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2015年3月 6日 (金)

国民みんながこの国を良くしたいと考えている

国民みんながこの国を良くしたいと考えている

ちょっと言い過ぎですかね?
でも、その率は決して低くないだろうと思います。具体的なデータはありません。だからその辺は割り引いて考えて読んでください。

トヨタに代表されるような定型作業に従事するような労働者でも改善意欲が高く、作業の効率化のアイデアや果ては歩留りの悪さが工場傍の電車の振動だと突き止めてしまうとか、聞くとびっくりすような話は幾らでもあります。

分業が進んで、作業効率を考えるのは専門技術者で、定型作業する労働者は何も考える必要が無い、と言った状況ではないと言えます。実際、専門技術者は自分では定型作業をしません。だから彼らの能力の良し悪しは、実際に作業している人達から意見を取り入れ、具体的な作業のアイデアを纏められるかどうかであると言えます。

近年のシステム開発者は、頻繁にユーザの元を訪れます。これも開発者自体はシステムを使わないので、ユーザのアイデアを取り入れないと便利なシステムが作れないからです。まあ、相変わらず”何考えてこんなシステム考えてんだ!?”と思うようなものは幾らでもありますがね。

新聞を読んでいると、バブル崩壊後に財源不足のために立ち遅れていた行政サービスを民間がやり始めている。景気が回復して財源が出来た時、そこからアイデアを募っていては直ぐに始められませんが、民間のやっていることを支援するだけで直ぐ実効性が上がります。公務員も増やさなくて良いし、苦しい財政状況から脱することが出来れば、ちゃんとニーズのあるところの施策なので労働環境も改善され雇用も増えるでしょう。

これらに共通するアイデアは、”今よりもっと良くしたい”と言う思いでしょう。現状で満足では無く、みんながより良い暮らしを求めて努力する。かつてのアメリカもそうであったように(現在もそうかも知れませんが・・・)、”For Better Life”のために、国民が努力を惜しまなかったから世界一の国力を持つ国になった。

日本は明治維新後、富国強兵(強兵は余計だったと思いますが・・・)の掛け声で、欧米諸国に追いつけ追い越せと国民が努力をしたから、欧米列強の仲間入りをしてアジアで唯一植民地化を免れた。一部の拙い軍人達が日本を戦禍に巻き込んで、国を思う多くの優秀な人材を失ってしまった訳ですが、生き残った人たちが努力を惜しまなかったから奇跡的な復興を遂げたのですよね?少なくとも僕の父親の世代ではそうであったように思います。僕の両親は、”戦争で不本意に死んでいった兄弟や従妹達のためにも、どうしても復興しなければならないと思っていた。”と言っていました。

現在も日本には、そう言った心意気が残っているように思いますが、この先はどうでしょうか?
ちょっと暇があれば直ぐにスマホゲームに明け暮れるような若者たちは、”Better Life”を望んでいるのでしょうか?

理想的な社会主義国家と言われる程、富の分配が上手く行っていた日本ですが、最近ちょっと格差が広がって来たように思います。誰でも努力をすれば裕福になれる社会環境を維持できないと、きっとこの心意気は無くなってしまうような気がします。最近ピケティさんが富の分配の話をしていますが、どんなに努力をしても”Better Life”が得られないのであれば、日本のこの貴重な民衆意識も消えて行ってしまうようなものに思えます。

一人ではとても使い切れないような資産は必要ありませんが、努力すれば裕福になれるチャンスと、努力する下地となる高等教育を与えられるチャンスは、同時に存在すべきだと思います。みんなのこの国を良くしたいと思う気持ちに答えるためにも、政治にはやる事が沢山ある筈です。農家や年寄りにばら撒くだけでは、”政治家だけはこの国を良くしたいとは思っていない”と言う証明になってしまいますよね?

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