ちょっと怖い話

2009年11月14日 (土)

死んだ人が多いところはやはり?

先日友人と奥多摩のめこい湯を目指していた時、奥多摩湖を過ぎて、峰谷川の分岐を過ぎた辺りにあるトンネルの出口の右側の道路標識の支柱のところに人が立ってるのを見たそうです。僕が見たのは、飾ってある花だけです。その場所には近くに車を止めるようなところもありませんので、人が立っているような必然性が全くありません。当然僕は、これまでに人が立っているのを見たことはありません。その後、友達は事故に遭いました。ちょっとした打ち身で済んでいるので、まあ、連れて行かれなくて良かったな、と言ったところでしょうか?

この場所、反対側から来ると逆バンクで奥でちょっとだけ切れ込みます。そしてすぐトンネルです。エスケープゾーンは1~2メートルほどで直ぐにコンクリート壁と道路標識の支柱、それから電柱、それからトンネル入り口のコンクリートの壁です。転ぶと殆ど減速もされずにこれらの構造物に激突します。
路面はスムーズで滑りやすい。僕自身もここでフロントを滑らせて冷や汗をかいたことがありますが、2回事故も見ています。2回とも事故後直ぐですが、1回目は、事故った本人が身動きが取れる状態だったのと連れが3人居たので通り過ぎました。2回目は、本人はピクリとも動いていませんでしたが、連れがいて、既に救急車の音が聞こえていましたのでやはり通り過ぎました。そして、この後通った後にその場所には花が飾ってありました。でも、この2件の事故はVFRに乗っていた時の話なのでもう17年も前の話です。

CBRを買って奥多摩によく行くようになってもこの場所の花が枯れていることはありません。常に花が飾ってあります。これまでにこのコーナーが何人の命を奪ったのか解りませんが、転倒すると直ぐに激突するでしょうから、事故を起こした人たちにとって、それはあっと言う間の出来事であったろうと思います。

道路脇に飾られる花は、その場所での死亡事故を想起させますので、単に脳が作り出している映像なのかも知れませんが、皆様も変なものを見た時は十分注意をして下さいね。

きっと、そこは危ないところなのです。

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2008年8月23日 (土)

six sense

何時ものように峠道を走ります。
ポイントでブレーキングをし、フロントを少しだけ握ったまま寝かし始めます。
クリップの手前から開け始めて、立ち上がりで全開、と思ったところでいきなり対向車がはみ出してきます。
”うわっ!”
”あ~、良かった、ぶつかったと思った。”
その後は、怖いので直線だけを開けて、コーナーはノッタリ走ります。
長い直線を抜けたところで、いきなりお巡りさんが旗を振りながら出てきます。
”え~またかよ?”
そう言えば、昨日もここで捕まった気がする。
何で毎日スピード一斉なんかしてるんだろう?
お巡りさんは、
”は~い、こっちに入って下さいね”
と駐車場に誘導しようとします。
バイクを止めて、ヘルメットを脱いでテーブルの方を見ると同時にもう一人捕まったようで
”はい36キロオーバーね。免許出して!”
と言われて
”え~、そんなに出てましたか?”
とか言ってます。
一つ椅子を空けたところのテーブルにもう一人お巡りさんが居るので、仕方なくそこに座ります。でも、そのお巡りさんは顔も上げずに書類を書いています。
前に捕まった人の書類でもまとめているのかな?と思い免許証を差し出します。
でも、やっぱり黙々と書類を書いています。
”あの~、今検問引っかかって来たんですが・・・”
声を掛けても、まるで無視です。
”なんなんだよ、一体!?”
と、周りを見回すと、先ほど隣の椅子に置いたヘルメットが傷だらけでシールドも割れて無くなってしまっています。
”あれ!?”
と思って、体を見回すと皮つなぎが傷だらけです。                        

                                                     

                                                    

                                                   

                                                 

                                                  

                                                     

                                              

まあ、これはフィクションですが、峠を走っていると標高差で耳がおかしくなってエンジン音もヘルメットの風切り音も聞こえなくなります。結構なスピードで走っているのに景色が流れてゆくだけになります。そう言う時、何故か妙に現実感がなくなります。跨っているバイクも流れる景色も現実のものでは無く、夢でも見ているかのような気がする時があります。

”あれ?僕は今本当にバイクで走っているんだろうか?”

