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2015年3月24日 (火)

愛国者と言う表現には違和感を覚える

Financial Times(翻訳) ネムツォフ氏殺害、元軍事指導者の発言に臆測 http://www.nikkei.com/article/DGXMZO84181270Q5A310C1000000/
の中で、カディロフ氏が、ボリス・ネムツォフ氏殺害の容疑者は「真の愛国者」であると発言したことには、相当違和感がある。

まず、愛国者がしたことだから国民は意見の異なる国民を殺害する事を許容する、と考えていることだろうか?
仮に日本だったら、イデオロギーが同じであっても暗殺で意見を封じることに異議を唱えそうなものである。

次に、どう見ても政権内部の抗争に利用されているようにしか見えないのに、国民の支持率が87%もある事だろうか?
政治が国民の生活と無縁、もしくは、極端に悪影響を及ぼす場合、政治離れが起きるか、暴動が起こるのではないだろうか。

もう一つ、抗争を繰り広げている連中がやる事が凡そ治外法権的になってしまっているのに、野党の一部の連中しか異議を唱えない事だろう。
仮に与党であっても、一部の政治家が権力を得るためになら人殺しも辞さない状況には異議を唱えるのではないだろうか。

以前、無意識をコントロールするための意識のコントロールについて書いたけれども、洗脳されてしまっている国民にとって(それが良いとも悪いとも言い切れないが、民主的でない事だけは確かだろう。)、違和感のない事例なのかも知れない。

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