フロとトラ

2009年6月29日 (月)

墓参りに行ってみました

特に命日とか言う訳ではありませんが、ふと思い立ってフロの墓参りに行って来ました。

墓参りと言っても、墓石が立っているわけではないのですが、車を止めるところがないので、自転車でもないと昼間は行けないよな、と常々思っていたのです。

最近引っ越したところは、自転車ですぐなのです。でも、坂がきつい。鈍った脚では、頂上付近まで一気に行けませんでした。

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”もう、駄目!”っと思ったところで、「市民の森」と言う施設を見つけました。しばらくぶりですが、いつも反対側から登っていたので知りませんでした。

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武蔵野丘陵独特の林に囲まれた、夏場は蚊が大変そうな施設でした。

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林の中をぐるっと回る遊歩道があるようです。そのうち行ってみましょうか?

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荒幡富士の麓の神社です。中央に見えるのが荒幡富士。

”えっ!?”って感じの代物ですが、人の手(機械じゃない)で作られた立派な富士山です。(笑)

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ここから登ります。ちゃんと1合目、2合目って感じで頂上まで行けます。過去に一度だけ登ったことがありますが、馬鹿にする無かれ、結構見晴らしが良いのです。今日は目的が違って登らなかったので写真もありません。(そのうち、登ったら載せます。)

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フロのお墓は、神社の入り口の鳥居の先にあります。

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標識の脇の木の向こう側の林の中にフロは眠っています。

ここに来るのは、あまり好きではないのですが、何故か今日は来てみたくなりました。

焦燥感より懐かしさが勝るのは、それだけ時間が過ぎた、と言うことなのでしょうかね?

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2008年7月19日 (土)

少しは猫に嫌われるようになったかな?

小学生の時から(認識したのが小学生の時だった)、僕の知らない猫が寄ってくることは頻繁にあった。特にフロとトラが居た頃は、多分匂いでもするのだろう?知らない猫にもてて仕方が無かった。でも彼らが居なくなって、もう、そんな匂いがする筈も無いのに、猫が寄って来ていた。寄って来ないまでも、何故か僕に警戒心を顕わにする猫は少なかった。

でも、最近、僕を見て警戒する猫が現われ始めた。一体どうしたことだろうか?
いや、待てよ、これまで寄って来た方がおかしいんだ。普通猫は、知らない人間を警戒する。これまでが異常だったのなら、原因は何だったのだろうか?

子供の時にだけある何かが、彼らのお陰で延長していたか?
そう言えば最近、ちょっと怖い話のネタになるような不思議なことが起こらなくなってきている。
人生後半戦にしてとうとう大人になって来てしまったか?

まあ、考えるだけ無駄かな?きっとそんな事は幾ら考えても解り様もないことなのだから・・・

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2008年7月 1日 (火)

フロの飼い主と名乗る理由

彼らは、基本的に野良猫でアパートの周辺に住んでいました。猫は飼い主ではなく、家に付くと言われます。餌はどう見ても僕しかあげておらず、彼らは朝、既に餌も貰っているのに大通りまで送りに来て、夕方は、大通りまで走って迎えに来るような連中でした。

アパートを引き払った後も駐車場はそのままにして車のトランクに餌を積んだままにして、通勤ルートを遠回りして餌をあげに行っていました。それでも彼らは遠くに僕を見つけると走って来ました。一緒に車に乗り込み、アパートのベッドでしていたように僕の膝の上でくつろいでいた。目やにが付き易いフロの顔をウエットタオルで拭いてやりながら、よく時間の経つのを忘れていたように思います。母猫の愛情を十分には受けられなかった君達には、僕はきっと親のような存在だったのだろう?

