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2014年12月

2014年12月31日 (水)

無意識を意識する事は出来ない

当たり前の事を今更と思うかも知れないが、意識をコントロールする無意識についての話しと考えて貰えば良いだろうか?
誰でもそうだろうが、意識のある時に思考する全ての事項について、正確にその出所を特定できる人は居ないだろう?
また、それを論理的に説明できるものではないだろう?

無意識に内包化された知識を元に思考する事は度々ある。むしろ、正確な出所を確認しながら推論するのは論文を書く時くらいのものだ。だから、現在の思考は過去に内包化した知識を基礎として組み立てられ、当然その影響下にある。

近年の情報氾濫は、正しくない情報を蔓延させている。出所の怪しい不確かな情報を鵜呑みにする人たちは、無意識に怪しい情報を内包化し、その影響下で思考する。当然間違えた判断をする事になるだろう。

自分の脳の無意識をコントロールしたいなら、意識的に正しい情報を選択して得る事を行うべきだろう。

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2014年12月26日 (金)

何故自分で考えようとしない?

社会構造やテクノロジーが高度になり過ぎてしまい人々の理解を超えて来ているのか、単に人々の勉強不足なのか解らないけれども、解らないからと言って思考を停止してしまう人が多いのは大問題だ。

最近テレビから消えてしまったが、”みのもんた”がスタッフが調べてきた事をさも自分の知識のように話しているのを見て不快に思っていた。そもそも間違い、もしくは、かなり根拠の怪しい話が多かったせいもあるが、事実関係を自分で確認出来ないような事をよくまあそんなペラペラと喋れるものだと呆れていた。
でも、世の中の反応はちょっと違っていて、””みのもんた”がテレビでこう言ってからそうなのよ、間違いないわ、絶対!”なんて言っているオバちゃんたちが話しているのを聞いて耳を疑った。これって、判断基準が”みのもんたが言っていた”って事? テレビは絶対正しい事を言うと信じているって事? ありえないでしょ?

以前、参政権は納税者だけにしないと国は間違えた方向に行きやすいのでは?と書いた覚えがあるけれども、国を憂い思考を重ねる人達と”みのもんたの言う事"が判断基準の人達が、同じ一票の価値であるとは到底思えない。

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2014年12月22日 (月)

選ぶ方法で真の目的は透けて見える。

ばれないと思っている人が居るなら、その人は相当頭が悪いんだろうな?と思うけど、実際には騙される人が世の中には沢山いるようだ。

”誰々のためにどうしても必要です。”と声高に叫んでも、その方法は”それって、本当に誰々のためになる?”と思えるような事が多い。賛成するか反対するか決めなくちゃならないから、色々と確認してみると”やっぱり、誰々のためにはならない。でもそう言ってる人のためにはなるね。”と言う状況だったりする。”何だ結局自分のためか。”と思って反対すると、しつこく根回しに来るので本当は言いたくもないような反対理由を言わなくちゃならなくなる。そして恨みを買う。くだらない。

世の中には自分で考えない人が沢山居る。メデイアに踊り、被害に遭うと行政を責める。多分自己責任とか言う言葉も知らないんだろう?

巷に溢れる情報は、その重要度と言うファクターを隠してしまいがちだが、情報を正しく読み解く力は、常に考えながら選択していかないと身に付かない。池上 彰さんの新聞を斜めに読む力のようなものを想像して貰えば解りやすいだろうか?あるいは、斜に構える力と言っても良いかも知れない。疑ってかかれとまでは言わないけれども、正しい情報かどうかを調べるくらいの事はしても良いだろうなと思う。

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2014年12月19日 (金)

大義名分では人は動かない

調整能力の低い人が言いだすことが多いけれど、大義名分をひけらかせて、準備が出来ないのや実際には動けないのは管理者の能力不足だとか言い出す。そんな1か月くらいで何とかなったら苦労はしない。職場の上層部は、彼らの間違いが職員全体の人生を左右するのを知っているから、簡単には動けないだけだ。

大義名分で人が動かないのは誰でも知っているだろう?知っていてそれを振りかざすのは、本当はやる気がないだけだろう。責められるから、実際にはやらなくて良いように出来ない理由を見つけて責任転嫁しているだけにしか見えない。
目的が本当にやる事なら、実際に人が動く方法を選ぶべきだ。

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2014年12月15日 (月)

ラブソングは心に届かない

僕にとってもそうではあるけれども、これは僕が言ったことではない。
彼女にとって心が動く瞬間は研究の対象にはなるかも知れないが、自分自身が心を動かすのは未知の現象を解き明かすヒントを感じた時だけなのだろうか。

