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2015年4月

2015年4月21日 (火)

感情で動くと碌なことがない

感情で動くと碌なことがない、と言っても、国家ですら感情で動く。
色々と過去を穿ってみると、歴史的行為の殆どが”それって、根っこは感情論だよね?”と言うような物ばかりに見える。

そんな折に日経新聞に「戦争プロパガンダの10の法則」(アンヌ・モレリ2002年が紹介されていて、買って読んでみた。この本、ベースに成っているのは「証人1915-1928年フランスにおける軍人の記憶に関する分析と批判」(ノートン・クリュ1929年)、「証言」(ノートン・クリュ著1930年)「戦時の嘘」(アーサー・ポンソンビー著1929年)の主に2つの著書で、第一次世界大戦の頃に書かれた本らしい。かなり若い時に誰かのコラムを読んでいて、この「戦時の嘘」の名前だけは知っていました。今のようにAmazonで簡単に買える時代だったら読んでいたでしょうね。今は、Amazonでは出てきませんでした。代わりと言っては何ですが、「戦争プロパガンダの10の法則」を読みました。

現在、日本に住んでいると気が付きませんが、近代と言われる時代であっても世界中物凄く野蛮だったんだなと思います。偉そうに現代民主主義国家を標榜している国々すら、つい最近まで植民地を持ち、野蛮な行為を繰り返していたのですよね。先日見た映画「Fury」の中で描かれる敗戦間際のドイツ国内の戦闘地域では人権なんてまるで無視です。

第二次世界大戦で3,000mから市街地に爆弾を大量に投下した先には人が沢山居て、どうなるのか想像できないかも知れませんし、湾岸戦争でミサイルの先端のカメラが命中した瞬間に映像が途切れる先にはやっぱり人が居て、戦闘機のカメラには崩れ落ちる建物しか見えませんので中にいる人たちがどんなことになっているのか解らないのかも知れません。でも爆弾を落とされた人たちは一瞬で肉片と化し、火事で焼かれた訳ですし、ミサイルの爆発に巻き込まれた人たちは爆弾と同様に肉片化、もしくは崩れる建物でぺちゃんこに潰されてしまったのだと思います。人権などとは全く縁遠い話しです。それが戦争のようです。

ここで言う感情とは、増悪であったり、正義であったり、同情であったりしますが、それらを掻き立てるエピソードは、デマを流したい理由のある人の作り話かも知れません。それは戦争になれば儲かる人かも知れませんし、世論を煽ることで部数を伸ばしたい人なのかも知れません。新聞ってよくそう言うことをしますよね?

現在、紛争地域で戦闘を止めない人々の感情も、きっとそれなんでしょうかね?
そこにどんな感情や主義・主張があったとしても、人権まるで無視の惨い殺し方になる戦争を始めて良い理由になるとは到底思えないのですけどね。

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2015年4月14日 (火)

この記事を読んでどう思うだろうか?

この記事を読んでどう思うだろうか?
「ドイツのあるジャーナリストの日本論」
http://blog.tatsuru.com/2015/04/10_1343.php

日本の歴史修正主義と言うのは、正しい見方ではある。実際、日本人の僕にも阿部政権のやっていることは歴史修正だろうと思う。ただ、それは間違っている部分を修正しようとしているだけなのか、正しい部分まで都合の良いように修正しようとしているのかで、評価はまるで異なる。

日本人には腹を切ればその後の責任は問わないような文化があり、それにより事実を正しく検証しないために同じことを繰り返すような、例えばドイツの文化とそぐわない様な文化がありそうだと思う。敗戦後の禊のように自閉モードに入り、自国の戦争犯罪を正しく問わなかったし、他国の歴史認識にも口を挿まなかった。
問題は、日本の戦争犯罪は他国のプロパガンダに使われてきたために、その歴史自体が歪められている可能性が高い事だろうか?
ある意味戦後の新しい戦争犯罪のような物とも考えられる。戦争プロパガンダが如何に嘘に塗り固められたものかは、色々なところで知ることが出来る。最近の湾岸戦争でもメデイアが作った有名な話は沢山ある。他国の語る歴史そのものが既に都合の良いように修正されているのであれば、それは事実と異なる。そもそも過去の歴史は、戦勝国が残す。当然戦勝国に都合の悪い事実は隠され、都合の良いように修正される。