当時、動物を飼ってよいアパートは近場では皆無であり、遠いところに彼らを連れて行って良いのか確信がありませんでした。
飽くまで過去の居候に援助し続けるように、餌をあげに行き続けていただけでした。

失ってみて、初めて彼らにどれだけ癒されていたのか解かった。君らは既に僕の家族だったんだ。家猫にしてしまって、彼らが幸せだったかどうかは解からないけれども、少なくとも風邪や怪我で彼らを死なせてしまうような事は無かったであろう。ちゃんとした飼い主になっていれば良かったと後悔している。いまさら遅いのだけれども...

ごめんな、野良猫としてアパートの周りを生き生きと走り回っている方が猫らしいと勝手に思っていたんだ。

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2008年6月17日 (火)

トラとの別れ

一匹だけになってしまったトラは、元来の気の強さに加えそれまでは二匹だったため負けなかった喧嘩に負けるようになってきました。

ある日、彼は首筋に大怪我をしていました。ビックリした僕は、傷口を念入りに消毒し、簡単に取れないようにイソジンゲルを大量に塗ってガーゼで塞ぎ、包帯剤のスプレーで固めて、3日間抗生剤を飲ませました。
一度は傷も塞がり、良くなったかに見えたのですが、皮下に雑菌が残ったようで皮下膿瘍になってしまいました。朝だったこともあり、再び開いてしまった傷口から排膿させてイソジンで消毒して、首に包帯をして職場に行くことにしました。動物病院に入院させて、抗生剤で還流しないと治りそうも無いように思えました。トラは、何時もは広い道まで送りに来るのに、その日はアパートの前に座ったまま、僕を見送っていました。4回ほど振り返ってみましたが、彼はずっと座ったままこちらを見ていました。
”やっぱり具合が悪いんだな?”と既に遅刻状態の中、僕は職場に急ぎました。その日は、朝から大事な会議が入っていて、そのプロジェクトのリーダーになってしまっていた僕には、出ないわけには行かない会議だった。

昼になり、職場には、”場合によっては午後少し遅れます。”と言い残して、僕はトラを探しに行きました。でも2時間ほど探しても見つけられなかった。何時も朝と夕方しか行かないので昼間はどこかに行っているのか?と思い、一度職場に戻りました。夕方急いでアパートに戻りましたが、やはりトラは現われません。お茶畑、車の下、軒先、植え込みの中、トラが隠れそうなところを探して回りましたが見つかりません。流石に暗くなってから人の家の軒先を懐中電灯で照らして歩くわけにも行かず、僕は車で夜更けまで待ちました。でもトラは現われることは無かった。”しまった、あの時職場に連れて行ってしまえば良かった。”

その日から2週間ほど毎日、朝と夕方、僕はトラを探し回りました。既に無駄なことは解っていたのですが、それでも探し出したかった。

結局、朝、ちょっと虚ろな表情で座ったまま見送ってくれたトラが僕の見たトラの最後の姿になってしまいました。だから記憶の中のトラの最後の姿は、首に白い包帯を巻いています。

猫の死に際を飼主は見れないと良く言われます。野生動物は体が弱った時、他の動物に見つからないような、身を潜められる狭いところに隠れて自力で回復するのをじっと待ちます。でも、大概そのまま意識が無くなってしまうのでしょう?だから、それを見つけられない飼主は、死に際に会えません。トラもきっとそうだったのでしょう?何処か、2週間かけても僕には見つけられないようなところで眠るように意識を失ってしまったんだろうと思います。出来れば天寿を全うして彼のお気に入りの僕の膝の上で息を引き取らせてあげたかった。

フロの顔もトラの顔も未だに脳裏に浮かびます。彼らは本当は僕の大事な家族だったようです。残念ながら彼らが幸福な野良猫だったのかは解りませんが、彼らが自らの境遇を野良猫だと思っていた筈も無く、僕のところに来ていたことで彼らの生涯がどうだったのかは知りようもありません。でも、僕は君らと一時期一緒に生きることが出来て良かった。

家の2台のデスクトップPCのホストネームは、それぞれフロとトラです。中身が入れ替わってもホストネームは何時もフロとトラです。そして僕のハンドルネームも・・・

彼らのことは僕の大事な思い出ですが、これでお終いです。
もっと沢山のエピソードがあるけれども、多分もう書きません。

ああ、でも何でフロの飼主と名乗っているのかを書かなくちゃならないですかね?(ならないって事は無いか?)

