« 2017年6月 | トップページ | 2017年8月 »

2017年7月

2017年7月18日 (火)

温泉マナー

僕は湯質の良い露天風呂が大好きです。
まあ、露天である必要は逆上せるからなんですが、湯質は上がった時のさっぱり感で草津の湯が個人的には好きです。多分肌の油分を取ってくれる弱アルカリの湯が良いのかと思います。
バイクで行くことが多いので、走って楽しめる峠道があって、帰りに美味しい蕎麦屋があって、なんてことで絞って行くと概ね行く場所が限られてきて、最近塩山方面に行くことが多くなりました。
塩山辺りの硫黄泉は、そんなに沢山ある訳でもなく、ロケーションが風が渡って涼し気な露天風呂はあまりありません。冒険もしなくなって来たことや、外来入浴をやっていないところが増えたこともあり、ますます行くところが絞られてきてしまいました。
問題は、そこが混浴だと言うことでしょうか?
僕は、女性が居ると気を使うので、正直混浴は好きではありません。女性が裸を見られるのを恥ずかしがるように、男性でも恥ずかしい人は居ます。僕の体形は20代の時に買ったスーツを未だに着られるような体形を維持していますが、知らない女性に見せたいとは思いません。
まあ、こんなことはどうでも良いのですが、どうも混浴であることで変な男性客が沢山居る事が問題です。女性客が来ると寄って行ったり、ジロジロ見たり、湯舟の外れでタバコは吸うわ、掛け湯もちゃんとせずに入るわ・・・正直マナーが悪い。
Facebookに温泉を扱ったWallが沢山立ってますが、これまで全国で200を超える露天風呂に入って来たと思いますが、そう言う所に紹介して良いのかと思います。このBlogでも「露天風呂」なんてカテゴリまで作って、それらの一部を紹介していますが、こういう行為は正しいのか疑問に思うことが増えてきました。特に地元の人たちが大事に保っているような温泉を紹介することは、良くない事なんじゃないかと思います。そう言う所は、「地元の人たちの財産をちょっとだけ貸していただく」ようなアイデアで迷惑にならないように貸していただく積りで行って欲しいのですが、Blogを読んだ人がそういうマナーで行ってくれるとは限りません。所謂大衆化をしない方が良いのではないでしょうか?
FacebookのWallでも、マナーを煩く言っているWallがあるけれども、管理者のマナーを口にして悦に入ってる感にも違和感を覚えます。正直共感できるWallもあるのですが、偽善者のお友達クラブのような運営をしている連中も目につきます。偽善者は言い過ぎですね。小学生の正義感を振りかざす、とでも言った方が正しいかも知れません。これも言い過ぎですね^^
細々とやっている宿を応援するような記事には共感します。こういうのはマナー違反だよと言っているページは時と場合に拠るでしょう。マナーは自らを律し対象者を慮る気持ちが行動となって現れます。上っ面で出来るマナーは正直偽善だと思っています。まあ、それでもしないよりはましですが。
これまでに多くの露天風呂が利用者のマナーの悪さゆえに閉鎖になって来ました。それらを何時も残念な気持ちで眺めてきました。特に入る前に掃除をして、佇まいを整えて帰って来ていたようなところが閉鎖になると寂しいですね。ちょっと脱線しました。
これらの露天風呂を閉鎖に追い込むようなマナーの人達は、BlogやWallで知らなければ、その存在自体を知らなかったんじゃないでしょうか?
僕自身はかなり慎重に選んで載せて来た積りですが、それでももう露天風呂の紹介を止めようと思います。何だか知らず知らずのうちに加担しているような気がします。

| | トラックバック (0)

2017年7月14日 (金)

悪い奴ほど得をする社会

3匹のオッサンとかがシリーズを重ねる理由は、ああいう風に思ってる人が多い事を物語っているんだろうなと思います。勧善懲悪ものが人気になるのは、世相なんだろうと思います。水戸黄門も長寿なのは、みんなが理不尽さに怒っている証拠なのでしょう?日本もずっと前から悪い奴が得をする世の中なんだろうと思います。大悪、と言うか、社会の深い闇は、人目に触れませんので、きっとみんな小悪を憎んでいるのでしょうね?悪い事をしている人の方が、良い服を着て、高い車を乗り回し、大きな家に住み、美味いものを食べている傾向が高いと言う事実もみんなを勧善懲悪に駆り立てるのでしょう。悪い事の定義はちょっと難しくてここでは書きませんが、法律違反、もしくは、かなりグレイでほとんど黒のようなものを指します。
巨悪と呼ばれるようなものは、巧妙に隠されていて余り光が当たらないようなところにあるので、認識しているのは極僅かな人たちだけです。また、見様によっては普通の社会制度だったりもします。巧妙に作られた社会制度は、誰か特定の人達だけに最終的に恩恵を齎すような、そんなものも指します。
それから、法的にも裁けるのだけど、権力が大きすぎて捕まえられないなんてのも巨悪の内だろうなと思います。贈収賄や強請りのような類のものでしょうね。こう言う事をする人たちって、チャンスを生かす能力が凄く高くて、余りの才覚に恐れ入ったりするんですがね。
自分の中にあるかなり面倒な正義感は、人のちょっとした悪さにも容赦ないですが、自分の悪さは2種類のみ(ちょっと書けませんが道交法に絡むものです。)で他の悪さ、少なくても法律に触れるような事はグレイも含めて一切しません。ただ、知らず知らずの内に巨悪に加担していないか心配になることはあります。
水は低いところに流れますが、お金は高いところに流れて行きます。社会制度上そうなります。誰がこの制度を作ったんでしょうね?
昔、清貧と言う言葉がありましたが、清富なんて言葉が生まれる社会だと良いですね。

| | トラックバック (0)