ラブソングは、自らのEpisodeと重なれば共感を得て心に届くが、そうで無ければ無理性な薄っぺらさしか感じないだろう?
価値観の違いと言ってしまえばそれまでだが、彼女の言った意味は、恋愛は一時の事でありそれが齎すものは一生である、そう言う意味だ。冷静に自己観察出来る女性にとって、同年代の男性との恋愛による情動よりも一生を想像した理性が上回ってしまう、と言う所なんだろう?
味気ないとか簡単な反論が無意味なほど、彼女は現実的なだけなのだ。

以前このブログで、人々の知性がもっと上がって、この国の問題の現実的な解決案を出せる時が来るのを希望すると書いたと思うけど、この国には彼女のような理性が必要だ。是非とも母親になってその理性を子に託して欲しいなんて思う。
残念ながら日本では、そう言った女性ほど晩婚で、子供を産めない環境に居ることが多い。少子化対策は、子供を安心して産める環境を作ることから始めるべきだろう?誰にでもばら撒くことではないだろう?

いかん、最後は本題と外れてしまっている。

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2014年12月14日 (日)

アクセスの無い日が3日続いたらサイトを閉めようと思っていましたが・・・

僕自身がBlogに求めていた機能は、Evernoteが全て引き受けてくれてしまっているので、Blogを続ける理由が無くなってしまっています。未だに30~50位のアクセスがあるので、見に来てくれる人がいる内は忘備録的に書いている文章を載せ続けようかと思っていました。
先日ココログのアクセス数を見たら0が並んで居て、”おっ!閉めてもOKか?!”と思ったのですが、次の日に見たら0が二つ並んでた日に普通の数字が並んで居ました^^
ココログのサーバエラーだったのですかね?
考えてみればサイトをOpenしてから、アクセスが0の日は一度も無かったので、この基準はそうそう満たされそうにありません。
僕は急に死んでしまうような危ないことが好きですので、このBlogにもLast Pageを時限的に書き込んであります。それは概ね3か月後になるように調整されていますので、Last Pageが表示された時は3か月くらい前に死んでしまったと言う事になるでしょう。
ココログは、どの位Administratorのアクセスが無くなると閉めるのか解りませんが、たぶんその期限がこのサイトを閉める時になるんでしょうね。

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2014年12月 7日 (日)

自分の見ている世界だけが現実の世界ではない

言い方が悪いか?
自分には、極一部の狭い世界しか見ること出来ない。
と言った方が良いだろうか?
固定した視野では、上も下も右も左も、ましては後ろなど見える筈もない。もっと謙虚になった方が良いよ、と言いたいだけなのだ。
自分の周りの人間を自分の視野で見て、自分より劣っているとか勝手に判断して偉そうな態度を取る若者が居る。でも、他の視野で見れば、君の方が劣っている部分が多い。先輩は先輩なりに色々学んできているのだ。それに君の同輩も君より優っている部分がちゃんとある。君のその自信は、所謂、根拠の無い自信なのだ。狭い視野の中で、勝手に根拠があると思いこんでいるだけなのだ。

最近、若い人と面談をする機会が凄く多くなったが、彼らが語る話は物凄く視野が狭い。ただしその話からは物凄いエネルギーは感じる。それが若さだと言えば確かにそうなのだが、僕の役目は彼らを育てることなのだ。
多くの学びは失敗の中にあるが、業務なので失敗させるわけにはいかない。だからマニュアルが作られる。マニュアルは失敗から学んだものが失敗しないように作るから、マニュアル通りにやれば概ね成功する。そうすると何も学ばないまま年齢だけ進む。だからマニュアルがあるものは普通にこなせるが、初めての事には手も付けられない。
アイデアを出させて、失敗させないといけないのだけど、業務なので実際に失敗までいってしまうと責任問題になって、若者も僕も火だるまになるので、失敗になる前の時点で成功に導くアドバイスを出さなければならない。だから、上司への報告・連絡・相談、所謂、ホウレンソウなんて言葉が使われるんだろうね?このホウレンソウと言う言葉は東京都の職員から初めて聞いた。

完全に話が脱線している。
書き始めたときは、もっと別なことを書こうと思っていたのだが、脱線ついでに、このまま脱線してゆくことにしようか。

自信満々の奴の一番の問題は、同僚と上手くやれないことだろうか?
”どう見ても馬鹿にされてるよね?”と思えば、誰も君に教えない。それ故に1年も経てば、君が一番の出来の悪い奴になる。技術職に多いだろうか?概ね10年くらい経たないとまともに使えるようにはならないので、一部の事に多少の自信を持つのは10年を過ぎた頃からにした方が良い。それでも上には上が居る。何事も謙虚に過ごせば、それまで見えなかったものも見えて来る。そうやって視野を広げてゆくのだ。

僕は、もうこの仕事を30年もやっているけれども、自分はまだまだなんだ。それこそ管理職になんかなってしまって、部下の教育をしなければならないなんて烏滸がましい。

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