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2008年6月 4日 (水)

彼らが居候していたアパート

久しぶりに昔住んでいたアパートの前を通った。ここを通る度にトラがひょっこり顔を出さないかとか思うが、そんな筈はないのは解りきった事。でも、近くに用事があると必ず通る。
今日、よく見たら、僕の住んでいた部屋の入り口がなくなっている。管理人室を広げたようで、彼らと過ごした上がり待ちも綺麗さっぱりなくなっている。
駐車場にも家が建ち、向かいのお茶畑も真新しい一軒家が並んでいる。新しく出来た駅から歩いて6分程のここらは、住宅地として高値で取引されていたようで、思い出の景色はまるで知らない町のようである。
でも、アパートだけは変わらずそこに在った。今日もちょっとホッとした気分になったところだった。でも部屋の入り口がない。
彼らの思い出は、変わらず僕の記憶の中にあるけれども、思い出の場所は様変わりしている。仕方の無いことなのだけどね・・・

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2008年5月21日 (水)

自殺する猫

もうず~と前の話ですが(フロとトラが部屋に遊びに来るようになるずっと前です。)、高校の美術部の後輩が一人暮らしのときアパート(マンション?)で猫を飼っていました。所謂部屋猫と呼ばれる奴です。その猫は、何だかやたらと頭の良い猫で、犬並に友達の言う事を理解していたとその友達は言います。(唯の親ばかじゃね~の?)

その猫は、部屋から一歩も出ず、誰も居ない部屋で帰りの遅い友達を待っていたそうです。だから、帰ってくると大ハシャギだったそうです。猫の表情と言うとちょっと解り辛いのですが、明るく輝くような表情だったと言います。

でも、仕事が忙しい彼は益々帰りが遅くなり、それと呼応するように猫の表情は暗く無表情になっていったそうです。

そんな頃、友達はブラジルに赴任することになり、友達は、その猫を預かってくれる人を探し始めました。でもなかなか見つからず、”お前のことどうしようなあ?”とその猫に話し掛けていたそうです。

赴任する日が近づいて来たある日、やっとその友達の友達が預かってくれることになり、帰ってきて何時ものように部屋の窓を開け、着替えてきて猫にその報告をしようとした時、何時もは怖がって近寄らない出窓のところに猫が居ました。そして、友達を方を向いて一声”にゃ~!”と寂しげに鳴いた後、その猫は12階の窓から飛び降りました。

ちょっと出来すぎの話ですが、作り話ではありません。タイミングが良すぎるのは偶然かも知れませんが、友達に言わすと”その位頭の良い猫だった。”そうです。

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2008年4月27日 (日)

気弱なフロと勝気なトラ

猫は概ね単独で行動します。世の猫族を見ていても集団で暮らす猫族はライオンくらいものです。でもそれすら集団を形成するのは雌ライオンと子供だけ。普通大人の雄猫が集団を形成することは見受けられません。

トラが指先で持ち上げられるほど小さかった時は、フロの後をテトテトとついて歩いていて、追いつくのを待つ母親のようなフロを見て”何て面倒見の良い奴”と思っていましたが、トラがフロと同じサイズになっても彼らは一緒に歩いていました。

彼らは、野良猫でありながら僕から餌を貰っているので、他の野良猫たちからは餌を奪うべき存在だったようで、よく餌をめぐって喧嘩を仕掛けられていました。熱心な野良猫は、アパートの部屋の中にまで追ってきます。でも、僕に見つかると叩き出されるので懲りている猫は追ってきません。だからフロは別にアパートに逃げ込めばOKなので喧嘩をする必要もなかったんだろうかと思います。でもトラと2匹になってからは、逃げ出さなくても済んでいたようです。(何でフロとトラだけは他の野良猫とは別扱いなんだ?と聞かれると困るのですが、フロとは既に色々と経緯もありますし、トラはフロに懐いていたのでフロの子供=孫みたいなもんでしたので・・・)

何度か彼らが他の野良猫と喧嘩をしているのを見かけましたが、幾ら喧嘩が弱くても共同戦線を張った彼らに1匹で挑む猫は分が悪いようで、彼らが負けて逃げ出すところを見たことはありませんでした。フロだけの時は、常に負けて逃げ帰ってきたのとは大違いです。

でも、彼らの戦いぶりを見ていると、フロは逃げ出したいのにトラが頑張るので仕方なしにトラと一緒になって呻っている感じだった。同じ状況にあっても、フロは耳を畳んで小さくなるのに、トラは毛を逆立てて怒り、空きあらば攻撃する態勢になります。大概一匹で行動する野良猫たちは、彼らに一匹で挑んでも分が悪いと思うのか睨み合うだけで諦めて逃げてゆきます。

フロが一匹のときは、彼は当然のように睨み合いだけで負けて逃げてきますので取っ組み合いにはなりません。トラは常にフロと一緒なのでやっぱり取っ組み合いになりません。だから、彼らが取っ組み合いの喧嘩をしているのは見た事がありませんでした。

そんな両極端な猫同士でも、彼らはとっても仲が良かった。

”お前ら、何時も一緒だな?”

”同属嫌悪”なんて言葉がありますが、彼らは雄猫同士でも両極端な正確ゆえにずっと仲良くしていられたのかも知れません。

でもなあ、トラは僕に妙な懐き方をしていたのとフロと風呂好きな以外、至って全うな猫だったけど、フロはなあ、お前どう見ても猫らしくないだろ?最初は遠慮がちな猫だと、普通家で一番偉そうにしているのが普通なのに、何でそんなに肩身が狭いような振る舞いなんだ?と不思議だったのですが、多分フロの気の弱さの産物だったのでしょうね?

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2008年4月12日 (土)

トラ

フロが死んでから、トラは益々僕にべったりになりました。

フロが居た頃は、2匹に挑みかかる野良猫はあまり居なかったようで、彼らは安心して食べていたようですが、トラだけになると野良猫が寄ってくるようになったらしく、トラはよく怪我をするようになりました。

仕方なく、彼が食べ終わるまで付いていてあげるようになって、一緒に居る時間も増えました。
管理人室の入り口の階段に腰掛けて待っている僕に、ちょっと食べては擦りよりまた食べに行きます。
”お前~、擦り寄るのは良いから、さっさと食べろよ!”
でも、特に朝は食べ終わると行ってしまうのを知っているかのようにゆっくり食べます。(僕も時間を気にしながらも、満更でもなかった。)
管理人室はずっと開き室でしたが、通りすがりの人によく怪訝そうな顔で見られていました。

朝、時間になって仕事に向かうと、彼は必ず広い道まで送りに来ます。フロと二匹でそうしていたように。そして夕方は、遠くに見つけると走って来ます。夜は夜行性とは言っても流石にそんなに遠くは見えないのか、アパートの傍まで行かないと走って来ません。

”トラ~、お前犬じゃね~んだからさ。普通、猫は送り迎えなんかしね~もんだぞ!”、と言いながらも、そんな彼が可愛くて仕方なかった。

夜は、食べ終わると車の中でトラと遊んでました。ちょうどトランクルームの所は街燈が入るので、何とか本も読めたので出来るだけトラと一緒に居る時間が作れるようにしていました。
アパートを引き払ってしまったので、風呂好きな彼を風呂に入れてあげられなかったので、蒸しタオルを作っていって体を拭いてあげていました。彼は、以前のように体を拭いてもらいながら、自らも毛づくろいをしていました。
帰ろうとすると、トラは凄く寂しそうな声で鳴きます。きっと彼にとって僕は親なんだろう?フロも居なくなって、小さい頃からずっと一匹じゃなかった彼は、きっと自分だけになるのが嫌だったんだろうと思います。帰るに帰れない僕は、月に何度か車の中で寝てしまっていました。

こんなに懐いているなら?と思わせるほど、反対を押し切っても動物を飼えるアパートにすれば良かったか?と、あの時の判断は正しかったのか?と自問自答する毎日だった。そうすれば、今、フロも一緒に居たかも知れない、と。でも、アパートを借り替える事もどちらかの実家に預けることも当時は無理だった。かと言って、ずっと住み続けるか解らない所沢に家を建てる決心も付かなかった。

フロにとっては、管理人さんが居ればもっと違った生き方が出来たかも知れないな?それはトラともめぐり合わなかったことにも繋がるかも知れないが、言っても詮無い事ではあるけれども、フロを死なせてしまい、トラにも寂しい生活をさせてしまっている自分には、判断を迷わせるに十分だった。

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2008年3月22日 (土)

フロの死

結婚を間じかに控え、アパート探しをしていた僕は、動物を飼って良い遥かに遠いアパートにするか、そのまま餌を上げに行ける近場のアパートにするかで悩んでいました。遥かに遠いアパートは、二人とも通勤には最悪で部屋も古く汚く、嫁さんには流石に良い顔をされませんでした。
仕方なく近場のアパートにすることにし、駐車場はそのままにし餌を乗せっぱなしにして置き、通勤途中に寄って餌を挙げる方法を選びました。
双方の実家に彼らを預ける方法も考えましたが、残念ながら大人の雄猫を二匹も預かってはくれなかった。それに猫は家に着くとも言います。彼らの住み着いたアパートは管理人さんから特別に許可も貰っていたので、管理人室の脇に犬小屋ならぬ猫小屋を置くのもOKだった。
バイク屋でピザ屋の出前用のケース(内側に断熱材も貼ってあって暖かそうだった)を貰ってきて、植え込みの風が吹き込まないところに置きました。中にフロのお気に入りのクッションを敷き、入り口を狭ま目に作り風が吹き込まないように工夫し、それでも寒そうだったので夜餌をあげる時にペットボトル湯たんぽや使い捨てカイロなんかを入れてあげていました。

止む無くアパートを引き払った後の最初の冬、よく風邪を引くフロの抵抗力が少しでも増すように何時もより多めに餌をあげていたのですが、やっぱりフロは風邪を引きました。彼は風邪を引くと食欲が極端に落ちてしまいます。近くのコンビニに行って何時もより美味しそうな缶詰を買ってきて食べさせて、一回目の風邪は何とかクリアできました。その後、少しでも暖かいように猫小屋の入り口にカーテンを付け、潜り込めるように毛布も入れました。でもフロはまた風邪を引いてしまいました。大概2~3日で良くなるのですが、2日を過ぎても良くなる気配はありませんでした。フロは体重5kg程度だったので、50kgの大人換算で抗生剤も飲ませました。でも4日を過ぎても良くなる気配は無く、コンビニで買って来た缶詰もちょっと口をつけただけで小屋に引っ込んでしまいました。仕方なくその日はもう遅かったので明日病院に連れて行こうと使い捨てカイロをしこたま入れてその日は帰りました。

次の朝、午後半日休暇を貰う積りで何時ものように朝餌をやりに行きました。猫小屋に行くとトラが外に居ました。何時もは朝は寒いので呼ばないとトラも出てきません。フロは呼んでも出てきません。嫌な予感がして中を覗いて見るとフロは丸くなって居ないし身動きひとつしません。触って見るともう冷たい。