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2008年4月 1日 (火)

April fool

このブログでは、管理人の名前が特定できるようなことは書いてきませんでしたが、書いてしまおうか?なんて思ったりもします。

いや、でもその前にもっと重要なことがあります。きっと誰も信じないでしょうが、僕は今記事を書いている人に乗り移ってから約2年、どうも人を救うことに興味が湧き始めてきてしまいました。
ですから、最低2日に一度記事をアップしつづけてきましたが、急に記事が途絶えたら、多分その時は、役目を忘れて人を救ってしまったんだろうと思います。
でも、僕が離れて自らを取り戻したこの人が書きつづけてくれるかもしれませんけどね♪

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2007年10月24日 (水)

経験の限界

このカテゴリの記事には、基本的に自分の経験談のなかでも確信のあるものしか載せていないですが、そろそろ確信のある経験だけでは限界が来ています。

気のせいでは済まなそうな経験の内、ちょっとだけ怖い話を載せていましたが、少し範囲を広げましょうか?”そんなの気のせいだよ!”と思えるのも書いていこうかと思います。僕の周りには、怖がりが多いのであまり話題にしないのですが、まあ、ちょっとだけ範囲を広げると気のせいだと思えるだけに怖い話が沢山あります。唯、因果関係がはっきりしない場合が多いのですが、もともとこういうものは、脳が恐怖を感じるあまり聞いた話から連想して作り出したとか、もしくは、我々がまだ観測できないような何かのそれなりの反応として脳が作り出しているとかは解かりませんが、ある種の妄想だと思っているので、特に因果関係がハッキリしなくても構わないかな?とも思います。

奥多摩湖の入り口の先に、トンネルの中で勾配が変わるので出口が見えないトンネルがあります。良く水が出ているトンネルなので、良く奥多摩に行かれる人は心当たりがある筈です。このトンネルを夜中、1時から3時くらいの間に一人で車で走ると出るそうです。

トンネルの中に入って数秒後、車の中が一瞬ひんやりして、”なんだろう?”と思って回りを見回して、ふとルームミラーに目をやるとスペースギアのセカンドシートの左側座席に髪の濡れたような女性が座っています。”えっ!?”と思うが一度前を見て、また覗くと今度は居ない。"なんだ?”と思ってルームミラーを覗き込んだ瞬間、ぬっ!と自分の左肩のところに白い顔が現れました。”うわっ!”と思った瞬間車はトンネルを出ます。慌てて左側に止まって後ろを見ると誰も居ません。

車を降りて、タバコに火を点け辺りを見回しながら

”何だかな~?、心臓に悪いから止めてくれよ!”

とわざと大きめの声で言いながら車の中を覗き込みました。ここって、ヘッドライトを消すともの凄く暗い。闇が肌に触れているような気がします。

"もしかして、この時間に一人で来ちゃいけない処だったのか?”

と呟きながら、目的地に車を向けました。

これは、以前渓流釣りに行くときに先について仮眠を取るような日程で行って居た時に一度だけ遭いました。人によっては、座席が濡れていた、とまで言いますが、僕は目的地に着いた後でシートに触ってみたら、湿っぽい気がした程度でした。その後、先に行って仮眠を取るのは止めたので当然この一回きりですがね。

さて、トンネルの冷気が車に入った事による単なる気の迷いか、以前テレビで見たようなものが潜在意識から顔を出したのか、他にも見たという人が居るのである種の集団ヒステリーなのかは解りませんが、ちょっと心臓の弱い人には向かない話ですね。

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2007年10月 2日 (火)

