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2014年10月 1日 (水)

自分を自分として認識するためのアイテム

@ITのコラムでCrazy for life(セイカツ イチバン、IT ニバン)と言うコラムがあって、onoT さんとやらが何やら面白い事を沢山書いています。職場のITを組む仕事に就くようになってから、それまで趣味だったコンピュータアーキテクチャの知識は、仕事の道具になって、その収集はintrestからmustになってしまったためか、彼の話は一々うなずけます。

そのコラムの中にいつも指先に情報をと言うコラムがあって、その中で、コロンビア大学助教授のベッツィー・スパロウ氏がScience誌に載せた「Googleが記憶に及ぼす影響(原題:Google Effects on Memory: Cognitive Consequences of Having Information at Our Fingertips)」と言う論文の中から、「ヒトは自分で書いた情報であれば、書いた内容ではなくて保存場所の方を覚えるし、後で検索できると分かっている情報は、あまり覚えない」というような実験結果の紹介を引用して、「自分が見聞きしたことをみんなにも伝えたい、共有したい。そんな気持ちが指先に情報を宿らせる。ココロやカラダだけが自分なのではない。集めた情報、発した情報の1つ1つもまた自分の構成要素なのだ。だとすれば、ネット、スマホ、ソーシャルアプリはもうすでに、私たちの一部になり始めているのかもしれない。」と結んでいます。

自分を自分として認識するためには、すごく沢山のアイテムが必要です。そんな事考えたことも無いですかね?大丈夫、それで普通だと思います。そんな事をいつも考えている方がアブノーマルです。
でも、こうしてキーボードを叩いている時に見える指先、ギターを弾くために右手だけちょっと長い爪がキーに当る感覚、左前腕のホクロ、思いつく文章、文章を自宅と共有するために使うEverNoteのタグ、引用するコラム、そのどれもが自分を特定するためには必要なアイテムであり、場面が変わればそれらはもっとたくさん出て来る。そしてそれらは自分を決定づけるもの、たとえば顔や声のように既に自分と言う実体の一部と思える、と言う感覚はかなり以前から持っていました。
ですから、このコラムを読んだ時に、同じような感覚を持っている人が複数居ることを知って嬉しくなりました。
過去に何人かに話をしたことがありますが、その度にアブノーマルを見る目で見られていましたから。まあ、だからと言って大した慰めにはならないかも知れませんがね。

”これは僕のスマホ”、”これは僕のノート”、これは僕の・・・”と自分のものと特定できるものは、無意識かと思いますが、あなた自身をも特定可能な物です。あなたのFacebookやTwitterのWall上に載っている呟きやフォロワー、友達など、あなたを特定可能とするアイテムは、仮に実体がないものであっても、すでにあなたの一部なのではないでしょうか?
このコラムを読んで、”そうだね、自分を自分として認識するためのアイテムは、もうそんなところにまで広がってきているんだね。”って思いました。

勝手にリンクを貼ってしまいますが、Crazy for life(セイカツ イチバン、IT ニバン)と言うコラム集は、もう連載が終わってしまっていますが、面白いアイデアが山盛りです。僕は、楽しく読ませていただきました。
http://el.jibun.atmarkit.co.jp/onot/all_entrylist.html

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