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2017年6月12日 (月)

第三世界を夢見る

新しい攻殻機動隊を見た時、第三世界って、結局全ての宗教が持つ死後の世界みたいなものだよね、って思った。現世の不遇を来世の厚遇に置き換えるのは宗教の王道だ。メンテナンス出来なくなった部品を生存維持のための不可欠な部品として持つことは、部品の故障が死を意味する。生体で心臓や脳と言った五臓六腑のどれが故障しても死を意味するのと変わらない。
物語の中ではアップグレード出来ない義体を選んでしまった事が緩やかな死を意味するが、それがアップグレードの有無を提供する側の企業体の利益追求の結果にとなってしまったら、人の生き死にも企業利益の道具にされてしまう、それが問題なのだろう?
経済的な格差は、人の生死に影響する。それは今も変わらない。唯、生体であり身体的エリートであるならば、経済的な格差の影響は僅かであり、人は自由に生を全うできる。違う所はそこだろうか?
人は何歳まで生きられれば満足なのか解らないけれども、天国でも来世でも永遠の命を求めるが故にゴーストが宿る機械に永遠の命を委ねるが、それすら企業の利益追求の道具でしかないのなら皮肉なものだ。結局企業は人の欲を売り物にする。家電製品なんかと何も変わらない。
人の生死を企業の金儲けの道具にしてはいけないと言う警告だろうか?
何かの都合でこれ以上生きられないと悟った時、第三世界を夢見て自ら命を絶つ。生体パーツが機能しなくなって寝たきりになった時、天国に行くことを夢見て自殺するのと変わらないように思える。
結局、生身であっても、義体であっても、永遠に生き続ける事は出来ず、企業利益の追求と言う生臭い動機が人に引導を渡す。そんな企業が死神のように思える。
第三世界を夢見るとは、死神から逃れ、神に縋る、そんな人間らしい行動にしか思えない。

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