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2016年4月

2016年4月20日 (水)

優しい表情は、優しい気持ちの持ち主にしか宿らない

20代前半から子供が中学生の頃まで、僕は良くカメラのシャッターを頼まれていた。
”他に沢山人が居るのに、特に目があった訳でも無い僕に何で頼むんだろう?”と不思議だった。でも最近頼まれない。
自撮りする人が増えたからとも言えるし、見ず知らずの人に頼める世相でも無くなりつつあるのも確かだろうが、僕の表情が険しくて、頼まれてくれそうに見えないのかも知れない。

高校生の時の”一人で居る時の取り付く縞が無い”感じの反省もあって、二十歳頃の僕は、キリスト教や仏教の慈悲に関するような考え方に傾倒していて、”この人は何をして欲しんだろうな?”なんて想像している事が多かった。行く人々を観察していた訳だけど、そう言う時って相手にも”この人になら頼めそうだ”って思えるのだろう。
昔、野付半島の遊歩道に腰かけて尾岱沼を眺めていた時にも後ろ姿に声を掛けられたくらいだから、そんなオーラが出ていたのかも知れない。

電車通勤を始めた最近の僕は、電車内で出くわす心無い人たちの酷い所業に少々心が荒んでいて、優しい気持ちが薄れてしまっているのかも知れないね。

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