる”と思わずに、”何でブレーキを踏んでいるのに止まらないんだ!”とさらに強く踏むらしい。

リスクマネージメントの世界では、”アクセルとブレーキは、隣り合っており、共に右足で踏む、と言う操縦方法自体に問題がある”と言うだろうか?
バイクは、右手で前ブレーキを握り、右手でアクセルを回す、ブレーキを握ろうとすると自然とアクセルは戻る。左手でクラッチを握り、右足で後ろブレーキを踏む、左足はペダルを上下に動かしてギアを選択する。基本的に全く同じ動作は無い。
仮にアクセルが壊れて、勝手に回転が上がってしまっても、クラッチを切れば動力は切れるし、前ブレーキが壊れたら後ろブレーキを効かせればいい。あんまり強くは掛けられないけど・・・エンジンブレーキも車と違って良く効く。
物凄くやる事が沢山あるので、ボケ防止になると言うのも解る気がする。

このまま話を脱線させたままで続けると、右足を外側に回旋させるとアクセルが開き、そのまま踏むとアクセルが閉じてブレーキがかかるペダルを開発した人が居る。先のリスクマネージメントの観点からみても、素晴らしいアイデアだなと思う。これなら、びっくりして踏ん張ってしまってもアクセルをべた踏みするような事は起こらない。

思い込んで思考停止になってしまっている人に、このペダルのように、アクセルをべた踏みしても事故らないような、良い話し方のアイデアは無いだろうか?
或いは、思考停止になった脳を叩き起こす方法は無いだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »