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2018年3月

2018年3月27日 (火)

佐川さんはこの先どんな扱いを受けるかで事の真相が垣間見れるかも知れないね?

国税庁長官は辞任したけれども、財務省を退職した訳ではないんだよね?
ほとぼりが冷めた頃、また要職に就くような事があれば、面白い推測が成り立つかも知れない。ただし、本人の実力が素晴らしく、人事記録の大きな傷があっても関係ないくらい佐川さんを要職に付けたいと思わせただけであることを否定できないので、また要職に就くような事があっても推測が成り立つとは限らない。面白おかしい推測ネタの域を出ないだろう。
今回この話は何処からリークして来たのだろうか?
国税庁内に”流石に拙い”と思わせるだけの法的な問題があった?
国税庁の単独暴走で幕引きが行われた場合に政権内で一番得をするのは誰?阿部さんとは限らないよね?
国税庁の単独暴走で幕引きが行われたとすれば、懲戒処分の対象になるので、要職に復帰できる筈はないよね?
経済再生の途中で腰折れしそうな政局から一転国税庁単独責任になれば、経済再生も順調に回り続けるだろう。その場合、一番利益があり、寄付金が多い団体は何処だろうか?
ここでは具体的な推測までは書かないけど、僕自身は経済再生も順調に回り続ける事で利益を得ることが出来る人間の一人なので、税金が無駄に使われない幕引きなら森友問題なんかどうでも良い。
ただ、そんな訳の分からない事で税金が使われ、特定の人が巨額の富を得るような事はもう止めてほしいけどね。

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2018年3月26日 (月)

上部構造とは?

上部構造とは?
上部構造へのシフトが、何故久世が言っていた難民への復讐と救済になるのか?
ネットワークを上層から眺めるとは、ネットワーク上を駆け巡る情報を上層からコントロールすると言う事だろう?必ずしも狙った通りに動くとは限らないだろうが、ネットワーク上を流れる情報はコントロール可能な事をアメリカ大統領選挙のフェイクニュースが実証したと思う。これに対してFaceBookは偽ニュースを削除するようなプログラムを走らせるらしい。このフィルターを掛けると言うアイデア自信がネットワーク上の情報をコントロールする事を意味するよね。以前、自分の無意識をコントロールしたいなら意識的に正しい情報を得るようにするべきだと書いたけど、我々は既にフィルターバブルの中に住んでいる。昔なら新聞がその役目を負っていただろうけど世論操作と言うようなものが、ネットワーク上を駆け巡る情報をフィルタリングすることでも可能である。情報自体をフィルタリングすることの他に、情報の隔離とも言えるようなアクセスする回線を細くすることでもそれは可能だろう。物理的な回線でも論理的な回線でも、Googleのような検索サイトの後ろのページに追いやるような仕組みでも行為でも、それは簡単に無し得る。だから、それらの役目は新聞の独占では無く、他の業態にシフトしてきたと言う事なんだろう。それを上部構造へ移行した一般人の手にシフトする事も可能だろう。ただし上部構造へ移行した人達にもう投票権はない。投票権を持つ人をコントロール出来るかも知れない能力だけを持つ事になるだろうか?
耳当たりの良い情報に飛びつき、騒ぐだけ騒ぎ、その結果起こった事に対しては一切責任を取ろうとしない、そして直ぐに忘れてしまうような連中に久世が失望したとすれば、投票権を持つ人をコントロール出来るかも知れない能力を提供することは救済になるだろう?また、実際には投票権が附帯する実体を持たない、つまり、恐らく何も結果を享受出来ない状態にすることは復讐になるだろう?言い換えれば、久世を失望させた人々には、コントロールしている甘美を、しかし結果を享受出来ない苦渋を与えるだろう。
最終的に自己満足に走ってしまい、結果を顧みない。自分たちは頑張った、負けなかったと思いたいのかも知れないが、全てを無くして満足感だけが残ってもそれは勝利とは言えない。何かを勝ち得て初めて勝利と言える。そう言う意味で、目標を正しく見定め続けられる久世は、確かに革命家と言えるだろう。神の使いとか、思想家のような人々を導く存在と言っても良いかも知れない。
2nd Gig.を見て、「上部構造?」と疑問に思って考えた事は概ね書けたように思いますが、どうだろうか?何も解説とかを読んでいないので、的外れかも知れません。まあ、このKey Wordで僕が勝手に推論しただけ、とした方が良いかも知れません。

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2018年3月17日 (土)

退職を卒業と言い換える

先日、日経スタイルに「会社を退職ではなく、「卒業」する人が増えるわけ ライター 猪瀬聖 2018/3/10https://style.nikkei.com/article/DGXMZO27540540R00C18A3000000?channel=DF130420167231&style=1」と言う記事が載っていました。
まだ、10年くらいですが、記事を読み始める前に題名だけ見て”この題名で自分なら何を書くだろう?”と一通り考えてから読むようになりました。まあ、”引っ掛かった題名”だけなんですが、この「退職を卒業と言う」と言うKey Wordを見て、日本の終身雇用制からの変化を言うだろうか?日本では小学校に上がってから、概ね3~4年で卒業を繰り返します。その職場で勉強した、学ばせて貰ったと言うイメージで退職するならば、それは学校を卒業するのと同じだろう。学歴と言うキャリアを重ねるように卒業を繰り返すなら、何ともアメリカナイズされた働き方に変化したものだ。それから、感謝を持って職場を去るのであれば、それはとても前向きな考え方で素晴らしいな、そう考えました。
記事の中では、この「卒業」の出何処はリクルートである、リクルートでは大学と同じように卒業生との繋がりを重視し、出戻りもOKだそうです。他の会社でキャリアを積んで戻って来てくれた、と考えるそうです。コニカミノルタも出戻りOKだそうです。そう言えば、自分の属する業種の取引先にも出戻りが結構増えました。以前自分の部署にいた職員が海外留学後、取引先の企業の一つに就職し、先日営業活動の一環として僕の所を訪問してくれた時には嬉しかった。
他の”経営者に聞く”と言った企画の記事でも、出戻りOKの話しが載っていましたが、高度経済成長期における日本お得意の垂直産業から水平産業への移行が他の業種でも起こっている、垂直産業における社内単独のイノベーションでは無く、他社とのコラボレーションによるイノベーションに産業構造が変化して来たのだろうと思えます。そして、退職では無く卒業と言うような企業の社長たちは、いち早くその変化に気づいていたのかも知れません。
どちらが先に起こったのか、また、必ずしも相関があるのかは解りませんが、退職と言う過去にはマイナスのイメージだったものが、卒業と言うプラスのイメージに変化し、退職者を裏切り者から仲間と考えるようになったのであれば、企業間連携もスムーズなものになり、素晴らしいことだなと思います。

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