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2016年7月29日 (金)

僕は人であり人でない

訳解んないね?

人は悪魔のように無慈悲にもなれるし、神のように慈悲深くもなれる。

神とて八百万も居て、色々居る。

神は人の願いが創りしもの故、願いが様々であるように神も様々だ。

欲望と本能のままに生きるような人も居れば、神のように無欲で清楚に生きる人も居る。

日本人だけでも1億人以上居て、色々居る。神が八百万居ても不思議では無い。

人は脳が創りしもの故、育ち方が様々であるように脳も様々な想いを抱く。

神は何をしてもそれは是であるが、人は是もすれば非もする。

人は是非両面を持ち、是も非も同時に行うような脆弱さも持つ。

古来、彼岸のあやかしが憑りつくと悪さを行うと信じられていたようだが、悪行の闇は人自身が持つ。

人は、ちょっとだけ神の真似が出来る動物のようなものなのだろう?

僕が生きる時代は、彼岸に理想を求める必要を感じないほど豊かであるが、此岸の闇に吞まれる人も居る。

当然僕自分の中にも闇は存在する。ただ、多分天性のお気楽な性格と面倒くさい正義感、もう一つほぼ雑学と呼べるような幅広い知識が闇を封じ込めているだけだ。

現在の僕は逆鱗が何処に在るのか解らない人らしいが、闇を全開にして無慈悲になったら救いの無い残忍さを発揮できるような人に成れる自信もある。

多分人なら誰でもそうなのだ。

人でなしと言われるような行為をしない事で人を名乗る資格を得るならば、現在の僕は辛うじて人を名乗っていられるような明るいところに居るだけなんだろう。

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