覗き見る影

勤務先には、各セクションごとに夜も職場に留まらなければならない。
当直とでも言えば解り易いだろうか?
それは、どんなに大きなセクションでも基本的に一人になる。

ある日セクション全体の戸締りをしてベッドに寝たのが12時過ぎだった。
ちょっと眠りが浅くなり、寝返りを打とうとしたが体が動かない。
お陰で一気に目が覚めた。
でも、体は動かないままだった。
ふと気付くと部屋の入り口のほうに人の気配がする。
入り口までは5mくらい。
普通人の気配など感じない距離だと思うが、やたらと強く感じる。
気力を振り絞ってやっと頭を上げて入り口の方を見た。
黒っぽい人影が入り口からこちらを覗いている。
”誰だ!?”と言って見たが声にならない。
やっとの思いで、”誰?”と声が出た。
その途端、影は見えなくなった。
起き上がろうとすると、今度は軽く起き上がることが出来た。

何だ今のは?
さっき全部の部屋の鍵を確かめたよな。
当然このセクションに入れる人は、居ない筈。
マスターキーを持っている人は居るが、連絡もなしに入ってくることは無い。
”おっかしいな~?”と言いながら、部屋を出て戸締りの確認に行ってみた。
ちょっと背後に注意をしながら。
しかし、どこかの部屋のドアの音もしなかったし、全てのドアは鍵が掛かったままだった。

時計を見ると1時50分。
よく言われる”金縛り”だったのだろうか?
確かに体が動かなかったし、夢を見ていたわけでもなさそうである。

”またかなあ?”
この状態を”悪さ”と言えば、言えなくも無いが、これまで一度足りとも悪さをされたことはない。

何だか流石に気持ちが悪いので、寝る部屋のドアも閉めて寝ることにした。
その後、ここには何度も寝ているが、その後同様のことは起こっていない。
もっとも、それ以来、部屋のドアを開けっ放しで寝たりしていないので、覗きたくても覗けないだろうけれど...

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2007年8月19日 (日)

夕闇の少女

それは冬の終わり、新しく住むアパートを探しに東京に来た時だった。まだ東京に不案内だった僕は夕闇の中電話で予約した宿が見つからず、ウロウロしていた。
建物の隙間の路地に今時じゃありえないような服装の女の子が落ち着かない様子で立っていた。白いブラウスに厚手のカーディガン、黒っぽいズボンに木のサンダル。ありえないだろ?
中学生位だろうか?止めておこうかとも思ったけど、あんまり人通りも無い所でちょっと困っていたので、思い切って聞いてみた。
”ちょっと道を聴いてもいい?”
苛々してるように見える彼女は、相手にしてくれず路地の奥の方を見ている。誰かを待っているんだろうか?
”ゴメン、このあたりに...と言う旅館知らない?”
彼女はちょっと面倒そうに、
”この辺に旅館なんか無いよ”
と言う。
”ああ、そうなんだ?ありがとう。”
と言って、路地から表通りに出て辺りを見回した。しょうがない、駅前に戻って交番で聞こうと思いながら振り返って先ほどの路地の方を見た。
少女がいない!
奥の方を目を凝らしてみてみたがいない。隠れたか?でもそんなに隠れるような場所も無いようす。ちょっとした暗がりではっきり見えないが、建物の影の中は違う世界のような感じがした。
”さっき、影から出たから見えなくなったんだろうか?”
怖いことには慣れっこになっていた僕には、ちょっと探究心が湧いてきた。それでも恐る恐る影の中に足を踏み入れてみた。でも、何も変わらなかったし、彼女が再び姿を見せることも無かった。

”う~ん、またかなあ?”
”でも、受け答えまでしてくれたからなあ?”
”今まで受け答えをしてくれた人は居なかったよなあ?”
それとも変な人に声を掛けられて怖くて逃げただけか?それにしては、一歩通り側に踏み出して駅の方を見ただけだから、3秒も経っていない。3秒で路地の向こう側にまで抜けられるか?

