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2017年3月31日 (金)

「忖度」が国際語になった

日本経済新聞 電子版に英フィナンシャル・タイムズ紙 の日本語約が載るのだが、その中に「[FT]Sontakuがつなぐ日本のスキャンダル 2017年3月30日付 」と言う記事があった。
へ~「忖度」が国際語になった、と思った。実は、この「忖度」って結構嫌いな習慣だから、はっきり言って嬉しくない。(「勿体ない」は嬉しかったように覚えている。)上手く機能すれば「気が利く」と言われるだろうが、下手に機能すると粉飾決算や自主規制のようなことになる。
以前、教科書検定に絡む文科省の自己規制のような話を書いた覚えがあるけれども、「こんな事をしたら何を言われるか解らない」なんて事をまだ何も言われていない内から心配する。大枠で捕らえた指針や命令があって、細部はそれらに沿った形で進めるのなら良いけれども、指針も命令も無いのに勝手に気を利かす。特に森友事件は法令違反に近い。公務員は法に基づいて業務を執行するのが役目なんだから、命令が法に触れるなら誰が何と言っても出来ない筈だよね。
そんな空気が日本には多い。僕はKYだから「それって規則にないから駄目ですよね?」なんて平気で言って顰蹙を買うけど、規則違反をゴリ押ししてくるような上司が山ほどいる会社じゃ、そもそも駄目だろう?
フィナンシャル・タイムズの記者は、「阿部首相が、とてつもなく大きな個人的権力の基盤を固めた直接的な結果として解釈できる。」と締めていたけど、日本は法治国家で何処かの独裁国家ではない。日本の法治制を守る上でも、最近はやりの企業コンプライアンスよろしく、官僚コンプライアンスを遵守して欲しいものだ。

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