2017年7月 7日 (金)

グレイゾーンの排除

グレイゾーンの排除と言う行動が、チーム医療と言う言葉を作ったんじゃないかな?
ある組織に属する人の論文の中に「グレイゾーンの排除」と言うKey Wordがあって、びっくりした覚えがある。その論文の論調は、職種の業務範囲の明確化を謳っており、業務範囲以外の仕事には一切手を出さない行動原理を書いている。
医療なんだからさ、特に3次救急の現場には必要とされる全ての職者が揃っているなんて有り得ない。でも死にそうな人をすくためにやらなければならない事は、その場でやらなければ死んでしまう。言わばグレイゾーンなんて当たり前なんだ。流石に法律違反は駄目だけど、資格の関係ない仕事であれば、その場で教わりながらでもやらなければ死んでしまう。死にそうな人を前に業務範囲外ですから出来ません、なんて言える筈もない。
上の話しは、極端な例だけど、医療の中には誰が気づいても、誰がやっても良い仕事なんて山のようにある。至る所グレイゾーンだらけだ。
一時、業務マニュアルに基づいた業務に書かれていない事をすると責任を追及するような風潮があった。それは、どこぞの医療ミスを看護師の勝手な判断ミスのようにして医師が逃げてしまっただけなのに、マスコミが看護師の暴走のような書き方で大騒ぎしたからだよね。医師のサボりを看護師が常態的にフォローしていたのに、”看護師が勝手にやった”と逃げちゃった医師が一番悪いのだけど、そちらは追求せずに簡単に記事に出来る看護師責任説で騒いじゃったマスコミも相当悪い。
業務マニュアル化は看護部が一番進んでいると思うけど、それは自分達を守るためであり、そこで生まれてきた概念がグレイゾーンの排除だと思う。
チーム医療なんて言葉は、行き過ぎたグレイゾーンの排除を巻き戻すためのものなんだよね?
 
追記:本当はね、一時の必要性に迫られて学校を沢山作っちゃったから、その受け皿を作るためにチーム医療の名のもとに仕事を別け人を増やすためのアイデアなんじゃなかろうか?と思う。その一時の必要性と言うのは、最近流行の学園スキャンダルの温床のような組織の個人利用のようなものが生み出したものか、ある時利益供与の果てに政治家が騒ぎにした人手不足かも知れない。説明を聞いていても実際にその必要性が曖昧な印象を受ける事業の概ね隠されている本当の理由は、呆れてしまうような個人や特定の組織の利益誘導の結果だったりするのかも知れない。各業界が担いだ政治家が言い出すようなことは、概ねその組織の利益を誘導する。でも、世の中そんなもんで成り立っていたりするから仕方ないかもね。
医療系の番組の視聴率が高い傾向にあるのも、高齢者の会話がほぼ健康の話と言う異常と思える健康志向の国民だらけなのも、死生観が異なれば違う反応になるのだろうね?今の日本の健康志向は国の財政を圧迫しているけど、一体誰がまいた種が花開いているんだろうか?そしてその種をまいた目的は何だったんだろうか?

| | トラックバック (0)

2017年7月 1日 (土)

今の選挙制度はもう古いかもしれない

日本人の殆どが携帯端末を持ち、自由に自分の意見を発信できるようになったら(まだだけど^^)、選挙制度はもっと簡素化されても良いかも知れない。
26年の47回衆議院選挙の投票率が52.66%、25年の都議選が43.5%で、半分しか投票しない選挙で選ばれた議員が、”国民や都民の信託を得て”なんて言っても空々しい。
年寄りしか行かない選挙で決められた議員が、 若い人達の事など考慮する筈もないし、老い先短く孫世代の心配をする余裕も無ければ、日本がこの先どうなろうが知ったこっちゃなかろう? 年寄り相手に、”未来のために”なんて政治家が言っても相手にされる訳もない。
選挙になると送られてくる投票カード(先にはこれすら要らない)にQRコードでも埋めて、本人確認が出来ているスマートフォンでなら、投票可能にしてしまえば良い。QRコードでログインしたら、候補者のマニフェストを読んで良ければ”いいね”しておく、”いいね”リストから誰にするか最終的に決めて投票すれば良い。若者が”いいね”するようなマニフェストを書ければ当選するだろう。その後再選を果たすには何か実績を残せばいい。前回のマニフェストの達成度を誰に評価させるかは若干難しいが、出来もしないことを書いてれば再選は難しい。投票所に行きたい人は、投票カードを持って投票所に行けば良い。
もう、この位しないと投票率は上げられない。まあ、現行の議員が自分に不利になりそうな選挙制度を押す理由は無いから、とりあえずは現行制度で若い人達が投票に行って変えるしかないのだけどね^^
どんな時代でどんな制度下であっても、望む人たちが自分たちで勝ち取らない限り与えられない。文句を言うだけで自分で動かなければ、誰も何も与えてくれないのだから。

| | トラックバック (0)

« 2017年6月 | トップページ | 2017年8月 »