後で知った事だが、その日は3月9日、翌10日未明は東京大空襲だった。ここは空襲の酷い被災地、まあ東京などは何処に行っても同じような事が言えるだろうが、毎年終戦記念日になると不思議とその娘のことを思い出す。でも、出来れば僕の見間違いであればいいと思う。

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2007年4月20日 (金)

伊豆の温泉

22歳の時、職場の仲間5人で伊豆の温泉に行った。宿は温泉街から海岸段丘を上がった高台の海沿いにあった。宿のパンフレットには、”窓から眼下に広がる海を一望できる”とあった。
案内された部屋の入り口に立ったとき、ある種の異様な雰囲気を感じて立ち止まってしまった。

”ここには入っちゃいけない”

そう感じた。”何してんの?早く入ってよ!”と先頭に立っていた私は中に押し込まれてしまった。でも、その瞬間にその雰囲気は消えた。仲間達は荷物を投げ捨て、”海を一望できる”窓に向かって駆け寄って行った。”うわー、凄ーい!真下は岩場で直ぐ海よ。”とか”天気が良くて良かったわよねー!ねえー向こうに見える島は大島かな?”とか言っているのが聞こえる。
一人取り残され、喉が渇いていた私は、座布団に座り、お茶でも入れようかとテーブルの上のポットから急須にお湯を注ごうとしていた。”タイちゃんもおいでよ!”と声を掛けられて窓の方を見たとき、窓の右上の方に先ほど感じたのと同じ異様な雰囲気がそこにはあった。

”そこには近寄っちゃいけない”

と感じた。結局私は、窓に近づけなかった。

温泉に漬かり、夕食でアルコールの入った私達は温泉街のメインストリートに繰り出した。メインストリートとは名ばかりの寂しい感じのする緩い坂道を下っていくと、通りの右側でどう見ても一等地と思える場所が工事中で囲いがしてある。建物を見ると旧館と新館の間のところがすすこげて見える。”火事にでもなって立替でもするのかな?”と言いながら、その先には何も無いようなので来た道を引き返していった。

仲間の一人は射的が大好きである。当然のように射的に嵌まった私達はそこの主と”何処から来たの?””えー、埼玉県の...”と何処にでもあるような世間話をはじめた。
”そこの工事中のホテルはどうしたんですか?どう見ても一等地なのに閉鎖されてるし。”と聞いてみた。
”あんた達知らないんだ?あのホテル去年火事になって沢山人が死んだんだよ。それっきり閉鎖だし、いろいろあって立替も出来ないみたいだし、お陰で寂れちゃって商売上がったりだよ。前にあの高台のホテルで部屋から飛び降りがあったときも大騒ぎで大変だったけど、今度のは酷かったなあ!”

”何だって?!”
”それって何処の部屋か知ってますか?”
”何て言ったかなあ?何とかの間とか言ってたけど忘れちまった。”
”あんた達何処のホテルに泊まってるの?”
”いや、その高台のホテルですよ。”

射的屋の主人は流石に不味いと思ったのか、それ以上は教えてくれなかった。

宿に戻る途中、”さっきの飛び降りの話、私達の部屋だったらどうしよーねー?”とか暢気な事をいってる。私は部屋に戻るのが嫌になっていた。宿に戻り最後に部屋に入ったが特別何も感じなかった。もう一度風呂に入り、窓から一番離れた布団に陣取った私は、それでも疲れていたらしくみんなが騒いでいる中何時の間にか寝てしまっていた。

翌日、荷物をまとめ部屋を出るときも含め私は結局窓には一度も近づけなかった。
確かなことは何も無いけれども、その後”ここには入っちゃいけない”と感じる場所には近づいていない。

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2007年4月12日 (木)

人間違いか?

”ねえ、起きて”と肩を揺すられて目を覚ました。
声の主のほうに目をやると、うっすら白い人影が僕の左肩を押している。彼女(多分)の胸のあたりには向こう側にあるビデオのデジタル表示のタイマーが2:23を指していた。
何故か声が出なかった。やっとの思いで”誰?”と聞いた時、ふっと彼女の影は見えなくなり、左肩の手の重さも無くなった。

誰か亡くなったのか?でも枕もとに立ってくれそうな女性は居ないぞ。
朝になるのを待って、友達数人に電話を掛けてみた。でも誰も死んだりしては居なかった。

”人間違いだった?”