説明責任を果たさなかった反省も含めて、太平洋戦争の戦争犯罪の究明を柱とした戦勝国側からの見方、敗戦国側からの見方、アジア諸国の国ごとの見方、これらの事実解明を政治介入の無いところで行えば良い。これはちょっと急ぐ必要がある。戦争を生き延びた人たちは、戦争の事を語りたがらないから、事実は明るみに出ていない事が多い。実際に上官命令で犯罪に加担した人たちは、自戒の念も含めて押して黙り続けている。今事実を聞き出さなければ、それは永遠に失われる。

「税金を使っているから政権の批判は許さない」とかの政治介入は、日本の場合取り巻きが勝手に拡大解釈することが多いが、国際的な信用を失う原因になる。逆に税金を使って事実だけを多面的に記録する組織を立ち上げて、政権に予算を決定させない仕組みが必要だろう。これは本来公共放送としてのHNKの役目だが、受信料を払わない連中のお蔭か、国の補助金が無くては運営できない。故に政権が補助金を盾に介入してくるのを防げない。
政権と歴史記述を完全に分離独立させるのは困難な事が多いが、民主主義の成熟と共にそれは達成されても良いだろう?

最近のNHKの代表の発言を聞いていると、”僕は何のためにずっと受信料を払い続けているのだろうか?公正な報道を期待して払っているんじゃなかったかな?”と悲しくなるのだが・・・

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2015年4月10日 (金)

日本の軍隊は海外で戦闘行為に加わるべきではない

朝鮮戦争で手薄になったアメリカの代わりに日本を守備するために作られた警察予備隊が自衛隊なの前身でなのだから、憲法の規定通りに戦争行為は自衛に為だけにしておいた方が良い。

ちょっと前の御嶽山の無くなられた人々に対して、メデイアは「損壊死」と言う言葉を盛んに使っていた。200km/h前後のスピードで飛んでくる噴石が体に当れば、銃や砲弾が体に当ったのと同様の状態になる事が予想される。

「Save the private Lyan」や「Fury]で描かれている惨いシーンが現実に則したものであるならば、自衛隊が持つ武器を使えば同様の事を起こす筈だ。
政治は惨さを隠して国民を戦争に向かわせるが、どんなに綺麗なプロパガンダを並べたとしても、戦闘行為は残虐行為だ。政治家やメデイアに踊らされる国民はPTSDにならないだろうが、戦闘行為に拠って死ぬ人は残虐な死に方をする訳だし、残虐行為を行う自衛隊員はPTSDになる。

日本を戦闘に巻き込む国が言うプロパガンダは、多分日本にはあんまり関連しない。そもそもその情報が正しい保証もない。本当の理由はどうせ隠される。

SNSの登場で、実際に現地で何が起こっているのかは情報として流れてくる。ガセネタも多いだろうが、正確な情報も含まれる。国家やメデイアが流す情報は必ず意図が含まれるのと同様に、SNSに流れる情報にも概ね意図が介在する。自らに都合が良いように事実は歪曲されていることが予想される。我々は正しい事実を知るために情報リテラシーと呼ばれるようなスキルが必要だ。SNSに存在する大量の情報の中から正しい情報を探し出す能力が必要だ。その中からメデイアが流す情報との差異を見抜き、嘘を暴かなくてはならない。メデイアが流す情報を全部嘘だと思えと言っている訳では無い。必ず意図が存在するから、意図を読み解いた上で事実を理解する必要がある。要するに国家やメデイアに踊らされては行けない。

戦争に大義など存在しない。いや、した試しがない。過去の歴史を紐解いた書物からは、残念ながら僕には発見できなかった。だから、日本の自衛隊は、他の国の大義に付き合って海外で戦闘行為に加わるなど以ての外だ。

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2015年4月 6日 (月)

武器が無ければ内戦にならないよね

どうも国家として成熟してなくて、政治が不安定なところでは、内戦が頻発する。今度はイエメンで起こりそうな気配らしい。
また、内戦で沢山の人が死ぬ、と思うと同時に、何故そこに武器がある?と思う。カラシニコフのように町工場でも作れてしまうような銃は兎も角、ロケットランチャーとかを民兵のような連中が持っていること自体が変だろう?

