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2017年6月19日 (月)

憲法を改正出来た時こそ日本が戦後を脱する時なのかも知れないね

経済企画庁が経済白書「日本経済の成長と近代化」の結びで「もはや戦後ではない」と記述したのは1956年だったらしいが、それから更に60年経った今でも日本にはアメリカ統治時代の影響が色濃く残っていると思う。

戦中戦後を生きてきた人たちは「もう戦争はごめんだ」と思っているだろう。平和な300年が江戸文化を花開かせたのは明確な事実だと思うので、後230年位平和を保てれば日本独自の面白い文化が芽生えるのだろう?その一つのプロセスが憲法改正なら悪くは無い。その時は日本人なりの憲法を作ればいい。

でも、戦争に加わるための憲法改正なら反対したい。現在、憲法改正に否定的な人たちには、改正の目的が国際貢献と称してアメリカの戦争に加わるために見えるからだろう。属国扱いして来る国から「我が国の戦争に加担しろ!」と言われて、「君たちが押し付けた憲法に戦争の放棄と書かれているから、出来ない物は出来ない。」と言い続ける方が、言い訳としては筋が通っている。仮に「金は出すけど人は出さない」と誹りを受けても平和を失うよりは余程良い。

島国に住み長く独立を保ってきた日本人の明確な目標は永劫の平和だと思う。三浦瑠璃さんの言葉を借りれば「日本の核心的利益は平和」である。誰の傘にも入らず、何処からも属国扱いされなくなったら、その時は平和と言う核心的利益のために憲法を変えれば良い。きっと日本は、その時初めて戦後から脱却できるのだろう。

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