そう言えば声を出した時、一瞬間を置いて彼女は消えた。
左肩の温もりにも似た手の感触はまだ残ったままだけど、お陰で懐かしい友達と話が出来た。

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2007年4月11日 (水)

祖母

その日は、クラブの一泊ツーリングだった。朝6:00時集合の6:30出発が決まり、集合場所までは50分もあれば行ける。いつもは4:50頃に起きて5:10頃に家を出る。その日は目覚ましがなる前、4:30頃に目が覚めた。二度寝するほどの時間もないので、いつもは慌しい出発前を変えるべくコーヒーを入れることにした。

一通り準備が出来てちょっと早いけど今回は幹事だしもう出ようかと思いバイクを玄関先に押してきた。外はまだ暗い。扉からもれる部屋の明かりがちょうどタンクの上を過ぎた。”何か汚いなあ、時間も有るし少し掃除しようか”とタオル持って来て拭き始めた。ひとしきり拭いた時電話が鳴った。電話の主は父で、”おばあさんが今しがた亡くなったので、すぐに帰って来なさい。”というものだった。

もう一人の幹事に電話を入れたが出ない。もう出てしまったのか?当時はまだ携帯電話が持ち運べるようなものではなく連絡が取れない。仕方なく集合場所に向かい、事の次第を告げて実家に向かった。

さて、一泊ツーリングだったので、行き先を告げていない父には部屋を出てしまった僕を探すすべは無かったであろう。タンクの汚れに気づかなければ、またそれを拭く気にならなかったら、電話は間に合わなかった。
早く目が覚めた時間と祖母が亡くなった時間は大体同じ。

”もしかして知らせに来てくれたの?”

この間会ったときは、まだまだ元気で見舞いにも行っていなかった。おばあちゃん子の兄と違い、僕はろくに話もして無かった。ごめん、もっと話をしたかった。

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2007年4月10日 (火)

自殺の末路?

一時期、ある種の薬を飲む自殺が流行った事がある。その薬は飲んでもすぐには死ねない。病院に担ぎ込まれても意識はまったくクリアな状態で、”何で?!”と問う家族と対面し続けると言う地獄のような1週間が待っている。後悔してももう間に合わない、必ず多臓器不全になって異臭を放ちながら死ぬことになる。

電車に飛び込む人は一瞬かもしれない。みんな死んでしまうか助かっても二度と喋れなくなってしまうことが多いので待つ間の恐怖を語ってはくれないが、轢かれ方が不自然で明らかにその場を逃げようとしたが間に合わなかったと思える人も居るそうだ。きっと恐怖に耐えられなかったのだろう?その後、鉄道員、救急隊、警察の人たちがちぎれ飛んだ体の部品を探し回るのだそうだ。大概全部揃わない。飛び散って回収できない内臓とかはその後どうなるだろうか?

地面に叩き付けられるまでの恐怖を嫌がるためか中途半端なところから飛び降りる人が多い。でも大概の人は命だけ助かる。でも彼らの体が元通りに治る筈もなく、一生動かない体と介護をしてくれる家族を前に後悔することになる。もう一度死のうと思ってもそれすら自分の力では出来なくなる。逆に十分高いところから飛び降りるとどうだろう?それは必ず死ねるだろう。でも地面に叩きつけられるまでの数秒間(こういう時の数秒はやたらと長いらしいが)の恐怖と戦う羽目になる。その後、噴出した脳や内臓、便や尿、血液や破れた皮膚などを誰が片付けるのだろう?

首吊りは割と確実、でもその姿を一度でも見るととても自分の最後の姿にはしたくない。ちょっと言葉にしたくない。

一酸化炭素中毒は、猛烈な窒息になる。実際に溺れた経験のある人はあまり居ないかも知れないけど、何か食べ物が気管に入って涙ながらに咽った経験があるだろうか?一酸化炭素中毒は殆どが死んでから発見されるので、どの位苦しかったのか聞けないけれども苦しくないはずがない。

生きていることにあまり執着が無いほうではあるけれど、僕には生きているほうが余程楽に思える。

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