世界の大国と言われるような国で、武器を売っていないのは日本だけだ。どうも最近禁輸が解かれるような噂があるが、例えば、潜水艦のように哨戒が目的で、それで実際に人殺しが行われそうにないものであれば、オーストラリアのような政治的に安定した国には輸出しても良いような気もするが、簡単に人殺しに使われてしまいそうな武器、例えば小銃のようなものは売るべきではないだろう。

戦後70年、日本の軍隊は外国人を一人も殺していないが、同様に日本の武器も外国人を一人も殺していないと思われる。戦後日本に帰らずにアジアの独立戦争に加わった旧日本兵とその携行していた武器が、外国人を殺した可能性はあるだろうけど、自衛隊員や日本の武器が外国人を殺すのは見たくない。母国、もしくは、母国民自衛のためなら致し方ない状況もあろうが、本当に派遣が必要かどうかも怪しい外国の軍隊と行動を共にするのも如何なものかと思う。仮に行動を共にしているのであれば、それは人道に基づくだろうけど、派遣が正しいのかは事前に議論が必要だ。場合に拠っては、戦後70年守ってきた日本の軍隊が外国人を一人も殺していない大切な歴史を終わらせてしまう可能性が高いのだから。

西欧諸国やアジアの特定の国々は武器の輸出に熱心だが、人口が爆発しそうな政情不安地域に簡単に人殺しが出来るような武器を売れば、必ず内戦が起こって人口が減る事でも狙っているかのように売られている。武器なんか買わずにインフラ整備でもすれば、生活も豊かになるだろうと思う。しかし、貧しい国で武器が買われ、武器で貧しい人たちから略奪行為をする連中が現れる。

人間は本来略奪が好きで、文明がそれを自制させているだけなのかも知れないね。でも、そこに武器が無ければ、要するに素手であれば簡単には人殺しは出来ないし、内戦になるような事も無いんだろう。

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2015年4月 3日 (金)

先端研究の後退に繋がらなければ良いが・・・

日経新聞に「理研の特定法人化、今国会の法案提出めざす 科技相 2015/3/31 10:40」 http://www.nikkei.com/article/DGXLASGG31H01_R30C15A3EAF000/?n_cid=TPRN0009
が載っていたが、日本を代表する研究所が地盤沈下しないか心配になります。

ここで書く話は、ごく一部の流れを一部の方向から観察して部分的に切り取って話をしていますので、飽くまで部分的な話です。当然他の流れも他の見方も他の部分もあって、異なる意見が予想されます。

僕は研究職でもないし、理化学研究所の関係者でもありませんが、理化学研究所に尊敬に値するような研究者をたくさん知っています。
これまで沢山の研究機関が法人化され、複数年契約の契約研究者になってしまうのを見てきました。何も成果を生まない研究者が沢山存在した過去の反省を生かして、短期の成果を求めるようになって生まれた制度だと認識していますが、STAP細胞を巡る事件は短期の成果を出さないと研究が続けられない研究者がそのストレス故に起こす悲しい事件だと思っています。

メデイアは研究者のモラルと言った話を持ち出しますが、彼らの置かれている環境は新聞記者が特ダネを取るストレスより酷い環境だろうと思います。新聞記者は特ダネを取ってこなくても契約を打ち切られるような事は無いですよね?それなのに、一部の拙いマスコミは「モラル」と言う言葉を知っているんだろうか?と思われるような事を平気でする。小保方さんがしたことは相当拙いと思いますが、マスコミのそれよりは大分マシでしょう。政治家のそれよりもマシだと思います。何せそれで誰一人たりとも一般人を傷つけたりしてはいませんからね。
事の大小と責任の重さは常に難しいテーマですが、心も含めて人々を傷つける一部のマスコミや拙い政策で多くに人に犠牲を強いる一部の政治家達の方が余程罪が重いと思う。

物になるかならないか解らないような研究、もしくは、成果が一般には理解されにくいような研究は、国の助成がないと続けられません。国家的な規模で研究テーマを決めてそれに多額の資金を投入するような政策をしない限り、世界的な成果は期待できない。研究者も食べて行かなくてはなりませんし、研究費が無いと研究も出来ませんから、お金が出て来る研究テーマを選ばないと研究を続けられません。iEPSに絡む研究も大きな助成金が無いと出来ないですよね。それと同時に長期に腰を据えてやらないと出来ない。そう言った研究テーマは沢山あります。でも契約研究者になって短期に成果を求められ、成果が出やすい研究だけをやっていては、特に基礎研究が廃れてしまう可能性が高いだろうなと危惧します。それは、日本が目指して行かなくてはならない技術立国としての立ち位置を危うくするような物だろうと想像します。

まあ、技術立国として生きていくのが正しいのかも解りませんが、資源が無くて労働人口減少が続く日本が目指せる道はあまり多くはないだろうなとは思います。

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