トラが”お腹空いたよ!”と言うように”ニャ-”と鳴きながら僕の腕を押しました。何時の間にか、僕は冷たくなったフロを抱きしめて、車の中でぼーっとしていました。
我に返った僕は、
”ああ、そうだな、お前はお腹空いたよな?”
フロを車に積んであった毛布に包み、トラに餌をあげて、僕は職場に向かいました。その日は、全然仕事にならなかった。

その日の夜、フロが好きだった缶詰を買って、車にシャベルを積んで近くの山に向かいました。野良犬に掘り返されたりしないように黙々と深い穴を掘り続けました。掘り終えてしまったら、フロを埋めなくちゃならないと思って中々止める気になれなかった。でも硬い砂利の層が出てきてしまって、こんな硬いところに寝せる気にならず少し埋め戻したところで止めました。

フロを埋めた後、一度でも立ち止まってしまったら、帰れなくなりそうだったので一度だけ手を合わせて、直ぐに帰途につきました。

後悔はしないことにしていますが・・・

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2008年2月 3日 (日)

風呂好きなトラ

フロは風呂嫌いでしたが、(多分これが普通、風呂好きの猫なんて聞いた事も無いけど)トラは風呂好きでした。洗っても抵抗もせず、果ては気持ち良さげに洗われています。顔にお湯が掛かるのは流石に嫌いらしく、間違って掛かってしまうと流石に怒っていました。でも普段からよく顔を洗う(猫が前足で顔を撫でてそれを舐める、あれです。)トラは、特に顔を洗う必要も無いくらい自ら綺麗にしていた。それに比べてフロの顔は何時も汚かった。良く暖かいお絞りで顔を拭いてあげていました。特に風邪を引いて目やにが沢山出ているときは、ほぼ毎日。
”フロ~、ちょっとおいで!”
風呂嫌いなフロもちょっとだけ暖かい濡れタオルで顔を拭いてもらうのは嫌いじゃなかったようで、呼んでもなかなか来ませんでしたが逃げようともしませんでした。
一応フロも猫なので前足で顔は拭くのですが、足にも目やにが付いて黄色くなってました。顔と前足の内側を綺麗に拭いてあげて、さっぱり。
”お~、綺麗にすればちゃんと男前だな!”
拭き終わると必ず "にゃー!” と鳴きます。”ありがとうと言ってるわけじゃないよね?”

風呂上りは、何時ものように黄色い布団乾燥機で撫でながら乾かします。フロはこれが嫌いだった。でも、トラはご機嫌で自らも毛づくろいを始めます。殆ど乾くまでじっとうずくまったままのフロとは大違いで、殆ど寛いでいます。裏返してお腹の辺りを乾かしている時ですら、自らも前足なんかを舐めています。十分乾くとお決まりの牛乳を貰ってご機嫌で飲む。僕も一緒になって飲んでいた。近くのコンビニは牛乳を買いに行くところ、だから冷蔵庫には牛乳くらいしか入っていなかったけど、消費量の半分くらいは彼らだったろう。

僕はとりわけこの時間が好きだった。本当は猫をそっちゅう洗うのなんか持っての外なのだろうが、1週間から10日くらいで洗っていた。(多分時間が許すのなら毎日でもOKだったかも知れない。)

フロよりもさらに小さい時に兄弟を無くし、母猫の愛情もほとんど受けてなかった筈のトラは、風呂好きと言うより膝の上で撫でられることが好きだったのかも知れません。ベッドの上に来るようになっても、フロはお気に入りのクッションの上でしたが、トラは僕の膝の上に来ることが多かったし、前足で交互に押されることも多かった。(これって母猫からおっぱいを貰う時の仕草なんだよね、きっと。)彼らは良く僕の胸の上で寝ていたけど、顔に近いところに居るのは大体トラだった。お陰で良く狭いところに閉じ込められる夢を見た。

彼らがアパートに来ていた頃、僕はそれ以前に比べて部屋に居る時間が増えていたように思う。まるで新婚の旦那が早く家に帰りたがるように...

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